二十三話 無色の物語 神無
シズクと最幸の夜を過ごした次の日、シズクは押し寄せる兵士たちのよってどこかへ連れて行かれてしまった。
シズクを連れて行かせまいと必死の抵抗するカンナだったが、抵抗虚しくシズクを連れ去られてしまう。
自分のせいでシズクが酷い目に遭うのではと、カンナは心配し、最後まで叫び続ける。声も枯れ果て体力も尽きてへたり込んだところに、オオウメたちが心配そうに駆け寄ってくる。
「シズク、大丈夫かね」
「わからないわ、もしかしたら昨日みたいにシズクも….」
「やめて!」
スザクの声を遮るようにカンナが大声で叫ぶ。続きは聞きたくないとばかりにしかし聞いてしまったものは止められない。
カンナは心の中で昨日のミコトと同じ姿になるシズクの姿を想像する。香ばしい匂いのするシズクを、ひたすらに咀嚼する自分の姿を。愛する人と一つになりたいと願うものいるようだが、カンナはそんなことはない。シズクはシズクだ、一つになどなってしまえばシズクの体温も料理も味わえなくなってしまう。シズクはシズクがだからこそいいのだ、一つになってしまうなどごめんである。
最悪な想像をし、体を震わせるカンナだが、その心配は杞憂に終わる。昼間、ジズルドに呼び出され告げられたことはただ一つだけ。
「貴様が大人しくしていれあば、あの娘にはてだしはせん、だがもし貴様が反抗的な態度を取るのなら、あの娘の首を即座に刎ねる。あの娘には常時監視の目がついておる。私が一つ命令を下せばいい、それがわかったら貴様の取るべき態度も、わかるな?」
今日はそう言われ部屋を退場させられた。
自分が従順にしていればひとまずシズクの無事は保証される、ならばカンナのとる行動は一つだけしかない。
今はシズクが無事なことの余韻に浸かる。シズクさえ無事ならば、あとの悩みは、ジズルドの命令に従い、自分がなんでも耐えること。
シズクの命一つに比べたらえらく小さい物の様に感じられた。
次の日から、ジズルドの責苦は激化した、一昨日のような精神的な苦痛は少ないものの、身体への苦痛はさらに増た。
カンナが従順なのをいいことに、ジズルドはカンナ自ら責苦の渦中に入ることをよく望む。
自らの意思で、熱湯の中に入らせたり、カンナ自身の手を使い体中に消えない傷を残すなどやり方は様々だが、その行は確実にカンナの精神をすり減らす。
特に、針虫の籠の中に放り込まれた時などは、全身が焼ける様に痛み、三日三晩は眠る事ができなくなった。その後も身体中を這い回る針虫の悪夢に日夜うなされることになる。カンナがジズルドの玩具にされている間は、他の娘たちは責苦を逃れ、くっきりと隈を作るカンナのことを心配する余裕ができていた。
毎日カンナが牢に戻ると、よってたかってこの可哀想な少女を介護する。自分が受ける筈だった責苦を受ける、哀れな少女に対する罪悪感と感謝の意を込めて。
が、実際に責苦を受けるカンナは確実に精神をすり減らしていく。いくら看病されようとも、実際に受けた傷は消えない。既にカンナの体にはあちこちに一生消えない傷が刻まれていた。だからカンナは自分の顔をできるだけ上にあげ自分の体の惨状をできるだけ見ない様に努めた。特に腹の傷は絶対に見たくなかった、そのにはジズルドの命令でカンナ自身に彫らせた『隷獣』という文字がデカデカと飾られているのだ、その傷を見ただけで、カンナは発狂しそうな程精神が限界を迎え意識を失うのだ。
そんな毎日が続けばいくらカンナでも正気を保っているのは困難を極める。どれだけ必死に牢の仲間たちがカンナを正気に連れ戻そうとするも、カンナの精神は容体をどんどん悪化させていった。今のカンナには周りのみんなから何を言われた所で響かない。むしろ正気な状態でこの責苦に耐える方がきついのだ、カンナからすれば早く狂わせてほしいのだ、それを中途半端に繋ぎ止めようとする少女たち催促苛立ちすら覚えていた。
ーーそれに、この人たちも村のみんなと一緒
カンナの献身に対して、表面だけの感謝の言葉。その内面は自分がこうならなくてよかったと思っているに違いない。表面だけ取り繕った言葉はカンナの心には決して届きはしない。既にカンナの心情は現状に対する諦めだった。ジズルドの責苦は止まる事を知らず、少女たちから投げ掛けられるのは表面上の言葉だげ、そして何よりこの場所にはシズクが居ない。自身の献身に対し言葉ではなく行動で返してくれるただ一人の少女の存在が、彼女が居ないだけで心に空白が生まれる。シズクが居れば、シズクさえ居れば、自分は正気を保っていられただろう。
自分がどれだけ苦痛の中に身を浸そうとも牢に戻れば自分の守るべきものを認識できた、彼女だけは少女たちの様にカンナだけ呼び出された途端、ほっとした表情を浮かべることもなければ、帰ってきたカンナに言葉だけをかけることもしない。彼女は自分が連れて行かれれば最後まで抵抗し、牢の中ではカンナの返りを必死に祈りながら待つのだ、そしてカンナが傷だらけになりながら帰ってこれば、それに見合った奉仕を返してくれる。実際、この前心に大きな傷を負った時なんかは甘い甘い接吻をカンナにくれた、彼女にとっては初めての少女の秘扉の一つをカンナのために使ってくれた。
