石の記憶 過去編
雅美が初めて水晶を見たのは、雑誌の中だった。
今思えば、少し胡散臭い雑誌だったのかもしれない。
開運特集、前世診断、超能力体験談。
そんな記事の隅に、小さくパワーストーンの広告が載っていた。
けれど当時の雅美には、それが妙に綺麗に見えた。
カットされた水晶。
光を反射する透明な石。
宝石とは違う。
もっと静かで、冷たくて、不思議なもの。
「なんか良いことあったら面白いな」
その程度の気持ちだった。
まだスマホもない時代。
ネットも一般的ではなく、知らない世界は雑誌の向こう側にしか存在しなかった。
だから、小さな広告写真一枚にも夢があった。
雅美は通販の申し込み用紙を書き、郵便局で振り込みをした。
届くまでの時間さえ楽しかった。
数日後、出版社の封筒が届く。
少し厚みのある茶封筒。
振ると、中で小さく硬い音がした。
部屋へ戻って封を切る。
透明な袋の中に、小さな水晶が入っていた。
その瞬間の輝きを、雅美は今でも覚えている。
あの石が本物だったのか、今では分からない。
ブラジルでは水晶などトラックで運び出されるほど採れると、後になって知った。
もしかしたら、ただの安い加工石だったのかもしれない。
それでも、あの時の雅美には本物以上に見えた。
当時、若い人間の周囲には、不思議なものが溢れていた。
前世。
波動。
天使。
新興宗教。
オカルト雑誌。
けれど雅美は、特別何かを信じていたわけではない。
駅前で勧誘されることもあった。
それすら、街の風景の一部みたいな時代だった。
ただ、水晶は綺麗だった。
手のひらに乗る小さな神秘。
退屈な日常の中に、少しだけ違う光を落としてくれるもの。
今みたいに、検索すれば世界中の石が出てくる時代ではなかった。
アクセサリーショップも、フリマサイトもない。
だからこそ、雑誌の粗い写真ですら特別だった。
雅美は夜、蛍光灯の下で水晶を透かして見た。
何か特別な力があるような気もしたし、ただ綺麗なだけの気もした。
結局、その石で人生は変わらなかった。
超能力も開花しない。
運命の仲間とも出会わない。
ただ時間だけが過ぎていった。
それでも何十年後かに思い返す。
あの頃、世界は今より少しだけ不思議だった。




