表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

その14・私、電波を受信拒否するのこと

今回は短いです

 可哀想だが元大神官は連れ戻された。泣く子には勝てぬと言うが泣く大人もシュールな光景だと思う。目の周りを真っ赤に腫らせた屈強な神官三人に連れられ返ってきた元大神官の顔は、彼の幼馴染でもあった王が現役だった時に頻繁に浮かべていた表情を浮かべている。せっかく色んな物から解放されて自由になったのだろうに……今だけ憐れんであげたいと思う。

 神殿行事と言うものは季節ごとに必ず一回あり、一月の神風式に四月の清土(きよつち)の祓い、七月の水分け式、十月の拭魂(ふっこん)の祓いがある。神風式は大神官が巨大な扇を優雅に煽いで『年度が新しくなりました。新年度ですよ』という儀式で、また『式』と付く七月の水分け式も豊穣祭を形式的に行っただけのものだ。神殿にとって大事なのは清土の祓いと拭魂の祓いで、清土の祓いは土の穢れを祓い作物の実りを良くし――という題目だが役に立ってはいない――、拭魂の祓いはその一年の間に死んだ者の魂を慰め昇天させる――ことはもちろん出来ていない――。おかしいな、どの行事も結果的には何の意味もないじゃないか。

 ところで、七月に豊穣祭っておかしいよなと私も初めは思った。普通九月か十月だろう、何故七月にするのか、と。だがここは暦の数え方が違うのだ。西暦とは一年の始まりが違い、雪が溶けて春になったら新年――つまり、西暦で言う三月あたりが一年の始まりなのだ。旧暦と似たようなものだと考えれば間違いない。だいたい、元々西暦も三月始まりだったのをいつだかのお偉いさんが二カ月前倒しして一月始まりにしたんだから。

 今回の事件を調査するため可哀想な元大神官、じゃなかった、大神官代理が先頭に立ち、一体噂の元はどこなのか聞き取りを始めた。私はイマヌエル君周辺の女中さんから露呈したんだろうと思っていたからさほど調査に興味はなく、心の中で応援していた。何故か大神官代理は被害者本人である私に聞こうとすることもなかったし。

 毎日大神官代理は私の元を訪れては去っていく――ただ、果物を取りに。見るからに暇そうに浮かんでいる私を羨ましそうなジト目で見てくる以外の被害は特にない。そしてリヒトは大神官に特に目を掛けられていたはずだが彼に会いに行くこともなく手紙も出さず、恩知らずとはこいつのことを言うのだ。私は初めの選択を間違えたのだ、もっと控えめでお礼や謝罪を言える子を選べば良かったと心の底から思っている。しかし、今まで関わってきたこの世界の住人のほとんどが一癖二癖ある変人ばかりだから『どこでも一緒』ならぬ『どいつを選んでも一緒』なのかもしれない。あれ、『いつでも一緒』だったか。

 調査を始めて三日が過ぎ五日が過ぎ、噂の出所が分った。自称天才占い師の女中だとかで、口癖は『見えます、ああ、真実が見えます! 真実はいつも一つ!』だそうだ。おかしいな、この世界には変人しかいないらしい。どこの体は子供、頭脳は大人の名探偵だ。彼女は神殿と宮中を往復して手紙やら物品やらを運ぶ係りだそうで、大勢の中で働かせると他の女中を怪しげな宗教に入信させて信者を増やすかなり凄い人なのだとか。それだけ口が上手いなら外交関係の職に就かせたらその才能を良い方向に発揮するのではなかろうか。私個人としてはお付き合いしたくないタイプだが。

「えーっと、君は――」

「お待ちください! 貴方が何を言いたいのか、私にはよく分ります。私の名前を知りたい……そうですね?」

「うん、そうですねェ。で、名前は?」

「俗世と関わり合いになることを我が神はお許しになりません……ああ、ですが、俗世では名前なる呼称が必要なのです、ああっ、女神さまっ! この愚鈍な貴女の僕クララに呼称を名乗る許可を!!」

「クララさんですね、分りました。で、聞きたいのは――」

「お待ちください!」

「……うん」

「貴方が何を聞きたいのか、私にはよく分ります」

「そうですか」

 こっそり覗きに行ったら凄いことになっていた。どうしてこんな人が女中として城で働けていたのか分らない。

「聖霊の宿る岩が削られたことを何故知っているか。聞きたいのはそれでしょう」

「そうですねェ」

「無知蒙昧なる俗物には分りますまい、これは全て我が神の御技! 愚鈍な僕であるこの私めにも我が神はお優しくていらっしゃるのです!」

「うん」

 話が進まないな、これ。じっと見てみれば彼女には神の恵み(マナ)を精製する機関があった。マナの流れは脳にまっすぐ伸び、どうやら天才占い師というのもただの騙りではないようだ。占いしかできない、一点集中タイプか。

 話を聞いている大神官代理も泣きそうだ。傍に控えている神官たちも怪物を見るような目で彼女を見ているし、なんともかんとも言い難い。

「我が神はこう仰いました。『我が忠実な僕たるクララよ、お前はこれから私が見せることを人に広めなければならない』と。そして私は闇の化身たる悪魔がこの世を混乱させんがため王家の守護岩である聖霊岩を削り、懐へ隠して去っていく姿を見たのです」

 名前は俗っぽいものじゃなかったのか……何故呼んでいるんだろうか。

「ふむ、では、君は神様からそれを教えられたと言うのですね?」

「その通りです! ですから私は我が神のお言葉に従い、人にこのことを話しました」

 私の姿に気付いていたらしい大神官代理がじっと見つめてくるから、首を横に振って答える。どうせ向こうさんには私が光の玉にしか見えてないのだ。

「私は知らない。彼女はそういう力を生来持っているんだと思う」

 突然体を捩って空中の一点を睨みだした大神官代理に神官たちも慌てだした。クララ教に侵食されたのではないかと不安に思うのも仕方ない。

「大神官代理、どうされましたか」

「もしやこの女が何かおかしなことでもしましたか?」

「――いえ、聖霊様へ確認を取っていただけですので問題ありません。心配は無用ですよ」

「そ、そうですか」

 神官たちの顔は不安そうで、そりゃあこんな電波系を相手にしたら誰もがそうなるわなと思った。これから彼女にもっと掘り下げたことを聞いていかなければならない大神官代理を思うと、可哀想さに涙が零れそうだった。出ないけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