彼女がくれるのは“愛”、少女たちがくれる“哀”では無い、その愛はひたすらにカンナのことを幸せにしてくれる。
そしてその愛はカンナが身を挺する程大きくなる。カンナは愛に飢えていた、だから今まで頑張ってこれたのに、少女たちは“哀”しかくれない。
そんなものはいらない、カンナはあの甘い夜を過ごしたシズクの柔らかい唇がとても恋しくなった、彼女の唇で血色の悪くなった自分の唇に触れてほしい、そうすればまた自分は頑張れる気がする。
ーーシズク、シズク
カンナはひたすらに心のなかで彼女の名前を呼び続ける、カンナが縋れるものは、シズクが生きているという一点のみだった。
カンナの反応が日を跨ぐにつれて鈍ってきていることに憂いを覚えたジズルドは、あらたな試みに出る。
カンナの目の前には貼り付けにされた少女の姿が写っていた。猿轡を噛まされ、身動きできない彼女を前にしたカンナはジズルドからナイフを渡され告げられる。
「この娘か、シズクという娘か選ぶといい。もしこの娘を殺したら、シズクという娘はたすけてやる、だがもしこの娘を殺せない様なら、監視の兵に命令を出してシズクという娘を殺させる。好きな方を選ぶといい、どのみちお前の無事は保証されているのだから」
究極の選択を迫られるカンナ、いや重要の点で言えばこの少女よりも明らかにシズクの方が上、この少女とはまだ数回した話したことがなく、いつも部屋の隅で縮こまっている印象しかない、どちらかしか助けられないと言われたかカンナは間違いなくシズクを選ぶ、だか今回はそんな単純な話じゃない、シズクを助ける為には、目前の少女を“自分”の手で殺さなければならない。
それは最大にして最悪の“業”同族殺しをしなければならない、そんな事実に、ナイフを持つ手は自然と震え呼吸は荒くなる。
しかしジズルドはカンナに考える時間を与えてはくれない、私の興味がなくなる前にこの娘を殺さないなら、すぐでもシズクを殺すと。
被害者の少女は涙と鼻水で顔を濡らし、カンナに対して必死に慈悲を乞う。
カンナは、泣きながら慈悲を乞うこの少女と、自分が彼女を選んだ先でまつ、この少女と同じ表情をするシズクの表情が重なる。
カンナは息を乱れさせながらも覚悟を決める。
「わあぁぁぁぁ!」
そうして叫びながら必死に懇願する少女の喉元にナイフを突き刺す。目前の少女は数秒程ビクビクを動いた後、静かになる。少女の返り血がカンナを真っ赤に染め、心に深い傷を残す。
ーー私が、殺しちゃった
少女とシズクを天秤に乗せ、少女を切り捨てた。今になって後悔と懺悔の念が体中に押し寄せ、あまりのショックにカンナは気を失ってしまった。
既にこの時には、カンナの心は色を失いかけていた。
それからもジズルドはカンナとの仲が浅い準に、カンナに殺させた。
牢の人数が半分程になる頃には、カンナは言葉も発しなくなっていた。心は完全にすり潰され、催促、命令だけに従う人形となっていた。後半になれば少女を殺すことに抵抗はなくなり、ジズルドからの殺せという命令を忠実に実行するだけの傀儡と化していた。もうカンナに自分がなんの為に耐えるのか理由もわからなくなり、自分が何を求めていたのかも思い出せなくなっていた。
一月程経てば、牢の中でカンナに近づいてくるのは誰もいなくなっていた、ひたすらに距離をとり少しでも視界に入らない様に努めた。
それでも、少女たちの人数は日を追うごとに減っていき、それと比例するようにカンナ自身の衰弱していった。
「や、やめてください、カンナさん!」
目前で体を震わせる少女は、ここにきた最初の頃、妹の様に接していたスズメだ。年も今年で11と少女たちの中では一番幼く、彼女はカンナたちと一日違いでここにきており、ジズルドのヘイトがカンナに向かった事で今まで責苦を免れていた。
それが今日、初めてジズルドの毒牙にかかる。
カンナにたいして必死に静止の声を呼びかけるも、すでにその声はカンナには届かない。ジズルドの「やれ」と言う命令一つでスズメに対し鞭を振り上げる。鞭がその清らかな裸体に容赦なく振り下ろされ、パッシンと音をたてる、それと同時に部屋中に甲高い悲鳴が響き渡る。
何度も「やめて、やめて」とカンナに乞うスズメに対し、カンナはただ無心で鞭を振り続ける。
数刻後、とうとうスズメからは助けを乞う悲鳴が枯れ、部屋の中には鞭のたてる音だけが響く。
すっかり悲鳴が薄くなったスズメにジズルドの興味は消え失せ、カンナに「殺せ」と命令を出す。
命令に従い、カンナはナイフを右手に持ち、スズメに刃を突き立てようと迫る。
「おねがいします….なんでもしますから….命だけは」
無論そんな命令はカンナに受け入れられる筈もなく、ジズルドの命令を忠実に実行する。
ーーだって、命令に従わなきゃ……..あれ?なんで命令に従うんだっけ?
そして、カンナはスズメの喉笛に、刃を突き立てようと腕を伸ばす。
寸前、部屋中に轟ような爆音が響き渡り、カンナたちは大勢を崩し床に倒れる。
カンナには何が起こったか理解できずにいたが、ジズルドの焦った顔をみて、何かとんでも無いことが起こっているのでは?と察した。
ジズルドはカンナに「そこでじっとしていろ!」と言い残すと大慌てで部屋から出て行き、その直後、眩い閃光がカンナの視界を覆う。




