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『完璧すぎて可愛げがない』と婚約破棄されましたが、帝国の魔力供給・経済・外交を全て停止して隣国へ移住しますわ。――今更「戻ってきてくれ」? どこのどなたかしら?  作者: 桐谷ルナ
第2章 帝国買収編:元婚約者は炭鉱送りでしたかしら? ――北方の女帝による無慈悲な再開発計画

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第13話:「真実の愛」の末路――男爵令嬢、場末の酒場で愛を売る

かつて帝都の「宝石箱」と称えられた目抜き通りは、今や見る影もなく荒廃していました。

 街灯の魔力は消え、割れたショーウィンドウの奥には、盗賊に荒らされた残骸が転がっている。


 そんな街の隅、路地裏の湿った風が吹き抜ける場所に、その酒場はありました。

 安酒の酸っぱい臭いと、粗野な男たちの罵声が漏れ聞こえる、帝国の「掃き溜め」のような場所。


「……シグルド様。このような場所までお付き合いいただいて、申し訳ございませんわ」


 私は、鼻をつく悪臭を遮るように扇子を広げ、エスコートするシグルド様の腕に指を添えました。


「気にするな、エルゼ。……君が『不純物の最終処分』を確認したいというのなら、地の果てまで同行しよう。……それに、君を一人でこんな不潔な場所に置くなど、想像するだけで吐き気がする」


 シグルド様が合図を送ると、北方の精鋭騎士たちが酒場の扉を乱暴に開け放ちました。

 一瞬で静まり返る店内。


 汚れたテーブル、飲み残しの安酒、そして……。

 客の男たちの膝に乗り、媚びるような笑みを浮かべていた、一人の女。


「……あ……?」


 その女の手から、ひび割れたグラスが滑り落ちました。

 かつての桃色の髪は艶を失い、見るも無惨に短く切り揃えられている。

 自慢だった瞳は濁り、安物の化粧で塗り固められた顔は、もはや「聖女」の欠片も残っていません。


 マリアンヌ・レネット。

 エドワードから金を奪い逃走した末に、無一文となってこの場末に流れ着いた、哀れな泥棒猫。


「え、エルゼ……様……?」


 マリアンヌ様は、男の膝から転げ落ちるようにして床に這いつくばりました。

 そして、私の靴に縋り付こうと、必死に手を伸ばします。


「エルゼ様! ああ、神様! わたくしが悪うございましたわ! エドワード様に無理矢理言わされていたのです! 本当は、わたくし、エルゼ様をずっと尊敬申し上げていたのですわ!」


「あら。……随分と、お安い神様がいらしたものですわね」


 私は、汚れた指先が届く前に、一歩、優雅に身を引きました。


「マリアンヌ様。……いえ、レネット嬢。あなたのその『演技』、以前より随分と精度が落ちていましてよ? 恐怖で声が震えるのは、わたくしへの畏怖ではなく、単に明日の食事に困っているからではなくて?」


「違いますわ! わたくし、心を入れ替えて……! お願いします、わたくしを連れ出してください! 以前のように、エルゼ様のお側で侍女として使ってくださいまし! わたくし、可愛げだけはありますから……っ!」


 可愛げ。

 まだ、その言葉を口になさるのですか。


 私は、シグルド様から手渡された一冊の手帳――北方の経済特区における「労働価値査定表」を、パラパラと捲りました。


「……マリアンヌ・レネット。二十歳。特技、無し。計算能力、初等教育以下。……あら、一点だけ、市場価値が認められる項目がございますわね」


 私は、彼女の顔を扇子の先で持ち上げ、その虚ろな瞳を見つめました。


「『真実の愛を売る』という、あなたの十八番オハコですわ。……ですが、今のあなたの市場価格……算出いたしましたところ、銅貨三枚分ですわね。……一回の食事代にも、足りませんわ」


「な……銅貨、三枚……?」


「ええ。あなたがエドワード殿下から奪った宝石、すべて鑑定いたしましたが……その大半が、隣国の工作員に掴まされた『偽物』でしたわよ。……愛も、宝石も、あなたという存在も。……すべてが、わたくしの計算式の中では『誤差以下の無価値』と弾き出されましたの」


「そ、そんな……っ! 嘘よ! わたくしは聖女になるはずだったのよ!」


 マリアンヌ様は狂ったように叫びましたが、酒場の男たちは、もはや彼女を冷たい目で見ているだけでした。

 かつての「王子を惑わした美女」も、今はただの、使い古された「安価な道具」に過ぎない。


「リィン。……彼女がこれまで酒場で使い込んだツケ、および宮殿から持ち出した備品の賠償額、確定したかしら?」


「はい、エルゼ様。……彼女の残りの人生、すべてこの酒場の洗い場と清掃に捧げても、一割も返済できない計算です」


「左様。……では、存分に働かせてあげなさい。……『愛』という魔法が解けた現実の世界で、どれだけ知性と実力が重いものか……一生をかけて、その身で味わうのが相応しいわ」


「エルゼ様! 待ってください! 見捨てないで! ああああっ!」


 背後で泣き喚くマリアンヌ様。

 彼女を酒場の店主に引き渡し、私たちは光のない路地裏を後にしました。


 馬車へ乗り込む際、シグルド様が私の手を取り、そっと耳元で囁きました。


「……満足かい、エルゼ?」


「満足、という言葉は少し違いますわ。……ただ、不成立だった計算式を、正しく『ゼロ』に収束させた。……それだけの、爽快感はございますわね」


「ふふ、君らしい。……さあ、汚らわしい場所は終わりだ。……次は、君が設計した『新しい帝都』の中枢を見に行こう。……かつての宮殿を取り壊し、君の知性が支配する『北方の拠点』へと生まれ変わる場所をね」


 馬車が静かに走り出します。

 窓の外、帝都の夜闇には、もう一筋の「愛」という名の嘘も入り込む余地はありません。


 計算(復讐)は、極めて順調です。

 次は、この不毛な土地を、わたくしのための「美しい庭」に作り変えて差し上げますわ。

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