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二十五話 契りの物語 庇

屋敷中から火の手が上がり、瓦礫の山となって崩れ落ちる。夜中にあってその勢いは止まることを知らず、瞬く間に人を殺す炎の檻と化す。

 その檻の中にあって、シズクは何かに突き動かされる様に必死に火の道をかき分けながら進んでいく。所々に火傷を負い、崩れ落ちる瓦礫の山を交わして屋敷の大廊下を突き進む。

 この先に、シズクは自分の求める“何か”がある気がした。自分が忘れてしまった大切がこの廊下の先に。思い出さなければならない、そんな思いで死線を潜り抜ける。


 道中で、屋敷に火を放つ人間と遭遇した。

「おい!鹿人の奴隷がいるぞ!」

 その言葉で、あたりの人間もシズクに対して視線を向ける。鹿人の奴隷は高く売れる。そんな文言が帝国中に広まっていった、この内乱が終わっても、自身の生活は改善するわけではない、むしろ以前よりも困窮するかも知れない、そんな心配が頭を過ぎる人間達。かれらは突如、金を求める蛮族に成り果てる。

 一人がシズクを捕まえようと走り出すと、他の者も慌てて走り出す。十を超える人間達に欲望の籠った視線を向けられ、シズクは脱兎の如き勢いで駆け抜ける。彼らに捕まれば、自分に未来はない。

 既にシズクの頼れるものは、自分が忘れてしまった大切な何かだけだった。それに縋る様に、シズクは迫り来る追っ手から必死に逃げる。

 

 そして、巨大な鉄扉の前でとうとう人間達につかまってしまう。

数人の男達に押さえつけらえ身動きを取れなくなってしまったシズクの耳に突如轟音が鳴り響く。衝撃に耐え目を見開くシズクの目前に映ったのは、吹き飛ばされた鉄扉と、崩れ落ちる壁、そして、栗色の髪と翡翠の瞳をもつ一人の少女。

 ーー…….っあ

 その瞬間、シズクの中で全てが収束する感覚を覚える。散らばったものが一つになり、全てが目の前の少女に集まる。

 失った筈の記憶が思い起こされる、彼女と過ごした甘い日々も、ここまで二人で乗り越えてきた試練の数々も。

自分にとって何よりも大切な愛しき人、それが目の前にいるのに手が届かない、それが自分にとってはたまらなく悔しかった。

 それにむこうは自分のことに気づいていない、瓦礫の頂上で叫ぶ男の方に意識を向けている。

ーーそんな男じゃなくて、私をみてほしい

 シズクが男に対する執念を募らせていると、突然男が合図をし、カンナたちに向かって矢を放つ。


 考えている余裕はシズクにはなかった、押さえつける人間たちをおしのけ彼女のほうへかけ出す。

「カンナ!」







ーーーーーーーーーーーーーカンナ視点




自分の名前を叫びながらこちらに走って来る影が一つ、白銀の髪と琥珀の瞳を持つ少女の姿を見た途端、カンナも自身の事を全て思いだす。

 自分が求めてやまない存在、特別の中の特別。自分が身を汚してまで護った者の正体、カンナは歓喜に震える。

 この時をどれだけ待ち侘びたことか、彼女の無事を祈り、彼女との再会をどれだけ待ち望んだ事か、それが今やっとはたされた。これまでの苦労が全て報われた。

 こちらに全力で走ってくる少女は、自分を強い力で抱きしめ、地面に押し倒す。強烈な求愛行動に感極まったカンナはこの一ヶ月、何時ぞや開くことの無かったその口で愛しい人の名前を呼ぶ、何度も心の中で呼び続けたその愛しい名を。


「ちょっと、シズク、いきなりどうし…..た…」


 自分のことを強い力で抱きしめるシズクと再会を分かち合う為に顔を見上げるカンナ、そして、見上げた先で目にしたのは“全身を矢に射られた”シズクの姿だった。

全ての感覚が停止する、脳が理解を拒む。今のシズクとレレンの姿が重なって脳が悲鳴をあげる。

 この後に待つのは…..シズクの××

 ーーそれだけは駄目!それだけは嫌!私の宝物を奪わないで!

「カ..ンナ…..」

「なに?!」

「ごめんね…約束..守れなくて…ずっと一緒に居るって言ったのに…..」

「約束?!そんなのどうでもいいよ!シズクが生きていてくれるなら、私はもうシズクと別れていい…..だから、生きてよ….シズク」

「じゃあ…なおさら…無理だ..よ…..私は…カンナと別れてなん..て生きて…いけないもん…..だか..ら…..私が死んでも….私のこと….わすれないで…..ね……」

「ま、まってよシズク!お願い逝かないで、私、なんでもあげるから!なんでもするから!」

 シズクの体温が下がっていくにつれて、世界の温度も下がっていく、全身が震える、ヒア汗が止まらない、冷たくなりずぎた世界で、シズクを掴む手が凍傷し始める。

 もう何を言ってもシズクは目を開けてくれない、その美しい琥珀の宝石を拝むことは二度とできない。

 ーーお願い神様!私の命なら喜んで捧げます!なんでもします!だからシズクを………..

