十六話 暗世の物語
「私わ!私が死ねばよかったのよ!」
スザクの後悔はこれからシズクが体験するかもしれない未来の出来事、自分の手の届かないところで友の命が失われる喪失感と、自分が変わりになってあげられたらという焦燥感で焼き粉がれなが、一生の業をその身に刻むことになる可能性の話。
シズクの瞳はスザクを通して未来の鏡を見る。それでもシズクには少しだけ、自分の未来と重ならないところがあった。
「じゃあ、なんでスザクは生きてるの?」
単純な疑問だった。カンナを失った自分は生きてはいられない、それだけが自分の全てだから。カンナの亡骸がここに運ばれてきた時点で、シズクま迷わず自死を選ぶ。そこには絶対的な確信があった。スザクを通して見る鏡に映る自分は、一瞬だけ後悔をし、次の瞬間にはカンナにと同じ場所で死体になっている。
シズクの物語はカンナの終わりと共にそこで終了する。だからこそ、自分の命に変えても守りたかった宝物を失った先の物語を持つズザクのことが気になった。
「まだ死ねない理由があるのよ、シュウメの娘の話はしたわよね、シュナって言ってシュウメの子供の頃にそっくりなとても可愛い子よ。あの子はまだどこかで生きてるの。でもこんな時代だもの、どこにいても安全とは限らないわ、だから私はなんとしてもここを抜け出して、シュナを見つける、そして絶対に安全な場所で暮らせる様に世界を変えるの。それがシュウメに対して私ができる唯一の償い、あの娘を守れなかった分、あの娘の娘は絶対の守って見せる」
それを聞いてシズクは納得した、この少女には、大切なものが2つあって、自分には1つしか無かった。ただそれだけの理由、人は生きる意味がないと生きていけない、だから人は自分の生きる意味を沢山持ちたがる。自分を消してしまわない為に、自分の存在理由を世界に示すために、しかし生きる意味を沢山持つ人ほど、総じてその人生は薄いものになっていく。沢山生きる意味を持てば持つほど、一つに集中することができなくなり自分の生きる為だったものは、無意識の領域に収容される。そうなると生きる意味を忘れ、ただ茫然と“生きる“ことしかできない能無に成り下がる。逆に生きる理由が明白はものは、その一点に自身の存在証明の全てを賭けることができ、己の存在を満たすために、獅子奮闘する人生が待っているだろう、だからこそ、ただ生きる事しかできない人々にとってその人生が輝いて見えるのだ。それを失ってしまったら、己の命すら危うという代償から目を逸らしな、そんな人々に憧れる。
その点に関して言えばシズクにはなんの問題も無かった。シズクにとって自分の存在理由とはカンナただ一人、その両手で抱えれば包めてしまいそうなその思いに、シズクは全てを賭けていた。
それがこの瞬間、失われようとしている。この感情はあの時、カンナに対して縁談の話が来た時に似ている。あの時は自分の全てが知らない男のものになって、自分からは遠ざかって行くという想像にしばらく部屋から出られなかった。
だかたシズクはここに来るまでの間、確かに苦しかったが嬉かったのだ。自分たちの住む場所が失われ、遠い人間の都市まで連れ去られた時まで、全てカンナと一緒だったのだ、自分とカンナしか居ない世界では、カンナは自分だけを見ていてくれる。
前は沢山のものがカンナにはあった、レレンに家族、村の友達に趣味の工芸。それが今は自分だけ、沢山奪われて残ったにはシズクだけ。
カンナは常に自分を見ていてくれた、自分と一緒で、存在理由がシズク一人だけになったカンナを見て最高に嬉しかった、カンナから全てを奪ってくれた人間に感謝さえした、そして最後には自分と一緒に死んでくれると思っていたのに。
自分は置いて行かれてしまった。
カンナは自身の存在理由を守る為に死ねて、自分は存在理由を失ったことで死ぬ。結果は同じでも過程は全然違う。だからシズクはカンナが生きることを 切に願う。
ーー死ぬ時は、私と一緒じゃなきゃ絶対にだめだからね
