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二十四 契りの物語 崩

脳が揺れる感覚を味わいながら、カンナが目を覚ますと、そこには綺麗な月明かりの景色が広がっていた。

 吹き抜けになった壁からは夜風が吹き込み、風に紛れて血と焦げたような匂いがカンナの鼻をつつく。

 ーーなにが……

 あまりの出来事に起きたことを飲み込めずにいるカンナだが、最後にジズルドから放たれた「じっとしていろ」と言う言葉に従い、その場で立ち尽くす。

 難しい考え事ができなくなったカンナの脳は、現状に置いて最も楽な選択肢をとる。


吹き抜けから見える外の景色は、真っ赤な炎に覆われ、夜だと言うのに、暗さを全く感じさせなかった。街中から火の手が上がり、多数の悲鳴がこちらまで聞こえてくる。その様子はまるで灼熱の地獄を思わせるタルタロスのよう。

ただ、カンナには悲鳴よりも、怒声のほうがよく耳に響いた。炎は街の端から、この屋敷を囲む様に迫ってきており、それに比例して、こちらに轟く怒声も大きくなる。

 この上階から見える城門にも松明をもった人たちが押し寄せ、「領主を許すな!」「家族を返せ!」「俺たちの街を取り戻すんだ!」と声を張り上げている。

 標的は領主のジズルド、彼の悪政に耐えかねた街の住民たちが内乱を起こしたのだ。

 すでに屋敷を守る兵士たちは民衆によってあらかた狩られ、残る標的はこの屋敷に住むジズルドだけとなっていた。

ジズルドは決して有能な為政者などではなく、領地のことは官僚たちに丸投げし、自身は放蕩の日々に耽っていたのだ。ジズルドから領地の運営を任された官僚たちは腐敗、税の徴収を引き上げ、領地の運営に使う金銭を横領し、悪徳の限りを尽くしていた。

 今回の内乱は、とうとう我慢の限界を迎えた民衆たちの奮起、その怒りの刃は既にカンナのすぐ側まで迫っていた。



すると突然、後ろから扉をものすごい勢いで蹴破る音が聞こえる。カンナが後ろを振り向くと顔色を悪くしたジズルドが、複数人の兵士と、妻らしき女性、あとは牢の中でも特に綺麗な鹿人の少女たちを侍らせ、立っていた。

「おい奴隷、貴様のこちらにくるんだ」

 急かすようにカンナにそう伝えるジズルド、カンナはその意思に従いジズルドに付き従う様に広い廊下を進み続ける。

 廊下を進み、階段を降りたところで、一段頑丈そうな金属でできた扉を目にする

「ここは、念の為に作らせた避難所だ。内乱が治るまではここでじっとしている」

 そう言って、重そうな扉を数人がかりで開けさせ、避難所の中に入る。


 避難所の中は、シンプルながらも贅を尽くした様な作り。部屋の大きさは、カンナが先ほどまで居たジズルドの私室の数倍は大きく、調理器具や豪華な寝具、貴族が不満なく過ごせる物は全て揃っていた。

 この部屋に入った途端、緊張の糸が途切れたかの様にジズルドは悪態をつき始める。

「くっそ!あの塵どもが!誰のおかげでこの街に住んでいられたと思っているのだ!」

 クッソ!クッソ!と地団駄を踏み、民衆への怒りをぶつける様に側に居たカンナを殴りつける。


ゴンッ!と近くの壁に思いっきり叩きつけられるカンナ、勢い良く頭を壁に強打したので、その衝撃で意識が少し混濁してしまう。

 鈍くなった意識の中で少し考える、これから自分はどうなるのだろう。このまま籠城し、ジズルドの欲望の吐口になるのか、それとのジズルドたちと一緒に民衆に殺されてしまうのだろうか、やっと死ねることに希望を持ちながら、ジズルドとの心中は少し嫌なきがした。

 

 そして、意識を失ったカンナは不思議な夢を見る。


 視界を覆い尽くすのは、月明かりに照らされた夜の大地。七色に輝く星空は、月の光と一緒に空を飾り立てる。

 チャッポンと音がしたので、視線をしたに向けると黄金に光る睡蓮が咲き誇る浅瀬の水面、カンナの足ぐらいしか無い水面は、夜空を反射し7色にの光を纏う。

 地平線に先まで続く幻想的な光景に、カンナは思わず目を奪われる。その光景は、まるで御伽噺に出てくる神鹿の住む神聖な泉の様。水都の最奥に位置するその場所は、鹿人の中でも巫女と番しか訪れる事のできないとても神聖な場所。

 神鹿の住む聖泉には、決して日が登らず常に月明かりに照らされ、輝きを失う事のない場所だと、御伽噺の絵本で読んだことがある。

 今カンナが立つこの場所は、間違いなくそれに類似する。少なくともカンナが今まで生きてきて二番目に綺麗な景色はそう錯覚させるには十分だった。

『運命に翻弄されし少女よ、名を聞こう』

 声のした方向に振り向くと先程は何もなかった空間に一匹の鹿が姿を表す。

しかし、その鹿はただの鹿ではなかった、雄々しく生える二本の角は光を反射し、体毛は虹色の輝きを放っている。カンナにはそれが一目で“神鹿”とわかった。それ程までにこの鹿は神聖な雰囲気を纏い、充分な覇気を放っていた。

