4回目の企画書
『お昼の校内放送の時間です。今日のBGMは──』
放送室のマイクに向かって、俺は原稿を読み上げる。
毎日同じ。決まった時間に、決まった挨拶をして、決まった曲を流す。
城戸玲、高校二年。放送部部長。
部長って言っても、やってることはBGM係だ。
放送が終わると、顧問の田村先生がニコニコしながら言った。
「城戸くん、今日の選曲いい感じだったね」
「ありがとうございます」
「落ち着いた雰囲気で、昼食の邪魔にならなくて良かったわ」
昼食の邪魔にならない。
それが、この放送部の方針だ。
「学校生活を邪魔しない、心地よいBGMを届ける」
田村先生が部員に言い続けている言葉。先輩たちもそれを忠実に守ってきた。
でもさ。
「先生、俺ちょっと思ったんですけど」
「なあに?」
「BGMって、誰も聴いてなくないですか?」
田村先生が目を丸くした。
「聴いてるわよ。心地よいBGMがあるから、みんなリラックスできるの」
「いや、それはそうなんですけど。もっとこう、みんなが『聴きたい』って思う放送にしたくないですか?」
「……城戸くん、また何か企んでるの?」
「企んでないですよ! ただ、ちょっとしたアイデアがあって」
「また今度ね。今日は片付けて」
話を逸らされた。
まあいい。今日じゃなくても、チャンスはある。
放課後、俺は友達の山本と学食でダベっていた。
「お前さ、まだ放送部で何かやろうとしてんの?」
山本がポテトをつまみながら言った。こいつは中学からの友達で、俺のバラエティ好きをよく知っている。
「当たり前じゃん。BGM流すだけとか、つまんねえもん」
「でも顧問がそういう方針なんだろ?」
「方針は変えられる。先生を説得すればいい」
「お前、そういうとこだけは自信あるよな」
「だって、人を説得するのは得意だし」
山本が呆れた顔をした。
「で、何やりたいの?」
「大喜利」
「大喜利?」
「そう。お題出して、生徒から回答募集して、面白いやつを放送で読む。シンプルだろ?」
「シンプルだけど……お前がMCやんの?」
「俺は読むだけ。面白いこと言うのは投稿してくれる奴ら」
「他力本願じゃん」
「他力本願じゃねえよ。俺は場を作る係。面白いことを言うのは、そういう才能がある奴に任せる。適材適所」
山本はポテトを口に放り込みながら、首を傾げた。
「お前、面白いこと言えないの自覚してんだ」
「うるせえ」
分かってる。俺には、笑いを生み出す才能がない。
中学の文化祭でコントやった時、痛感した。台本通りにやっても、空気が微妙だった。「まあまあ面白かったよ」って言われたのが一番キツかった。
でも、諦められない。
バラエティが好きなんだ。人が笑ってる空間が好きなんだ。
だから、俺は「場を作る側」になる。
「まあ、頑張れよ」
「おう。見てろって」
次の日、俺は田村先生のところに行った。
「先生、ちょっといいですか?」
「なあに、城戸くん」
「これ、企画書です」
A4用紙一枚。『校内放送・大喜利コーナー新設の提案』。
田村先生は受け取って、ざっと目を通した。
「大喜利コーナー……」
「週一で、昼の放送でやりたいんです。お題出して、生徒から投稿募集して、面白いやつを読み上げる」
「うーん……」
「金かかんないし、俺が全部やります。先生の手間は増えません」
「それはありがたいけど……」
田村先生は困った顔をした。
「ちょっとリスクがあるんじゃない?不適切な回答が来たらどうするの?」
「事前にチェックします」
「下ネタとか、誰かを傷つける内容とか」
「読みません。俺がフィルターになります」
「でも、保護者からクレームが来たら……」
「大丈夫ですよ。笑いは人を幸せにするんです」
田村先生は苦笑した。
「城戸くんの情熱は分かるんだけど……ごめんね、今回は見送りましょう」
却下。
まあ、予想通りだ。一回で通るとは思ってない。
「分かりました。また来ます」
「え?」
「企画書、直してまた持ってきます」
俺はニッコリ笑って、放送室を出た。
その日の夜、俺は自分の部屋でテレビを見ていた。
ゴールデンタイムのバラエティ番組。MCはベテランの芸人。ゲストは旬の俳優。
「……あー、もったいねえ」
俺は思わず声に出した。
ゲストの俳優がエピソードトーク始めたのに、MCが途中で遮った。せっかく面白くなりそうだったのに。
この俳優、喋り慣れてる。最後まで任せても大丈夫なタイプだ。MCが余計なことしなければ、もっと盛り上がったのに。
こういうのが分かるんだよな、俺。
誰がMC向きか。誰がボケ担当か。誰がいじられて輝くか。
