十二話 雫の物語 想
一旦休憩がてら二人のイチャイチャタイムでお茶を濁します。
シズクにとって、カンナという少女は初めから特別だったわけではない、元々シズクは村で唯一の商家の娘。その役割は村の特産品などを街で売り、村では手に入らない様な品物を村に持ち帰るという、この村にとっては重要な役割を持つ家だった。勿論、重要な役割を持つ家故、村長家とも関わりがありカンナのことも昔から知っていた。
カンナは昔から活発で同い年の男子と遊んでいることが多かった為、シズクにとっては同い年の女の子程度の認識で、特に特別な感情を抱いていたわけではない、そもそも、商家の娘として育てられたシズクは幼い頃から両親の付き添いで街の方に行くことが多く、同年代と関わることが滅多になかった。シズクの少し人見知りな性格のあったのだろうが、10をこえる頃には、商人としての知識だけ育っており、村の子供たちの中では孤立していた。
シズクもそれに思うところなどなく、このまま両親の後を継いで商家として生きていくのだろうと思っていた。
それが覆ったのは、11歳を迎える日の少し前のこと、両親にお使いを頼まれて、一番近くの村まで遠出をしていた日のこと。
遠出といっても、半日もあれば辿り着き、何回の自分の足を運んだことのある遠行はシズクにとっては苦にならず、今回も両親から頼まれていた物を手に入れて、村へ帰るところだった。
既に日が暮れ始めていたので、シズクは舗装されていない森をつっきて村へと戻ろうとした。既に森の中腹に入り、村まで半分の距離を詰めた時、ふと南の方角から気配を感じる、威圧されるかの様な視線を感じ、挙動不審になりながらも、青い顔をその方向へ向けると、よだれを垂らした、琥珀色の猛獣と視線があった。
琥珀色の猛獣の正体は“虎“、大きいものでは3mを超え、こと森の中においてはあの熊さえも上回る生粋の捕食者だ。目の前の虎は2mに及ばない程度でまだ子供だったが、それでより幼いシズクにとっては十分は脅威であった。ここで村の大人たちが、森の中にむやみに入ってはいけないと言っていたのを思い出した。食欲をまるで抑えようともしない猛獣を前に、シズクは恐怖を感じて後ずさる。
数センチほど後ずさり虎から距離を取ろうとするシズクに対して虎の方もさらにシズクとの距離を積める。
息が詰まりそうな体験をするシズクと、よだれを垂らし今か今かとチャンスを狙う虎の拮抗が崩れたのは、シズクは地面の小枝を踏みつけ、小枝の折れる音に“びっく“と体を震わせ、思わず視線を虎から外してしまった時だ。
音を立てたのがただの小枝だとわかり安心し、視線を前に向ければ既に虎が、シズクに対して鉤爪を突き立てようとする瞬間だった。あまりにも一瞬で永遠にも感じられ、死を覚悟したシズクに先んじたのは虎の鉤爪ではなく、シズクと同じくらいの大きさの腕だった。
虎の刃が突きつけられる気配が一向になく、自身の風を切る感覚を不思議に思い目を開けると、シズクをしっかりと掴み虎から距離を取ろうとするカンナの姿があった。
「大丈夫?」
「え、うん」
「わかった、じゃあしっかりレレンに掴まてって」
カンナにそう言われ、レレンの首元にしっかりと掴まったのを確認すると、カンナはシズクから手を放し、腰に手を伸ばし、狩の為に持ってきていた弓に手を掛ける。獲物を横取りされた感じ、激高して襲いかかる虎に対し、カンナは正確に弓を引く。
レレンの背から放たれた矢は綺麗に風を切り、一直線に虎の瞳へと肉迫した。
瞳を矢で射られ暴れ狂う虎を横目に、カンナはシズクと一緒に村の方角へと駆け抜ける。
「怪我はない?」
「大丈夫、ありがとう」
「ならよかった」
曇りの無い満遍の笑顔は、太陽の様に輝いていて、そんな笑顔を向けられているシズクはさながら太陽に照らされた夕焼けの如く真っ赤に染まってした。
この時、シズクはカンナことを、絵本に出てくる白鹿の王子様と重ねていた、子供の頃から色んな本が好きで、自分もお姫様を悪者から助ける白鹿の王子様に憧れを抱いていたこともあった、この状況は寸分違わずその絵本とおんなじだ、悪しき虎に追い詰められるお姫様を颯爽と助ける鹿に跨った王子様、思わず頬を染めずには要られまい。