 そこでで彼の神鹿の言葉を思い出す“我の力が必要になったら我が名を呼ぶが良い、その時は契りを交わし其方の力になることを誓おう”

 ーー本物の神様なら

「お願い『ハク』!シズクを生き返らせて!私ならなんでもするから!あなたの“番”でも喜んでなるから!」


 唐突に世界が変わる。それは夢の中で見た神秘の泉、そして、そこに立つ神鹿『ハク』彼はまっすぐカンナを見つめる。

 『我の“番”になる気になったか、私の力を使い、其方は一体何を望む?』

「シズクを!シズクを生きかえらして、そのためなら私、なんでする!」

 『なるほど、其方の真意、しかと受け取った。この我『ハク』が其方の望みを叶えよう、その対価として我の“番”になれ』

「いいよ、あなたの“番”になる」

 『決まりだ、だがまず其方には我の”番“になるために幾つかの契約をしてもらわなければならん、一つ目、その寿命が尽きるまで、如何なる愛の営みも禁ずる、神の花嫁たるや、最後の時まで純潔でなければならない。二つ目、その力を鹿人と我らの繁栄に役立てる事、鹿人を守る為に人間と戦い、天寿尽きるまでその力を良きに使うこと。三つ目、その身が我が物となるその時、其方は拒まず身を捧げること、最後の時が訪れる時、其方の魂は我が物となる。この三つの条件が呑めるのなら、我が力を授け、同族たる鹿人は其方の為に全てを尽くすだろう。もう一度聞く、其方は我の”番“になる気はあるか』

「なる、勿論その条件の全部呑むよ」

 『その言葉、しかと聞き届けた!これよりカンナを、我が『ハク』の番として認めよう!』

 次の瞬間、体が暖かい何かに包まれる不思議な感覚をカンナは覚える。不思議な力に包まれて、凄まじい開放感と全能感に震える。

 ーーこれが、”番“になるということ

 不思議な力に包まれると同時にカンナの姿が透け始める。

 『そろそろ時間だな、最後に力の事を教えておこう、其方の願いとは別に、我の”番“になる事で我の力を行使できるようになる。その力は”動“、万物の速さと力の大きさを操る力だ、念じればその力が使える様になる』

「わかった」

『それでは、我は其方の人生に光があらん事を願っている』



 眩い光が視界を大きつくし、現実の世界に戻る。

目を覚まし、抱きしめるシズクに目を向けると、青白かった顔がほのかに赤みがかり、カンナの腕に伝わる体温がみるみる上がって行くのを感じる。脈がトゥクントゥクンと波打ち、体中に血液を送り始め、指先がピックと動く。

 ーーやった……

「ん……っん……」

「シ、シズク!」

「..ん……カ..ンナ…」

 シズクの瞼がぴくりと動き、世界を捉える。

「そうだよ!私だよ!」

「カ..カンナ」

 輝きを取り戻した瞳がカンナと交差する。まさかカンナまで自分の後を追っ手きてしまったんだろうか?そんな考えが頭を過り、視界の戻った瞳でカンナの姿を捉えるが

「え?ほんとにカンナなの?」

 纏う雰囲気があまりにも自分の知っているカンナと違いすぎた。その栗色の髪も、綺麗な翡翠の瞳も、よく見知ったカンナの者の筈なのに、どうしても目前の人物が、先ほどまでのカンナと違いすぎる。

「あ、あぁ、その事なら後で説明するね、今はちょっと、私たちの再会の鐘を鳴らすには雑音が多すぎから」

 あたりは燃え広がる業火と、あちこちから広がる悲鳴でまさに地獄絵だった。兵士たちは次々に倒れ、その都度ジズルドが叱責を漏らし、憎悪に埋もれる民衆は、ジズルドに対し憤怒の言葉を挙げ、爆発音が街のあちこちで響き渡る。

 ーーうるさい

 単純のそう思った、せっかくの再会の時を邪魔され、このままではシズクの愛しい声も雑音に掻き消されてしまう。

 カンナが心象に耽る間にも、カンナたちの姿を目撃した人間がもう一度私たちの事を別とうと、剣を振り上げこちらに向かって来る。

 憎らしいかった、煩わしかった。

 シズクとの再会の時を邪魔された事でカンナはいたく不機嫌である。


 だから、カンナは煩わしい障害を廃除するために、近くに落ちていた棒を一直線に横に振り、念じる。


 ”動”と


 

 

 

  


 

 

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