契りの物語 集
「カンナ….ほんとにカンナなの?」
声がする方に目を向けると、傷だらけになりながらも、他の奴隷の少女たちを引き連れたスザクの姿があった。
手には、兵士から奪ったであろう剣を携えている、スザクの身には返り血がべっとりとこべりつき、その形相たるや夜街で見かければ、可憐な少女などは失神していまうやもしれない。
他の少女たちも剣や瓦礫を手にもち、スザク同様、身を返り血で染めていた。
ここにくるまでに数多の試練を乗り越えたであろう少女たちは、皆同様に精悍な顔つきをしている、しかしそんな少女たちですら、カンナの姿とこの惨状に同様が隠せなかった。
彼女たちがここでカンナと鉢合わせたのは本当に偶然、こちら側に屋敷の出口があると記憶していた少女の助言に従い、騒ぎに乗じてこの街からの脱出を試みただけなのだ、そこに突如鳴り響く轟音と、崩れ去る屋敷、そして、視界に開けたその先で少女たちが目にしたのは、人間達の屍の数々と、異様な程の神気と覇気を纏ったカンナの姿だった。
鹿人の特徴である、ふさふさでやや尖った細長い耳の体毛は、虹色に輝き、頭には本来男性にしか生えない雄々しい角が、半透明ながらもたしかに、カンナの頭から生えている。
その威圧感に全員の口が閉じられる中、ここまで皆を扇動した、勇者、スザクだけは口を開く。
「この惨状は、全部カンナがやったの?」
「うん、そうだよ」
今度はさすがのスザクも絶句する。まさしく天災と見紛う程の惨状を、ただ一人の少女が作り出す。そんな武技や修練などという領域をとうに超える力を、ほんの反刻前まで弱々しい少女だったカンナからはどうしても想像ができない。
だが、目前の少女から放たれる覇気が、これをおこなったのが間違いなく彼女だと認識させる。スザクは一瞬、恐怖さえ感じた。
「私は、神鹿の“番”になったの、私は神鹿『ハク』から“動”の力を受け継いだ神鹿の花嫁になったの」
その言葉には、スザク意外の少女たちの絶句する。神鹿の“番”になれるのは、一世代に7人だけ、鹿人にとっては神に等しき存在に、目前の少女が選ばれた、少女たちは慌てて地面に体を伏せ、平伏の姿勢を取ろうとするが。それはカンナが静止する
「ちょと、やめて、私はそんな身分じゃないし」
“番”であるカンナの願いがそれならば、自分たちは従わなければならない。体を起こし、視線が交じりあうと、次はカンナの方から問いかける。
「それで、スザクはどうしてここに?」
カンナから放たれる一言が、おもわずスザクの身を弛緩させる。声質は、カンナそのもの、しかしその問いには、絶対に権限があるとばかりに、スザクから“閉”の選択肢を奪う。勿論、カンナと自分は同じ鹿人の少女、スザクはカンナたちを見つけたら助けるつもりでいたし、その後もできるだけの援助はするつもりでいた。
それが、どうしただろうか、本来、仲間であるはずの少女に怯え、まさしく選択肢を提示されているのは自分自身ではなかろうか。
スザクは恐怖に身を震わせながらもここまでの経緯を話す。
ーー内乱が起きたと同時に、地下牢から脱出したこと
ーー道中、鉢合わせる人間たちから装備を奪い、幾多の人間たちを切り捨てたこと
ーー仲間の助言に従い、この街から脱出する手立てを探していたこと
ーーそして、多くの仲間を守れなかったこと
カンナが改めて少女たちの人数を確認すると、確かに数が減っている。元々、カンナの手で半分程まで数を減らした少女たちだったが、さらにその数を半分程にしている。数えるだけでも9人しかいない。
その中には、ズザクの他にもスズメやソラノの姿もあったが、最後の時まで、カンナと必死に解放してくれたあの姉御の様な女性オオウメの姿がない。
カンナは、彼女にはそれなりに感謝していた、彼女がいなければ、自分は既に後悔と懺悔の念に負け、自死していただろう『あんたが殺した少女たちを悔やむなら、その思いを引き継いで生きるんだ、あんたが死んだら、それこそ彼女たちは無駄死にだ、あんたの役目は、少女たちの願いを受け継いで、最後まで生きることだ』あの言葉がなければ、今自分はここには居ない、だからこそ自分に生きろといった彼女がここに居ないのを不思議に思う。ここに居ないということはどういうことは、カンナはそれがわからぬ程察しの悪い少女ではなかった。それでも、彼女がいなくなってしまうのは悲しい、彼女の事を思い出に昇華するのは少し身が引ける。だから最後の望みを賭けて彼女たちに質問する
「オオウメは?」
「…オオウメさんは」
次に口を開いたのはソラノ、彼女から放たれる言葉がなんであれ、受け止める。その覚悟を身に宿し、彼女の言葉に耳を傾ける。
「オオウメさんも、途中までは私たちと一緒にいたの、で、私たちがもう少しで脱出できそうになった時、言ったの『悪いが、あたしはあんた達とは一緒にいけないよ、こうなったのは全てあたしの責任だからね、だかたここでお別れだ。それがここまでみんなを巻き込んじまったあたしの贖罪だ』って、狭てくる追ってに向かっていちゃた、勿論みんな止めたけど……」
「それと、オオウメから伝言を預かってる『カンナ、シズク、すまないね、私が言える立場じゃないのはよくわかってる、でも、どうか、強く生きとくれ』
」
「….そう」
