二十二話 無色の物語 雫
次に日から、シズクは一人だけ別室に移された。
上質なベットに、暖かいご飯、無駄に広い客室、二十四時間監視件兼護衛付きの高待遇。なのに、心の内は冷え切るばかり。
扉が開かれるのは一日三度、食事の時だけ。部屋も日の光が与えられぬ用に改造され、時間の感覚を奪う。
その内シズクは時間の感覚を忘れ、何日、何週間、何ヶ月経ったのかも忘れていた。
この頃にはシズクは何も感じなくなっていた。
寝ても食べても同じ事の繰り返し、シズクの心は静かに狂い始めていた。
今日も日の上らない薄暗い部屋で目を開ける。
ーー暗い
一日中部屋には灯りが灯って居るはずなのに、シズクはどこまでも暗く感じた。
心と体は一心同体、心が暗くなれば、視界から映る外世界の暗く感じるのは必定、無色透明な生活を送るシズクには毎日が苦痛で仕方がない。
目覚めた時には世界が終わって欲しいと節に願っていた。カンナと別室になった時は、別れの言葉すら言わせてもらえなかった。突如押しかける衛兵たちに無理やりこの部屋へ幽閉され、それからは一度も外に出してもらえなかった。
カンナは無事だろうか?毎日それだけを考えてきた。未来も過去も存在しない部屋では、カンナへの心配と、過去への劣情を向けることぐらいしかやることがなかったからだ。
目覚めてから寝入るまで、全ての時間を過去の素敵な思い出とカンナへの心配に充てるシズクの心は荒みきり、それ以外のことは何も思い出せずにいた。
最初この部屋に連れてこられた時は、日夜問わず泣き続けた。それも日が立つれにつれ薄れていき今はこの状態。
カンナへの心配の、過去への情景も、すでに薄れかかっていた。
時々、自分が生きているのかすら曖昧になる。
むくりと起き上がり、微かに香る料理に匂いに釣られて、足を動かす。
ジャラリと鎖を引く音が部屋に響く。この鎖は、一度シズクが自殺仕掛けて時につけられた物、首を吊り自身の生命を止めようとしたシズクを監視がたまたま発見し事無きを得たが、シズクが目覚めた時には、再発防止のため手足に鎖がつけられていた。何も感じない部屋で手足の自由すら奪われたことでシズクの状態はさらに悪化の一途を辿る。
重い鎖を引っ張り料理を口に運ぶ、なんの味もしない料理を摂取するのは体に染みついた習慣であり、潜在意識下の生存本能である。
足りない栄養を摂取し、眠くなったら寝る生活にすっかりシズクは慣らされてしまったが、慣らされるのと慣れるは大きく違う、慣れるというのは自身の行動を習慣化し、意識しなくても行える用にする行為だが、慣らされるとは自身が望まない状態を無理やり習慣かさせられるもの、その行為は明確にシズクの心をすり減らす。
それでもシズクは薄くなった思い出に必死にしがみ付く。この思い出だけは決して失ってはならない、もしこの思い出を失ってしまったら最後、自分は元には戻れないところまで堕ちてしまう。だから毎日、思い出を思い出しながら自分がなくならないようにする。
しかし日が経つにつれ、幼い記憶から準に思い出せなくなっていく、最近思い出せる一番昔の記憶は、村が襲われてカンナの一緒に檻に入れられた時のものだ。カンナと何か大事な近いをした気がするが、それも今では思い出せない。本当は忘れてはいけない大事は誓いのはず。
自分の不甲斐なさに少し情けなくなる。未来永劫忘れまいとしたカンナとの約束まで忘れてしまったのではカンナに合わせる顔がない。
そして、そのことに涙すら流せない薄情な自分が許せなくなる。もう涙の流し方すら忘れてしまった、最後に涙を流したのはいつだったが、自分が最後に言葉を発したのはいつだったか、もし今戻っても自分は言葉を発することができるのだろうか。思考が堂々巡りを続け纏まらなくなったのでカンナは一度寝入る。
眠るという行為には記憶の整理をする機能があるという、重要な記憶は保存され、不要な記憶は消去される。そして今のシズクの脳は、過去の記憶を全て不要と判断し、少しずつシズクの脳内から、思い出を消し去っていく。シズクが起きる時、また大事な記憶の一つが消えていく。
ーー私、どうなっちゃうんだろう……
涙の出なくなった目の代わりに、心が静かに涙する。そうしてシズクの視界は暗闇に満たされる。
数日がたったある日、シズクはとうとう発狂した、甲高い叫び声をあげ、頭を掻きむしり、無我夢中で壁に頭を打つけるのを、監視が発見する。
数人がかりで必死に押さえつける、それでも暴れようとするシズクを鎖で繋ぎ身動きが取れない状態にしてやっと事無きを得る。
この日シズクは最初で最後の思い出であるカンナと接吻した記憶を忘れてしまった、いやだいやだと抵抗するシズクは狂ってしまった、最後の思い出に必死にしがみつつき、寝てはいけないと最後の抵抗として壁に頭を打つつけながら眠気を覚ましてしたのだ。
そこを監視に見つかり鎮痛剤を打たれたことで眠気が再発し、シズクの意識を暗闇まで突き落としてしまった。
目覚めるとシズクは何も感じない人形へと変わっていた、全ての思い出をうしなったシズクがすることは、1日中ベットの上で過ごし、食事が運ばれて来た時だけ立ち上がり、黙々と食事を食べる。そこには意識も存在ぜず、起きているのか、寝ているのかもわからない状態。
そんな日々を過ごしたある日、シズクは轟音と共に目を覚ます、目を開けると、壁が崩れ、月の光がシズクの世界を照らしていた。
部屋中がひっくり返り、シズクの手足も自由となる、そして自由となった手足を使い先程の衝撃で開いた扉から、外にでる。
まるで、なにかの使命に突き動かされるように。