見てると、なんとなく分かる。
でも、分かるだけだ。
俺自身が面白いことをできるわけじゃない。
だから、場を作るしかない。面白い奴らが輝ける場を。
……校内放送の大喜利、絶対やりたいな。
俺はベッドに寝転がって、天井を見上げた。
田村先生、何を気にしてたっけ。
不適切な回答のリスク。保護者からのクレーム。
要するに、「何か問題が起きたら困る」ってことだ。
じゃあ、問題が起きない仕組みを作ればいい。
いや、待て。
仕組みを作っても、田村先生は納得しないかもしれない。
あの人が本当に気にしてるのは、「リスク」じゃなくて「責任」だ。
何か起きた時に、自分が責任を取らなきゃいけない。それが嫌なんだ。
じゃあ、責任を俺が全部被ればいい。
「俺が全部やります。何かあったら俺の責任です」
……これで押してみるか。
翌週、俺は田村先生に二回目の企画書を持っていった。
「先生、企画書直してきました」
「早いわね……」
田村先生は企画書を受け取った。
今回は、「責任の所在」を明確にした。不適切な回答があった場合の対応手順。問題が起きた時の責任は全て城戸が負う。
「……城戸くん、気持ちは分かるんだけど」
「何かあったら俺の責任です。先生には迷惑かけません」
「そういう問題じゃないのよ」
「え?」
「そもそも、大喜利って必要かしら?」
来た。本丸だ。
「校内放送の役割って、学校生活のサポートでしょう? 連絡事項を伝えたり、BGMを流したり。大喜利は、その役割から外れてない?」
「……」
「楽しいコンテンツは、文化祭でやればいいのよ」
正論だ。
校内放送は「サポート」。大喜利は「娯楽」。確かに、役割が違う。
「……分かりました」
俺は引き下がった。
でも、諦めたわけじゃない。
その日の放課後、俺は放送部の先輩、三年の木下先輩のところに行った。
「先輩、ちょっと相談があるんですけど」
「おう、なんだ城戸」
木下先輩は去年まで部長だった人だ。田村先生との付き合いも長い。
「田村先生って、どうやったら説得できますかね」
「何を企んでんだお前」
「大喜利コーナーやりたいんです。でも、『校内放送の役割から外れてる』って言われて」
木下先輩は腕を組んで考えた。
「あー、田村先生な。あの人、『役割』とか『意義』とか好きだからな」
「ですよね」
「逆に言えば、『意義』があれば通るんじゃね?」
「意義……」
「大喜利が学校生活に役立つ理由。それを説明できれば、田村先生も納得するかもな」
なるほど。
大喜利が「サポート」になる理由か。
「あと、田村先生、生徒が楽しんでるの見るの好きだぞ。文化祭の時とか、すげえ嬉しそうにしてたし」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、『生徒のため』ってアングルで攻めるといいかもな」
「……ありがとうございます、先輩」
俺は放送室に戻って、企画書を書き直した。
三回目。
「先生、また来ました」
「城戸くん……本当にしつこいわね」
田村先生は呆れ顔だ。でも、嫌そうじゃない。
「今回は『目的』を書き足しました」
企画書の冒頭。
『目的:昼休みの息抜きコンテンツとして、生徒の午後の学習効率向上をサポートする』
「息抜きのサポート……?」
「勉強ばっかりじゃ疲れるじゃないですか。昼休みに笑って、リフレッシュして、午後の授業に集中する。大喜利はそのサポートになると思うんです」
田村先生は企画書を見つめている。
「……なるほどね。意義としては分かったわ」
お、いい反応だ。
「でも、やっぱり心配なのよね」
「何がですか?」
「失敗した時のこと。投稿が全然来なかったら? 面白い回答がなくて、滑ったら?」
「…………」
「『あのコーナー、寒いよね』って言われたら、放送部全体の評判に関わるでしょう?」
確かに、その通りだ。成功する保証はない。
「……それは、やってみないと分からないんじゃないですか?」
「だから慎重になってるのよ」
田村先生は企画書を俺に返した。
「もう少し考えさせて」
三回目──保留。
却下じゃない。でも、OKでもない。
あと一押しだ。あと一押しで通る気がする。
その日の夜、俺はベッドに寝転がって考えた。
田村先生が気にしてるのは「失敗のリスク」だ。
投稿が来ない。面白くない。滑る。
でも、それって最初から完璧を目指すから怖いんだよな。
……そうだ。
最初から「お試し」って言えばいいんだ。
失敗したら打ち切り。それでいい。最初からそういう条件にすれば、先生も気が楽になるんじゃないか?
