旅路の物語
カンナたちは、久しぶりに故郷の風を感じていた。
鼻孔を通り抜ける草原の匂いは心地よく、川のせせらぎと、小鳥の鳴き声は、荒んだ心を癒してくれる。
世界と一体になった様な感覚を覚えながら、カンナは数日前に出来事に思いを馳せる。
あれから、みんなを引き連れて人の街へと下った、蛮行冷めやまぬ人間たちに神罰を与えんがために。
今でもその時の人間たちの悲鳴が思い出せる。
カンナたちは、老若男女問わず決して容赦をしなかった。城壁で囲まれ、すでに内乱であちこちに火の手が回る街は、カンナたちにとってとても御しやすかった。カンナは他の少女たちに、東西南の城門に、火を放つように命じ、自分は北の城門で待つだけ。
それだけで人間は北の城門に虫のように湧いてきた。
虫のように次々と湧いてくる人間を、カンナはただの一閃で葬りさる。剣の二振り、三振りで人の命は数百と消える。
それでも人間は、ただ一つの出口に望みを賭け、カンナに盲進する。数万を超える人間をすべて切り殺すのには、流石のカンナも数刻程かかってしまった。
特に激しかったのは、切り殺す人間の群れに、終わりが見え始めた頃、人間たちは地面に手を付きカンナに対して平服した。
神にも等しいカンナに対し、慈悲を恵んでもらおうと。無論、カンナはその願いを、先頭にたつ裕福そうな人間の首を刎ねることではねのける。
それからの人間たちの狂い様と言ったら、思わずカンナを弛緩させるほどで、縦横無尽に動き回る人間たちを一人一人潰していくのは、とても大変だった。
北の城門に駆け付ける人間たちの一掃が終われば、後はゴミ掃除が残るだけ、もともと夜目も効き、神鹿の”番”になったことで感覚も鋭敏になったカンナには、街に潜む人間たちを見つけるのは容易かった。
瓦礫や家屋に隠れる人間を見つけては、慈悲を乞うその口を黙らせる。
いや、一人だけ、カンナが聞く耳を持った人間がいた、それはカンナたち鹿人とは別の神を崇める協会の修道女。
業火の中にあっても、姿を残す大聖堂には逃げ遅れた人間たちがかなりの数集まっていた。
見上げるほど巨大な大扉に障壁を作り、皆で立てこもっているのを、他の少女が見つけカンナに報告してくれた。
扉を蹴破り大聖堂の中に侵入するカンナの前に立ちはだかったのは、同い年くらいの美しい少女。輝く金の髪に、湖の様な碧眼を持つ彼女は、両手を大きく広げ、厄災から皆を守るようにカンナと対面する。先程まで、慈悲を乞うだけの人間たちとは違う、己の力が微々たるものだと知りながらも、自分の大切な物の為に大きな障害に立ちはだかる。カンナはそんな健起な少女に、思わず自分を重ねてしまった。ジズルドの手から、シズクを守ろうとする自分と。
きっと、ジズルドに立ちはだかる自分も、この少女の様な表情をしていたのだろう。目尻に涙を浮かべ、体を震わせながらも、必死に自分を大きく見せる。
決して自分は弱く無いと、目前の存在に知らしめる。それがカンナにはとても尊く、輝いて見えた。
少しだけ、この少女に興味が湧いた。
「あなた、名前は?」
「.....ジャンヌと申します」
「それで、あなたは何をしているの?」
「見てわかりませんか、あなたから民を守っているのです」
自分が一番怖い筈なのに、他人の為に命を張るその姿に、ますますカンナは自分と目前の少女の姿を重ねる。
「あなた一人立ちふさがったところで何も変わらないよ」
「いいえ、変わります、確かに”今”は私一人です。ですが、私”一人”が立ち上がらなければ、何も始まりません。今は私一人の微々たる力でも、こうして行動することによって、未来に、後の力に繋げるのです。私が起こした一を繋いで百にする為に。事実、あなたは今剣を振るう手を止めている、これも私の一があってこそ」
カンナは自分が一つだけ勘違していたことに気づく、この少女は”弱く”など無い、この少女は今この瞬間、誰よりも”強い”力を持っていた。人の心を動かすという、神にすらできない力を。
「そう....でも、結果は何も変わらないよ。私が剣を振れば貴女と、貴女が守ろうとした人間をまとめて殺せるんだから」
「ええ、その通り、でも貴女は未だに剣を振れずにいる。私はそこに活路を見出します」
カンナには、少女から放たれる言葉が、容易に想像できた。