シズクはそれから、オオウメを含む数人の少女たちにこの場所について質問した、領主のこと、生活環境、自分たちがされてきた拷問の数々、ここから一番近い都市の事。特に都市のことはわからないあやふやなことが多かった、今もまさに帝国が戦線を広げている最中で、それだげの都市が残っているかわからなかったのだ、一番最近だと思う情報は、最近ここに来た少女、スズメが教えてくれた。鹿人側は、侵攻してくる帝国に対し、『花都フウラン』に水都軍4番隊隊長であり神鹿『ハリ』の番である“モモ“を派遣し、最終防衛地点を設置しているとのこと。
スズメによれば、そこまで逃げ切ることができればひとまず安全らしい。
「そのモモって人はどんな人なの?」
「モモ様は神鹿の一匹である『ハリ』様から“林“の力を授かったお方だよ、“林“のお力は、植物を活性化させる力で一瞬で森を形成することができるんだって」
それが本当ならとてもすごい力だ、何もない平原に突如樹海など出現したならば帝国側からしたらたまったものではない。村は愚かカララギでもお目にかかったことのない神鹿の番、伝え聞く伝承は数多あるが実際には見たことの無い力、しかし帝国の軍をたった一人で足止めするのならその力に嘘偽りはないのだろう。ここにいる人たちの中でも実際に神鹿の番を見たことがあるのはオオウメだけだった。そのオオウメも番の鹿人たちについて頑なに話そうとはしない。
そうしてみんなから話を聞き、数刻経った頃。
トントントンと、地下の階段を下る足音が聞こえてくる。
ーー来た!
足音はまっすぐこちらに向かって歩いてくる、この瞬間時の流れがとてもゆっくり進むような錯覚をシズクは覚えた。
その感覚は、まるで刻々と死刑の瞬間を待つ罪人の様。大鎌を持つ死神がすぐ側まで迫ってくる、この一瞬に、シズクはありったけの願いを込める。
先程シズクとスザクの件で一悶着あったせいか、地下室に響くのはこちらに向かってくる足跡だけで、異様な程静まり返っていた。
ガチャリと、牢の扉が開かれる。
そして召使から牢の中に投げ込まれるのは、蚕の様に布に包まれたそれは強烈な薬品臭と、アンモニア臭、それと少しの血臭を放ち、今この部屋で最も存在間のある存在になる。
“ドッス“と乱雑に投げ込まれたそれに、シズクはゆっくりと近寄る。乱雑に投げ込まれたせいか、身を包む布が少しだけはだける。はだけた布の隙間から、樹木を思わせる栗色が透けて見える。
強烈な恐怖と嫌な予感に導かれ、決起迫る思いでシズクは身を包む布を捲り、中身を確認する。その表情は、宝箱を開けようとする冒険家のよう。
しかし、そこにあるのは困難と苦労の末に、嬉々として宝箱を開ける冒険家とは違い、自身が見る中身によっては、自分の死が確定してしまう、そんな極限の挑戦への集中。
その布を捲る手に全ての神経を集中させ、永遠にも感じられる一瞬に全てをかけ、とうとう布に包まれた中身を確認する。
布の中に居たのは、全身に夥しい程の傷を負い、意識を失っているシズクの大切な思い人、カンナの姿だった。
スザクの予感は的中する。シズクはこの瞬間、自分の存在理由を失う。そして、カンナから貰った髪飾りの鋭利な部分を、自身の首に突き刺そうとしたところで、オオウメに止められる。
「何してるんだい!?」
「見てわかりませんか、死のうとしてるんですよ。それより、“手“どけてもらえませんか」
「それは無理だ、この手離したら、あんた死んじまうだろ」
「それが何か!?私はカンナを失った、じゃあこの世界にいる意味なんてない!」
全身を使い拘束から逃れようとするシズクは、今度オオウメの言葉によって止められる。
「よく見てみな、ただ意識を失ってるだけだ、まだ息がある」
「え?」
「この傷の具合を見るに相当酷いことをされたんだね、今生きてるのが奇跡なぐらいだ」
ーーよかった、カンナはまだ生きてる。
その事実に、シズクの体の力は一気に抜け、地面にへたり込む。
先ほどまでの絶望が嘘のように消え去り、次の瞬間には意識の無いカンナを必死に抱きしめる。離れていた数刻の時間を取り戻すように、自分の手に戻って来た大切を誰にも渡さなようにと、ともすればミシミシと音が聞こえて来そうな程強い力でカンナを抱きしめる。あまりにもその弱りきった裸体に力を込めるものだからさすがにオオウメが止めに入る。
