その2・私、真剣に考えるのこと
いつまでの岩の上に浮かんでいるのもつまらないから地面に降り立った。足の裏に違和感があり、見れば――草が物凄い勢いで成長していた。びびって片足を浮かせると瞬時に枯れていく。これは……リアルシシ神!
「ははは、なんてこった……まさかシシ神になるとは思いもしなかったよ」
夜にはでいだらぼっちになるんだろうか、遠慮したいけど。サクサクと周囲を散策したら、どうやら私の移動可能圏内は岩を中心にした半径百メートルの半球という狭いものだと分った。上空から見るに付近数百メートル内に川もなければ人の姿もない。……私の自我をここに持ってきた超的存在がもしいるというなら――何でこうなったのか是非ともお聞かせ願いたい。もし変な理由だったりしてみろ、ぬっ殺す! じゃなかった、ぶっ殺す!
宝岩の前に着地する。膝を抱えて成長と死を繰り返す足元を眺めながらこれからの終わりが見えない人生を儚んでいると、カサリという音がして動物が姿を現した。鹿だ。つぶらな黒い瞳が可愛らしく、大きさからして成獣なんだろうけど首を傾げる所作やら何やらが一々可愛い。狙ってしているわけじゃないと分るからこそ癒されるというか。妹自慢になるけどあの子も可愛いんだよ、私がいくら無視しても泣きながら縋り付いてくるところとか本当に可愛かった。でもあの時はゲームの方が大事だったからウゼェとしか思わなかったんだけど。妹よすまなかった、お姉ちゃんが悪かった。
「おいでおいで、メリケンかめやー」
駄目元で手招きしてみれば危機感なく近寄ってきた。ちょっとこの鹿さんには危機管理について教育する必要がありそうだ。私が悪い人間だったらどうするつもりだったんだろうか。ゴードン・スミスみたいな頭の弱い勘違い野郎がいたらどうするんだ。あの野郎、雉の狙い撃ちが好きな癖に鯉の生け作りを野蛮だとか書きやがった。野蛮なのは貴様だ。――っと、いかん。考えが逸れた。
「よしよし、よーしよーし良い子だ」
頭を私に押し付けてきた鹿の頭をわしゃわしゃと撫でる。ん? 触れられる……? ちょっとびっくりして両手を見下ろせば、やっぱり向こうが透けた体。透けているのに触ることができるとは何とも面妖な。つぶらな瞳が『もう終わりなの?』と言わんばかりに私を見上げてくる。笑いながら頭や首を撫でくり回していたら、笑い声に釣られて――じゃないだろうな――動物たちがどんどんと姿を現した。
「肉食獣と草食獣がなんで同じ場所でリラックスできているのかは……気にしない方が良いな」
草食動物は逃げ出そうとせず、肉食動物は襲おうとせず。地上の楽園だと言わんばかりの光景が今、私の目の前に。どこのファンタジーだよおかしいだろう。でも突っ込んでもどうにもならない気がする。
「ふう……で、どうすりゃ良いんだろう」
私は自覚ありのゲーマーだ。戦国バ○ラとかそういったゲームは苦手だが、街を作って害獣駆除して、といったゲームはかなりやりこんできた。今日だって街を作っていたところを妹に襲撃されて、仕方なく出かけたのだ。楽しかったから良いんだけどね。だが、そのゲームの知識がどこで活かされると言うのか。ここらはただの森、それも人里もきっと遠い。何もしようがない。つまり私は暇人にして駄目ニート。まるで駄目な女略してまだお。なんてこった――汗と涙の就活を終え、内定もらって内々定もらって、やっとこさ一月とちょっと働いたと思ったら。
そして私は失意のドン底へと落下した。人間と言うものは何かしらの役割を欲しがるもので、『何もしなくて良いよ、ただ存在していれば良いんだ!』とばかりに何をするでもなくただひたすら動物と戯れていなければなくなったら――嫌になるのだ。色々と。