受け止めてみれば、意外とあっさりだ。たしか、昔シズクが言っていた気がする『人は、知った事実が怖いんじゃなくて、知らないという事実がこわいだけなんだよ』その言葉を身にしみて実感する。オオウメの事がわからないという事実を、オオウメが死んだという事実に変えただけで、オオウメという存在を、他の少女同様、思い出という形に昇華できた、これからは、オオウメの思いも背負って生きていけばいい、わからないことが一番怖いのいうのを、身にしみて学んだ瞬間だった。自分の思考に、一区切りがついたなら、次の行動に生かさなければならない。
「それで、みんなはこれからどうするの?」
「私たちは、この街から脱出して、鹿人の街を目指すわ」
「ふーん」
「….カンナたちは、一緒に来ないの?」
「私はやることがあるから、あ、でもシズクはいっ…
「いや」
「…….と言うことだから、私たちはここにのこるよ」
その目に確かな真意を見たズザクは、カンナに問う。最悪の惨状を想わせて
「……….やる事ってなに?」
「人間たちを滅ぼすの、一匹残らず、皆殺しにする」
「本気なの?」
「うん、本気、私は人間を許さない、みんなの思いを受け継いで、人間と言う種族をこの世界から消す」
カンナの胸の中に疼き続ける怨讐、これを払拭するためには、この地から全ての人間を消すしかない、 村が襲われてから、常に水を与えられてきた芽が、神鹿の“番”になった事でついに開花した。黒々しく咲き誇る花園に、他の色は無い、姿こそ変わってはいないが、カンナの心情は醜く変化していた。
「もし、スザクたちにもその気があるなら、手伝わせてあげるけど?」
それでも、カンナは、黒く咲き誇るこの感情を、他者に押し付けたりはしなかった。ここで逃げおおせるもよし、自分の同調し、人間に反逆の刃を突き立てるもよし、どちらを選んでもカンナに止める権利は無い。でも、深層心理では、少しだけ、自分の同調いて欲しいとは思ってはいた。
自分たちも、理不尽に奪われてきたはずだ、ひたすらに尊厳を踏みにじられてきた筈だ、それなら自分と、と思う自分の感情に否定はできなかった。
そんなカンナに対し、1番に口を開いたのはスズメだった。
「わ、私は、カンナの一緒に行きたい!」
カンナは少し驚いた、彼女はこの中でも最年少、常にジズルドの影に怯え、部屋の隅で震えていた。カンナから責苦を受けた後からは、カンナからも距離をとり、世界を拒絶し一人泣いていた弱々しい少女だ、もしかしたら、カンナよりも。そんな彼女が1番にカンナの提案に手を挙げた。それがカンナは驚きを隠しきれない。
「…….どうして?」
「私の両親は私の目の前で殺されました。人間たちは私を捕まえたあと、私の目の前で嬉々として両親を殺したんです。その時、両親は人間たちに向かってなんて言ったと思います?『スズメの事も殺してくれ!』って言ったんです。両親は博識でした、きっと私はこのままだとどうなるかわかっていたんです、死ぬよりも辛いめにあって、尊厳を踏み躙られて。その後両親は殺されました、あの時の両親の返り血は今の私に残っています。だから、この身を清めるためには、両親の返り血を拭うには、人間を滅ぼすしかないんです! カンナさん、一つだけ約束してくれませんか、決して、復讐を止めないと」
「約束する」
「それなら、私はカンナさんに着いて行きます」
次に手を挙げたのはソラノ
「私も、カンナに着いて行くわ」
「どうして?」
「ミコトの無念を晴らすために、今後、私とミコトの様な鹿人を生み出さないために、天国のミコトが、笑顔でいられるように。」
「そう」
「ただ、私もカンナに一つだけお願いがあるの」
「なに?」
「もし、この場を生き残ることができたならな、貴女の血を私にください、私はあなたが羨ましい。ミコトと一つになったのは、私じゃなくて貴女なのが、だがら、無事生きることができたなら、貴女の、ミコトの一部を私にください」
「いいよ」
その後も、続々と手が上がる、カンナは全員に理由を尋ね、少女たちは思い思いの願いを聞き届ける。
ーー英雄譚が好きだった弟の為に、後世に御伽噺として語り継がれるであろう貴女と一緒に、自分の名前を残して欲しいと。
ーー人間に奪われた自分の故郷を取り戻して欲しいと
ーー家族の仇を必ず見つけ出して殺して欲しいと
ーーずっと憧れだった、“番”であるカンナ様に、使えさせて欲しいと
ーー自分と一緒に捕まった、故郷の恋人を助けて欲しいと
ーーカンナ様とシズク様の関係を元に、本を書かせて欲しいと
……..最後の一つには少しながら不満を覚え、カンナが全員と誓いを立てた。それはカンナと『ハク』との誓いにも勝るとも劣らない絶対のものとなった。
全員の賛同を得て、最後にスザクも思い腰を挙げた。
「わかったわ、私もカンナたちに着いていく、だって貴女たちだけ置いて行ったら心配だもの。…….私がどうしても殺したかった相手はカンナに殺されちゃったし」
そう言って、横に転がるジズルドの亡骸に目を向けたあと、カンナに向き直る
「それに、まだこの世界にはシュナがいる、シュウメが残した最後の宝物、私はあの子が害されないためだったらなんでもするわ、シュウメが私を命を賭けて守ったように、私もあの子のそのした子を命懸けで守る」
ついに全員の賛同を得て、カンナは街の方へ向き直る。
これまで自分たちが受けてきた恨みを、全て返すために。