「おい、馬鹿たれ!その娘を絞め殺すつもりかい」
「あ」
オオウメの言葉で冷静さを取り戻したシズクはすぐに抱きしめる力を弱める。それでもカンナを離そうとはしないため、オオウメは今の状態だと危ないから、看病が必要だと説得しカンナを横に寝かせる。
ーーこりゃ酷い、使われたのは蕁麻の薬かい?あの領主も初日から随分とやりやがる。
急いで体中に塗られた蕁麻の薬液を拭き取ると、ほかの少女たちに包帯と消毒液を持って来させカンナを看病する。包帯や消毒液などはオオウメがジズルドに、医療器具があった方が奴隷たちが長持ちすると進言し用意させた物、それからは、傷ついた少女たちの治療はオオウメの役割となっていた。
今回はいつにもましてジズルドの責苦が酷い、数刻前の両足を酸で焼かれた少女も運ばれて来ているし、この少女も死ぬ寸前まで痛めつけられている。
やけにジズルドの機嫌がいい、オオウメはそう感じた。
シズクは丁寧にカンナの看病をするオオウメのことをじっと見つめていた。傷の一つ一つの丁寧に消毒し、全身の包帯を巻いていく。熱もあるようなのか、看守に冷水を持って来させて頭を冷やす。その場で薬草をすり潰しカンナに飲ませると、少しだけ顔色が良くなった。
「随分と慣れているんですね」
「ああ、ここに来る前も、サクっちゅう、やんちゃな餓鬼の世話をよくさせられたからね。サクが無茶をして怪我をすると、アマリが大泣きしてそれはもう大変だったもんさ」
懐かしい物を見るかのように語るオオウメにふと疑問を持つ。
「あれ?確かアマリとサクって….」
その名前に、シズクはとても聞き覚えがあった。アマリとサク、その名前は自分たちの小さな村にいても伝わってくる。
だとすれば、オオウメは……
だが疑問も残る、どうしてオオウメはこんなところにいるのか、遠く離れた地にいるはずの彼女がどうして…..
オオウメを問い詰めようとシズクが口を開こうとすると、「うっ」と小さな声がカンナから漏れた。
「覚醒しかけてるね、どうする?この娘を起こすかい?」
「いいえ、そのまま寝かせてあげたいです」
「わかったよ、あとはあんたが面倒見てあげな」
「はい」
「いいかい、この娘に感謝するんだよ、あんたが無事でいられたのは、この娘がこんなに傷だらけになりながらもあんたを庇ったからなんだからね」
「わかってます」
そうして苦しそうに眠るカンナに近づくと、彼女の頭を優しく持ち上げ自分の膝の上に乗せる。この前も自分を庇い意識を失ったカンナをこうやって膝枕していた。カンナによるとシズクの膝枕は冷んやりしていてとても気持ちいいらしい。ふわふわな栗色の髪を自分の膝の上に乗せ、首に負担がかからないように位置を調整すると、カンナの寝顔は少しだけ良くなった。
顔色が良くなったことがわかるとシズクは、慈愛の籠った眼差しを向け、カンナの頭を撫でてあげる。そうすると心なしかカンナの顔色もさらに良くなり口角が上がっているように見えた。
そんな聖母と見紛う程に優しい笑顔を自身の膝を上で眠るシズクの姿を見て周りの少女たちはとても驚いた。美しい裸の少女が慈愛の籠った目で、大切な人に膝枕をするという、絵図らだけ見ればそれこそ絵画に出て来そうな雰囲気の彼女が、先ほどまで、自身の首を掻っ切って自殺を図っり、オオウメに対して獅子も逃げ出す眼差しを向け、スザクに対して般若もかくやという顔で、カンナの頭の撫でるその優しい手をスザクの返り血で染めそうとしたことなど想像できまい。
まるで天地が反転したかのような代わり具合にさすがのオオウメもスザクも驚愕するが、それほどまでにシズクにとってはシズクの膝の上で気持ちよさそうに寝息を立てる少女が大切なのだろう。
そうしてシズクは、数刻後カンナが目覚めるまで、ひたすら膝の上で頭を撫で続けた。まるで今までの恩返しをするかのように、自分を守りカンナ自身も生き延びた彼女に最大限の褒美を与えるかのように。