四回目。
「先生、また来ました」
「城戸くん……もうこれで最後にしてよね」
「今回はお願いがあります」
「お願い?」
「お試し期間をください。反応が悪かったら、すぐ打ち切りでいいです。でも、一旦やらせてください」
「…………」
「失敗したら俺の責任です。先生には迷惑かけません。だから、チャンスだけください」
田村先生は黙っている。
俺は続けた。
「生徒が楽しんでくれたら、先生も嬉しくないですか?」
田村先生がちょっと笑った。
「城戸くんって、そういうとこ抜け目ないわよね」
「褒め言葉として受け取っときます」
「褒めてないわよ」
でも、田村先生の表情は柔らかくなっている。
「……分かったわ。お試しでやってみましょう」
「マジですか!?」
「ただし、反応が悪かったら即打ち切り。いいわね?」
「はい! ありがとうございます!」
俺は思わずガッツポーズした。
四回目で通った。やっぱり諦めなくて良かった。
で、意気揚々と始めた大喜利コーナーだったんだけど。
最初の週、投稿ボックスに入ってたのは三通。
しかも、二通は下ネタで読めない。残りの一通は「わかりません」って書いてあった。ふざけてんのか。
仕方ないから、俺が自分で考えた回答を読んだ。
反応は、無。
誰も聴いてない。廊下歩いても、誰も校内放送の話してない。
「やべえな……」
二週目。投稿は五通。でも、面白いのはない。
三週目。四通。相変わらず微妙。
このままじゃ打ち切られる。
「山本ー、お前も投稿してくれよー」
「嫌だよ、俺面白くねえし」
「じゃあ誰か面白い奴紹介してくれよ」
「知らねえよそんな奴」
ダメだ。面白い回答が集まらない。
なんで投稿が来ないんだ?
お題が悪い?俺の読み方が悪い?
……いや、違う。
投稿するハードルが高いんだ。
名前を書いて投稿するってことは、「面白いことを言った奴」として名前が出る。それって、目立ちたくない奴にはキツいよな。
変なこと書いて、「あいつ寒い」って思われたくないもんな。
俺は投稿用紙のフォーマットを変えた。
名前欄を「ラジオネーム」に変更。本名じゃなくていい。匿名でOK。
これで投稿のハードルが下がるはずだ。
翌週。
俺は投稿ボックスを開けた。
少し増えてる。八通。
でも、内容は相変わらず微妙……
ん?
一通だけ、違うのがあった。
ラジオネーム「キラーUMA」。
お題は「こんな体育教師は嫌だ」。
回答。「ランニング中、生徒を追い抜きながら『これが俺との差だ』と言ってくる」
俺は吹き出した。
なにこれ、めっちゃ面白い。
体育教師が本気で走って、生徒を抜き去る。振り返って真顔で「これが俺との差だ」。大人げないけど、うちの教師とか絶妙にやりそうなんだよな。
他の投稿とは明らかにレベルが違う。
俺は急いで放送で読み上げた。
『今週のベスト回答!ラジオネーム「キラーUMA」さん!』
読みながら、また笑いそうになった。
放送後、廊下を歩いてたら、聞こえた。
「今日の放送、面白くなかった?」
「キラーなんとかってやつ?」
「そうそう、体育教師の。ウケた」
聴いてる奴がいる。
俺は心臓がドクンと跳ねた。
これだ。面白い回答があれば、聴いてくれる奴がいる。
キラーUMA。
こいつ、誰だ。
翌週も、キラーUMAから投稿があった。
その次の週も。その次も。
毎週、確実に面白い回答を送ってくる。ハズレがない。お題に合わせて方向性も変えてくる。
大喜利コーナーは、田村先生から正式に継続OKをもらった。
「反応いいみたいね。他の先生からも褒められたわよ」
「そうですか?いやー、俺の企画力のおかげですね」
「……あなた、図々しいわね。投稿した生徒が面白いだけじゃない」
図々しいかもしれない。でも、事実だ。
いや、違うな。
このコーナーが成り立ってるのは、キラーUMAのおかげだ。
俺が企画を作っても、面白い回答がなければ意味がない。キラーUMAが毎週面白いネタを送ってくれるから、コーナーとして成立してる。
俺は投稿用紙を見た。
「二年、ラジオネーム『キラーUMA』」
学年は同じ。二年生。
二年に、こんな面白い奴がいるのか。
会いたい。
こいつと組めれば、もっと面白いことができる。
俺の「人を見る力」と、こいつの「笑いを作る力」。
合わせたら、最強じゃないか?
キラーUMA。
キラー……UMA……。
ユーマ?名前がユウマってことか?
いや、考えてもしょうがない。直接探した方が早い。
俺は立ち上がった。
放送室を出て、二年の教室に向かう。
「なあ、二年で『ゆうま』って名前の奴、知ってる?」
知り合い片っ端から聞いて回る。
絶対見つけてやる。
こいつと組んで、もっとでかいことやりたい。
校内放送なんかじゃ収まらない。もっと大きな場所で。
俺の頭の中には、もう次の企画が浮かび始めていた。