「何でだよ、ホント、何でだよ。こう言う時は神様が土下座して『テヘッ☆ うっかり手が滑ってYOUをKILLしちゃったんだ☆ 願い事を三つ叶えてあげるから文句言わずに転生して☆』とか言うものじゃないのか?」
有無を言わさず転生、それも宝岩の聖霊になるとかありえんティー。
ひたすらグダグダと岩の周りで寝転がる生活を始めて数週間が経過。私は書くものがないのを悔みながら脳内でリリなのの二次創作を展開させていた。あの作品どうなったんだろうか。作者さんが毎日更新してたからもう更新されているはずだけど。うん……女子向けの恋愛ものを考えていないあたり女を捨てている気がする。
見る人間がいないから地面に転がってヨガしたり聖霊としての能力を試してみたり、まあ自由で気楽な生活と言えばそう言えるだろう。話し相手がさっぱりいないことを除けば素晴らしい生活だと私も思う。せめて画面の向こうにでも良いから話し相手が欲しいもんだが……生身のお友達ができるよりも可能性は低い。
「あーいーうーえーおー」
口を動かさなければそのうち口の動かし方を忘れ、念話みたいなものを使って≪力を求めるのですね、勇者よ……≫みたいな腹話術をすることになるかもしれん。それはそれで恰好良いかもしれないけど、傍目から見たら何もったいぶってんだこの女としか思えないから却下。
「かーきーくーけーこー。隣の客は良く柿食う客だ!」
あいうえお表を終え、今度は両手両足をバタバタとさせながら早口言葉や名台詞を叫びまくる。
「おれはからだは悪魔になった……だが人間の心を失わなかった!」
あれ、これって悪魔を聖霊に置き換えればまんま私のことじゃないか? デビ○マンだってこう言っているんだ、私も人の心を失っちゃいけないだろう。――いつまで保つか分らんけど。私は元々人間なわけだし、人と会話しなきゃ自我を保っていられない弱い生き物だ。だから二次創作でよくある『俺はウン十年の間無人の荒野で修行し、ここまで強くなったんだ!』というのはよほど精神が人間を超越した出来でもない限り不可能だと思っているわけよ。悟りを開いた人なら別だけど、現代で高校生とか大学生していた人間が精神的にマッスルとは全く思えない。つまり私の健康的な精神状態は数カ月から数年保てば良い方だと思われ、それ以降は人間を止めてファンタジー小説で良く出てくる滅私的存在になっているか、重度の躁うつ症になり理性的な会話能力を失っているかだろう。どっちも救いようがない状態と化している気がする。
「飛ばねえ豚はただの豚だ……」
そして会話を忘れた人間はただの猿だ。――私は理性を保っているうちに会話の相手を見つけられるのだろうか? それとも理性を保ち続けるための術を見つけることができるのか。人間がこんな森の奥深くまでやって来るとは思えないから、後者の方が可能性としては高い。その一、私の精神的な時間を止める……やり方が分らんから不可能。その二、とりあえずずっと寝続ける……この体でも眠ることができそうだから可能性はある。ただ起きられるかは不明でそのまま永眠するかもしれない。ちと怖い。その三、永眠するつもりで眠る。どうせ一度死んでいる。
「なんて三択だ……中の二つなんてすること一緒じゃないか」
ゴロンと転がって岩に背を向けなんとはなしに森の方を見れば――口をあんぐりと開いている青年がいた。平凡な見た目のどこにでもいそうなヘタレだ。見た目的に。
「……ん?」
驚きのあまり声が出ないらしい青年に目を瞬かせる。なしてこんな辺鄙な場所に人間が。早くお家に帰らないと村で待っているだろう恋人が泣くよ。実際にいるかいないかは別にしても、両親が泣くよ。
「――ん?」
あれ、私ってばさっきまで何について考えていたんだっけ?
10/10加筆。