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その13・私、デバカメするのこと

 イマヌエルなる男が私の一部を誘拐して三日ほど過ぎたか。王宮内ではとある噂がまことしやかに流れていた。曰く、聖霊岩の一部が欠けている、と。

 昨日その言葉を確かめるべく神官たちが総動員され、下から上から私を確認した。ベタベタ触られることの不快感に鳥肌を立てている私と呆れ顔の元大神官、汗びっしょりの大神官が見守る中――のみの跡が見つけられた。でっぱりに隠れた場所のため一目では分からないが、探せば見つかる位置だ。トップとして私――岩を守るべき立場にいる大神官は、神官二人に引きずられて寝室に連れて行かれた。大神官として責任を取らなければならない彼には可哀想なことだ……せっかちにならずに十年待てば自然とその座が転がり込んできたものを。死んでお詫び、なんてことになるかもしれない大失態だからなぁ、うん。

「これはゆゆしき事態ですぞ、陛下!」

 茶漉し伯爵なる男はつばを飛ばす勢いで怒鳴り散らしている。誰だかが国家転覆を狙っているのだ、これは王家を呪おうとする者による陰謀である云々とご高説を垂れ、周囲も興奮のあまりかそれに追従している。どうやらこの国では「石を媒体にした呪い」というのは本当に恐れられているようだ。周囲の貴族連中の顔色は悪い。

 会場には二百を軽く超える人間がいて、馬蹄型のテーブルの向こう端――つまり末席に座る人の顔はさっぱり見えない。右と左にそれぞれ百人以上いるのだから当然かもしれないけど、これでどうやって会議に参加しろというのだろうか。それとも末席の彼らはただ参加しているだけなのか。

「その通りだ。わが王家の守りたる聖霊岩をけずるとは、命知らずもはなはだしいことだ」

 八歳児であるはずの今上陛下は真面目くさった表情で頷いた。この年齢だともっと子供らしくても良いはずだが、やはり背負うものが違うと保護者も心構えが違うのだろうか、顔つきだけでいえば十二かそこらと言っても良いだろう。

「麗しき聖霊様の御身にのみを当てるとは全く」

「陛下、聖霊様ではなく神様です」

「ああ、そうだったか。うるわしき女神の柔肌に傷をつけるとは信じられぬ」

「陛下、女神ではなく神様です。そして柔肌ではなく岩肌かと」

「彼女を傷物にした罪は深い」

「陛下……」

 この餓鬼は本当に八つなのだろうか。

「茶漉し、貴様は女神を傷物にした無礼者を見つけ、余の前に引きずり出せ。余自らそ奴を鞭打ってくれよう」

「ははっ!」

 茶漉し伯爵は胸に手を当て頭を下げた。なんとはなしに会場を見回せば、間に一人挟んだ手前側にイマヌエルが真っ青な顔をして座り、そのまた三人挟んだ隣が今上陛下の外祖父筋である……えっと、誰だっけ? が座っている。なんだ、イマヌエルって奴、偉かったんだな。王様に近ければ近いほど偉いから、左に王の外祖父、右にその息子つまり王の叔父、左の二番目にもう一人の叔父――と、左右左右の順に偉い人が座っている。外祖父の筋が偉くなるのは当然だから考慮に入れないとして、イマヌエルがトップ五位以内の家柄だと分かった。

 にしても、イマヌエルの顔は血の気が引いて真っ青だ。ここまでの大ごとになるとは思わなかったのかね? 削った跡さえ見つからなければ問題にならなかったのだから安心していたのかもしれない。

「お静かに! では次に、大神官の処罰をどうするかです」

 ざわざわと波打つように騒がしい会場内を鎮めようと、さっき国王に私の呼び方を何度も訂正した男が声を張り上げた。彼はこの会議が始まった時もこうやって指示を飛ばしていたし、進行役なのだろう。

「うるわしの女神を守りきれなかった奴の罪は重い……殺してしまえ」

 なんて物騒な餓鬼!  このまま成長したら傍若無人な独裁者になるんじゃなかろうか……周囲の人も可哀想に。

「陛下、大神官の仕事は聖霊岩を守ることだけではございません。殺してしまうというのは少々短絡的かと存じます」

 外祖父方の誰とかが眉尻を下げた。その通り、大神官の仕事は私の管理だけではない。神殿の名前で集めた餓鬼共の育成、神殿行事の運営、大神官という役職のみに任された毎朝の礼拝とか。持てる権力も大きくなるが、机の上に積み上げられる書類もその分だけ高くなる。良い事づくめなんかじゃないのだ。