鹿人が崇める神にして、絶対の存在。そんな神鹿に名前を問われれば答えないなどできる筈もなかった。

「カンナと申します”神鹿“様」

『カンナか、良い名だ、我らが都と同じ名の少女よ、我は『ハク』”動“の力を司る神獣よ、カンナよ、お前はこの現状に憂いておるか?』

「…..わかりません」

『わからないとは?』

「『ハク』さま、私にはもう、何が良くて何が悪いのか、わからないのです」

『そうか….数多の苦行を背負いし少女よ、やまり其方に決めた。カンナよ我が”番“になれ」

「え?」

 カナンにはその言葉が理解できなかった、神鹿の”番“、それは鹿人の中で最も尊き存在。この世界で代々、神王の番である巫女を除けば七人しかなる事を許されない神聖な存在、神鹿の”番“となり、神の花嫁として生涯を添い遂げる事を約束された乙女たち、その生涯を終えた後も御伽噺として後世に語り継がれる、鹿人全ての憧れ。だからこそカンナには自分が”番“に選ばれたのか理解できなかった、すくなくとも自分は、出自も特別ではなく、のどかな村でただ生きてきた村娘、ここに来てからはジズルドの手で思いつく限りの悪徳に手を染めてきた。そんあ自分は鹿人全ての運命を背負い、御伽噺に語り継がれるほどの神聖な存在とはかけ離れた存在だ。

「…どうして、私なんですか?」

『現状、人間の勢力が大きくなり、鹿人は存続の危機に立たされている。六人の”番“の乙女たちがいてギリギリ食い止められているのが現状だ、よって我にも神王から早く”番“を見付けるようによ急かされてしまった』

「理由になってないです」

『“番”に選ばれる条件は簡単だ、”処女“であること、“心”が強くあること、そして最後に、“神鹿”自身に気に入られること。我はお其方が気に入った、それだけだ』

「…………」

『今ここで“番”の契りを結ぶなら、すぐにでも現状を打開する力を授けよう』














意識が覚醒する、幻想的な風景から現実の白い部屋へと戻される。

 ーーどうして、断ちゃったんだろう…..

『できないとな、どうしてだ?』

「だって、ジズルド様に逆らっちゃいけないから」

『ますます理解ができん、たかだか人間如きになぜ付き従う?』

「だって、従わないと….あれ?なんで私従ってるんだっけ…..」

『それは我が聞きたいのだがな』

「とにかく、あなたの“番”になることは私にはできません、それに私は汚れています、神聖な神花嫁なんてとてもなれない」

『そうか、だが我は其方が気に入ったのだ、番にするなら間違いなく其方がいい』

「……..」

『まぁ、焦らずとっも良い、我の力が必要になったら我が名を呼ぶが良い、その時は契りを交わし其方の力になることを誓おう』

あれでよかったと思う、だってジズルドには逆らっちゃいけないから、自分が耐えればいいんだ、自分だけが我慢すればきっと……彼女は……

 ーー彼女って、だれだっけ?

 また頭に霧がかかったかのように正常な動作ができなくなる、彼女のことを考えようとすると思考が止まってしまう。

 自分の頭がそれ以上考えるなと言っている、それ以上は壊れてしまうぞと。


静かになっていくカンナの思考とは相反する様に、外から響く音は激しさをまし、あちこちで爆発音が轟く。

 そしてついに、カンナたちが籠る部屋の壁が、木端微塵に砕け散った。

 決して壊れない様に作らせた避難所が破壊されてしまい、大焦りするジズルド。崩れた瓦礫の中から見知った顔があることに気づくとはち切れんばかりの怒声をあげる。

「ストーク!これを仕組んだのは貴様か!こんな欠陥品なつくりおって、私に対する恩をわすれたか!」

「恩?あんたに恨みは覚えたことはあれど恩なんか感じたことなんて一度もないよ」

「な!?行き倒れの貴様を拾ってここまで育ててやったのは誰だよおもっておるのだ!」

「そもそもあんなことになったのはお前のせいだ、俺はこの時をずっと待ってたんだ。あんたに復讐するこの機会を、ここにはもうあんたと奴隷の獣しかいない、まとめて殺してやる!」

 ストークと言う男の命令によって火矢がカンナの目前へ放たれる。今度こそ、カンナな死期を悟った。

 ーー最後は矢で殺されるのか

 自分が今まで狩で野獣にしてきたように体を貫かれ、最後には息たえる。

 この場でカンナには避けるすべも力もない、とうとう覚悟を決め目を閉じた時


    「カンナ!」


 大きな声がカンナの耳に響いた。

 

 

 

 

 

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