そしてこれが、シズクの初恋だった、白鹿に乗って迎いに来てくれたのは、王子様ではなく綺麗はお姫様だったけれど、普段の数倍の速さ鼓動を早め、信じられない速度で体に血液を遅らせる自分の心臓は、シズクにとって恋心を自覚させるには十分だった。
この一件がきっかけで、カンナとシズクはよく遊ぶ様になった、カンナもシズクを気にかけ、シズクのカンナに恋心を抱きカンナの後ろをついて回る。
一年が過ぎる頃になれば、両親と会う時間よりも二人で会う時間になった。日が昇る頃にはお互いに集まり、日が沈む頃まで二人の時間を堪能する。
お昼時になると、カンナが仕留めた兎や魚などをカンナが捌いて料理をする構図が自然と出来上がってきた。シズクとカンナ、お互いの趣味は違えど、お互いの為に趣味を昇華させ、より二人でいる時間を長く、色濃くするほどにはお互いのことを好いていた。
さらに一年が過ぎる頃には、カンナご飯を作るのはシズクの役目になっていた。両親の手伝いをするために始めた料理だったが、時を増すにつれてカンナ好みの味になっていくシズクの料理はカンナの胃袋を掴んで離さず、シズクも毎日満遍の笑みを浮かべながら、美味い美味いと自分の料理を頬張るカンナにすっかり夢中になっていた。
特にシズクにとって思い出深い出来事は、カンナと一緒に鉄都カララギに行った時のことだった。久しぶりに両親の手伝いで遠征をすることになったシズクだが、その時にはすっかり仲良くなったカンナも同行したいと申し出たのだ。最初は反対していたカンナの両親だったが、シズクとシズクの両親の説得され、社会経験としてカンナの同行を許可してくれた。
後日、鹿車に乗り込み、鉄都への旅路を進める。鉄都までは鹿車を使っても最低で五日ほどかかる距離にあり、それまでは野宿で夜を過ごすのが基本だった、野営地に虫除けの薄い天幕をはり、土と木の匂いのする外地に身を潜めながら、二人は星空の見える夜空を天井にして物思いに耽る。
「ねぇカンナ、なんで今回の遠征、一緒に行こうなんて言い出したの?私もカンナの両親もすごくびっくりしてたよ」
「だって、シズクだけ鉄都に行っちゃったら、シズクのご飯食べられなくなっちゃうじゃん」
「え?本当にそれだけ?」
「うん、そうだよ」
あまりにも真剣にカンナが口ずさむのもだから、シズクはおかしくなって笑い転げる。そんな状況にカンナは不満そうだった。
「なんで笑うの」
「だって、カンナが大真面目にそんなこと言うんだもん、おかしくなちゃった。だってそんなこと言う人なんて見たこと無いし、それこそ料理だって私じゃなくても、カンナの両親が作ってくれるじゃない」
そういうと、次はカンナの翡翠の瞳はこちらに向けられる。
カンナは時々、その明るい性格に似合わず、とても真剣な表情になることがある。天真爛漫な彼女がたまに作る真剣な表情に、シズクは思わず体を緊張させ、翡翠の眼差しから目を背けることができなくなる。
「違うよ、私はご飯を食べたいんじゃなくて、“シズクの“ご飯が食べたいんだよ。料理って言う物はね、ただ食べる為だけに存在する物じゃ無いんだよ。料理って言うものはね、作った人の思いと歴史が詰まった匣のような物なだよ、そして料理を食べる人は、その料理を介して作った人の思いと歴史を受け取って経験にするの。シズクの料理にはね、たくさんの思いが詰まってるの、私に喜んでもらいたいとか、どうやったら私にもっと美味しく感じてもらえるとか、私だけのことを思って作ってきてくれるのはシズクだけ、私の為だけの思いが詰まった、そんな素敵は思いの詰まった宝匣だからこそ、私はシズクの作る料理がとっても美味しいと思うし、毎日食べたいと思うんだよ。だから全然くだらないことじゃない」
そう言うといつもの笑顔に戻って
「だから私の心《胃袋》はもう、シズクに掴まれちゃってるの」
今度は二人して笑う、今度はお互いに頬を赤く染めながら、二人して向かい会う、顔だけじゃなくて、お互いの心まで向き合わせて。
そうして、遠征の初日は、お互いに火照った体をさらに抱き寄せてあつい夜を過ごす。
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