「ならばこの落ち度をどうつぐなわせる?」

「罰金もしくは礼拝時以外の外出禁止――謹慎半年、でしょうか」

 神官には基本的に自宅がない。職場に謹慎半年はかなり辛いと思う。

 貴族社会において後継ぎ(エア)とそのスペアである長男次男以下、つまり三男四男はいても無駄な存在でしかない。才能があれば臣下に養子に行かせたりすることがあるけれど、たいがいは縁を切られるのだ。しかしだからと言って子どもを街に放り出すわけにもいかないし、放り出されたとしてもぬくぬくと育てられたお貴族の坊ちゃんが生きていける保障は全くない。そしてここで登場するのが神殿なのだ。

 神殿は職員が欲しい。貴族は一応血を分けた子供をのたれ死にさせたくない。双方の希望を叶えた結果、貴族の坊ちゃんたちは神官見習いとして神殿に入るのだ。神殿に入るときに元の家との縁は切られ、手紙のやり取りも禁じられる。まだ父子の間なら希薄な繋がりでも情が湧くかもしれないけど、世代交代なんてしたらもう他人。同腹の兄弟じゃないかと泣いてすがっても蹴られて終わりどころか、不敬罪で斬首もありえる。

「半年は短すぎないか。一年はどうだ」

「でも一年は長すぎでは」

「一年もの間大神官の仕事が滞るのは問題では……」

 会議の席の前方二十人ほどがざわざわと話し合う。一年も部屋に引きこもるなんて、ニートやヒッキーでもない限り我慢できないだろう。ゲームや娯楽があるわけでもなし、運動もできないとなったら今以上に太るんじゃないだろうか?

「では罰金と謹慎半年にしては?」

「それが良いか」

「では」

「そうだな」

 罰金と謹慎半年で決まった。――といってもそれは貴族たちの意見であって、最終決定権を持つ八歳児の許可は下りていない。皆が王座を窺う。

「謹慎一年だ」

「いえ、ですがそれでは大神官が出る必要のある行事に支障が出ます、陛下」

「代わりの者を使えば良い」

「しかし」

「豊穣祭の水わけ式はどうなさるのです」

「新年祭の新風式は」

「今代の大神官が不可能なら、大神官であった者が代わりを務めれば良いではないか」

「それはもしや」

「なるほど、それならば……」

 人の話を聞かないわりに、筋が通った意見だ。そう思っていた。

「大神官への罰は謹慎一年! それと罰金だ!」

「へ、陛下……それはあまりに酷ではありませぬか」

「大神官もまさかこのような事件が起こるとは思いもよりますまい」

「想定外を想定してこそ、リーダーなのだ!」

 格好良い! でも想定できるならそれはもう想定外じゃないと思う。

 その後八歳児は意見をごり押しし、可哀想に大神官は一年間の謹慎および財産の半分を取り上げられることになった。

 楽しみもない一年間の強制引きこもりに加えて金を巻き上げられることになり……哀れ、大神官。だけど元大神官にまで飛び火したのは運が悪かったとしか言いようがない。こんな時期に帰ってきてしまった不運、食中毒にかかった不運、すぐに出て行かなかった不運。

 これから大変になるな、とあくまで傍観者でしかない私はため息を吐く。老骨に鞭打って頑張ってくれたまえ、元大神官よ。あとで王宮から使者が来るだろうけど逃げないように。え? 何の使者が来るかってそりゃあ――

「元大神官に、一年だけ大神官の仕事に復帰するようにっていう命令だよ」

「なんですか、それは」

「大神官の一年間の謹慎と罰金が決まったのさ。謹慎期間中の大神官の職務を肩代わりしなさい、という辞令がそのうち来ると思うよ」

 元大神官が嫌そうに顔を歪めた。昔していた仕事だろうに、どうしてそこまで嫌そうなのか……。

「ハウル、ハウル! いますね!」

「はい、長老様!」

「秘境にあるという幻の桃が食べたくなりました。今すぐ旅に出ます。用意は別にいりませんよ、道々揃えながら行きますからね」

「長老様、突然どうされたんですか?」

「いえ、面倒事が走って抱き着いてきそうな予感がするものでね。ではセイ様御機嫌よう、また何年か後に、生きていたら会いましょう」

 元大神官は私に手を上げると、颯爽とした足取りで宮城の出入り口へ競歩した。ハウルとやらがその後を追う。

「無駄な抵抗はよした方が良いと思うのだけどなぁ」

 どうせ城下町から出る前に捕まるだろうに、よっぽど逃げたいのだろう、競歩だったのがすぐに駆け足になって遂に走り出した。

 私は元大神官のことは放っておくことにして、意識を私の欠片に向けた。もちろん誘拐された欠片ではない。

 私の一部は建国以来、王冠の真ん中に居座っているのだから。

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