契りの物語 動
”動“、万物の力と速さを操作する神鹿『ハキ』の力を受け継いだカンナは、ただの棒切れ一つで神速の斬撃を放つ。
技も駆け引きの必要ない不可視の刃は、自分たちを害さんとする人間たちを物言わぬ骸に変える。
シズクはそんなカンナの力に瞠目し、現状を受け入れることしかできなかった。
先程までのカンナとはまるで違う、無感情のままに力を振るい、人を殺めるカンナの姿が、今までのカンナの姿の重なり合わない。
一瞬、わずかな恐怖すら感じた程。
そんなシズクの事はつゆ知らず、砂煙と火炎に視界を奪われたカンナは闇雲に“動”の力を振るう。
あたり一面の、人間の気配が消え、月光が地を捉える時、カンナは見た。
他の人間たちと同様に、物言わぬ骸になった“ジズルド”の姿を。
カンナはまるで死人の様にフラフラとした足取りでジズルドの屍を見下ろす。様々な感情が湧き出る。焦燥、激怒、歓喜、それでも、カンナの心を最もお大きく締めた感情は、激しい“悔やみ”
ーーなんで…..なんで……
「なんで、この程度で死んじゃうの!?ふざけないで!私の苦しみは全然返せてない!私の受けた苦しみはこんなもんじゃない!」
クソ!クソ!とジズルドの死体を蹴り潰すカンナ、自分の苦しみを返せる存在は既に存在せず、八つ当たりの様に、死体にあたる。
ジズルドが死んでも、カンナはちっとも解放などされなかった、残るのはジズルドから受けた責苦と少女たちの激しい悲鳴の記憶。カンナの魂深くまで刻まれた怨讐は、ジズルドを、自分たちから全てを奪った人間たちを許すなとひたすら語りかけてくる。
底なし沼に絡めとられる様な感覚から解放されないカンナは、まだ一つ残る気配を感じる。
気配のある方に向かうと、そこには、瓦礫に身を隠した妙齢の女性の姿があった。
たしか、ジズルドの妻だったか、顔を青くし、体を震わせる女性の姿がカンナにはジズルドに怯える自分の姿とそっくり重なった。
ーーちょうどいい
ジズルドから受けた思いは、彼の妻に返そう。カンナはそう思い、自分が受けた苦しみをこの女性に与えることにした。
嬉々とした表情でこちらを、見つめるカンナに思わず後ずさる女性、自分が何をされるのか理解し、必死に懇願する。
「やっ、やめてください、わ、私はあなたに何もしてないわ!」
確かにその通り、彼女はカンナに対しては何もしていない。
しかし、彼女はカンナからの制裁を嬉々として非難できるほど、優しい人生を送ってはいなかった。
ジズルドの標的が鹿人の少女に向くものであれば、彼女の標的は、年端も行かない少年たちに向かった。
彼女は、街中でも気に入った少年がいれば、秘密裏に誘拐し、それことジズルドが行ってきたような責苦を、誘拐した少年たちにしていたのだ。
つまり、これは因果応報といえよう。少年たちにした苦行の数々を神自身から自らに下される。
勿論世の中には因果応報などという言葉が通じないことが常だからこと、彼女は最後の最後でついてはいなかった。
必死助けを懇願する彼女に、カンナはゆっくり彼女の足に触れ、唱える"動''と。
その瞬間、彼女の足が潰れた。力を操る動の力は、触れるだけで人の足を押しつぶす威力を秘めていた。
声にならない悲鳴が女性の口から漏れる、力の入らない手足をバタつかせ、この場からの離脱を試みるが、カンナはそれを許さない。
次々に動の力をつかい、彼女の手足をトマトを潰すようにプチプチと潰していく。
すべての手足が潰れた事で、カンナが問う。
「ねえ、次はどこがいい?」
この場では、どこまでも神は女性の的だった。
「も゙う、やべで、ぐださい」
助けを乞う女性に、少し冷めるカンナ、これ以上問うても無駄だと判断し、女性の端から準にちょっとずつ潰していく。
ーーなにこれ、楽しい
この状況にカンナは確かな“楽しさ”を覚えていた、弱者を痛ぶる感覚、悲鳴、それが最高に楽しかった。今ならジズルドの気持ちも少しはわかるかもしれない。
嬉々とし女性を潰すカンナだが、突如後ろから抱きつかれる。
自分の大好きな体温を背中に感る、自分が全てを賭けて守った存在、神と契りを結んでまで助けた自分の宝物。その抱擁に、先程とは別の多幸感が身を支配する
「カンナ、彼女、もう死んでるよ」
自分に抱きつくシズクから発せられる言葉は、静止の言葉。
シズクの言葉に導かれしたを向くと、そこには原型を完全に失った肉塊があった。
また、カンナに苛つきの感情が積もる。どうせならもっと苦しんで欲しかった、苦しめたかった。あまりにも脆すぎる、自分たちにあれほどの苦痛を与えた人間という生物のなんと貧弱な事か。
こんな矮小な生物にああまで蹂躙されたとなると立つせがない。
怒りの後に来るのは確かな虚しさ。
ジズルドの妻を殺したが、ちっともスッキリしない、むしろさらに自分の中にある虚空が広がった様な気さえする。
この空白を埋める方法をしばらく試行して、未だ戦禍漂う街の方に目を向けると、次は、街とは逆の方向、屋敷の側から声がした。




