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『完璧すぎて可愛げがない』と婚約破棄されましたが、帝国の魔力供給・経済・外交を全て停止して隣国へ移住しますわ。――今更「戻ってきてくれ」? どこのどなたかしら?  作者: 桐谷ルナ
第2章 帝国買収編:元婚約者は炭鉱送りでしたかしら? ――北方の女帝による無慈悲な再開発計画

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第15話:隣国の介入――マリアンヌを操っていた黒幕の登場

かつてのバルトシュタイン宮殿、その広大な庭園。

 いまやそこは、美しい花々の代わりに、北方の最新鋭魔導掘削機が唸りを上げ、古い秩序を物理的に粉砕する「再開発の最前線」となっていました。


「……リィン。西側の区画、地盤の補強が甘いわ。あと三パーセント、魔導セメントの比率を引き上げなさい」


「御意。……ですがエルゼ様、作業の手を止めざるを得ない『不純物』が接近しておりますわ」


 リィンの視線の先。

 再開発の騒音を切り裂くように、金糸の刺繍が施された贅沢な馬車が、護衛の騎兵を連れて乗り込んできました。

 馬車の扉に刻まれているのは、帝国と国境を接する軍事大国、レムス王国の紋章。


 そこから降りてきたのは、磨き上げられた軍靴を響かせ、不敵な笑みを浮かべる青年でした。

 レムス王国第一王子、ジュリアン・ド・レムス。


「……ふむ。噂には聞いていたが、これほどとは。……美しき氷の才女、エルゼ・フォン・アシュバッハ。君がこの『死に体』の帝国を、わずか数ヶ月で自分の財布に変えてしまったというのは、本当だったのだな」


 ジュリアンは、泥の跳ね返りすら厭わずに私へ歩み寄り、私の手に唇を寄せようとしました。

 ですが、私の隣に立つシグルド様が、その無礼な腕を音もなく、しかし力強く制しました。


「……レムスの王子。ここは北方の管理区域だ。招待状なしに踏み込むのは、宣戦布告と受け取ってもいいのだな?」


 シグルド様の氷のような殺気が放たれますが、ジュリアンは余裕の笑みを消しません。


「おやおや、恐ろしい。……私はただ、この『至宝』にふさわしい居場所を提案しに来ただけだ」


 ジュリアンは私を真っ向から見据え、その傲慢な瞳に欲望を滲ませました。


「エルゼ。……マリアンヌという『あだ花』に惑わされた無能なエドワードには、君を使いこなす器がなかった。……だが、私は違う。……彼女を送り込み、帝国を内側から腐らせ、君という知性を孤立させたのは、すべて私の筋書きだ」


「あら。……マリアンヌ様を操っていらしたのは、やはりあなた様でしたのね」


 私は、扇子を口元に当ててくすりと笑いました。

 驚きはありません。……あの程度の小娘が、一国を傾かせるほどのスパイ活動を一人で完遂できるはずがないことなど、最初から計算の内でしたわ。


「そうだ。……そして君は、私の期待以上に完璧に帝国を壊してくれた。……感謝しているよ。おかげでレムスは、一兵も失わずにこの豊かな土地を手に入れる準備が整った」


 ジュリアンは一通の親書――レムス国王の署名が入った「経済協力提案書」を差し出しました。


「エルゼ、我がレムス王国に来い。……君を正妃として迎え、レムスの全国力を君の知性に委ねよう。……シグルド公爵のような、辺境の武骨な男の隣にいるのは退屈だろう? 君の知性は、大陸全土を支配するレムスの王座にこそ相応しい」


「……わたくしを、正妃に?」


「ああ。……今この地を支配している権利、すべてをレムスに譲渡するなら、君を『世界の女王』にしてやると約束しよう。……どうかな? 無能なエドワードとは違う、真の天才(私)からの、最高の求愛だ」


 シグルド様の拳が、怒りで微かに震えるのが分かりました。

 ですが、私はその手をそっと抑え、ジュリアン王子に向かって一歩、歩み出しました。


「ジュリアン様。……あなた様は、ご自身を『真の天才』だとおっしゃいましたわね?」


「ああ。……君ほどではないにせよ、私は常に数手先を読んで世界を動かしてきた」


「あら……それはどの口がおっしゃるのかしら?」


 私は、懐から一枚の「透かしの入った銀貨」を取り出し、彼の目の前でヒラヒラとさせました。


「ジュリアン様。……レムス王国が現在、極秘に進めていらっしゃる『新型魔導戦艦』の開発……。その資金源となっている外債、どこの機関が引き受けているか、ご存知かしら?」


「……何だと?」


「わたくしが設立した『アシュバッハ国際投資組合』が、一週間前にレムス王国の国債の六割を買い占めましたわ。……さらに、貴国が生命線としている隣国との交易港。……あそこの運営権を、シグルド様が昨日、法的に『略奪』……失礼、買収いたしましたの」


 ジュリアンの顔から、不敵な笑みが一瞬で消え去りました。


「な……馬鹿な! 貴様、いつの間に……!」


「マリアンヌ様を使い、帝国を壊している間、わたくしに気づかれないと本気で思っていらして? ……殿下。わたくしの計算式に『例外』は存在いたしません。……あなたがわたくしを『駒』にしようと画策している間、わたくしは既に、あなたの国そのものを『担保』に入れていたのですわ」


 私は、扇子をパチンと閉じ、彼の鼻先に突きつけました。


「正妃、世界の女王……? ふふ、片腹痛いですわ。……わたくしにとって、レムス王国は『いつでも差し押さえ可能な債務不履行国』。……そしてあなた様は、その返済計画も立てられない、自称・天才の『浪費家』に過ぎませんの」


「き、貴様ぁ……!!」


 逆上したジュリアンが手を上げようとした瞬間。

 

 ドォォォォン……!

 

 シグルド様の放った魔圧が、ジュリアンの背後の馬車を一瞬で粉砕しました。


「……私の妻に、二度と不浄な視線を向けるな。……レムスの王子。……今すぐ去れ。さもなくば、明日から君の国では、パン一切れすら買えない地獄が始まるぞ。……エルゼの指先一つでな」


 シグルド様の、地の底から響くような威嚇。

 ジュリアンは、腰を抜かしたように泥の中に座り込み、ガタガタと震え始めました。


「あ……あ、ああ……っ」


「さようなら、ジュリアン様。……わたくしを『駒』だと思ってくださって、ありがとうございましたわ。おかげで、レムス王国という新しい『資産』を手に入れる手間が省けましたもの」


 私は、泥に塗れた王子を一顧だにせず、シグルド様のエスコートを受けて再び建設現場へと戻りました。


 背後で、護衛に抱えられて退散していくジュリアンの情けない叫び声。


「……エルゼ。……レムス王国、本当に買い占めたのか?」


「あら。……シグルド様。わたくし、嘘は吐きませんわ。……合理主義者ですもの。……これから忙しくなりますわよ? 二つの大国の資産を、一度に整理しなければなりませんから」


 私はシグルド様に微笑みかけ、彼の手を強く握り返しました。

 

 準備は、すべて整いましたわ。

 これからは、誰もわたくしたちの行く手を阻むことはできません。

 わたくしが引いた計算式の先に、新しい世界の秩序システムが誕生するのですから。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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