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からくり鋼蜂 -HAGANE∅BACHI-  作者: 烏丸潤
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第一話 虎と小 壱

 高い空、大きな入道雲。

 日ノ本の西を大きな地震が襲ってから七年が過ぎた八月の隅田川は、唸るような日差しと湿気に満ちていた。

 本所深川の菓子屋・恵元堂(えげんどう)の手代、荘吉は何度も顔を蚊柱にまとわりつかれながら先を急いでいた。

 薄手の服を着てきたものの、じっとりとした汗が全身から吹き出て、流行りの「ずぼん」はふくらはぎの所まで汗で張り付いた。


(なんでこんなとこで待ち合わせなんだい……)


 番頭の喜八と店を出る前に話した内容が思い出された。


「いいかい荘吉っつぁん。

 隅田川にぽつんと小屋があるとこ分かるだろ?

 そこで鋼蜂(はがねばち)の一人と待ち合わせになってる。

 あんたにはこの金を渡してきて貰いたい」


「こんな大金持って川っぺりは嫌ですよ、私が襲われたらどうするんです?」


「なら、私に行けって言うのかい?

 私は山ほど仕事を抱えてるんだ。

 時代遅れの侍崩れの連中に会わなきゃならん暇は無いのだよ。

 旦那様は心配しすぎなんだ、溶魔なんて出るわけが無い」


「でも喜八さん、旦那様が変な雲がお店の上に登っていたって言ってたじゃないか」


「見間違いだよ、変なことなんて起きるもんか。

 でも旦那様が決めた事だし、丁稚に任せられるような金額じゃないんだよ」


 と、ざっと五十両は入ってるであろう袱紗を渡した。

 多少金の価値は下がってきているが、50両と言えば、家族4人が2年近く働かずに食べていける。

 荘吉はそんな大金を持たされ、今ここに来たわけだ。


 やがて待ち合わせの小屋が見えてきた。

 もはや小屋とも呼べないほど崩れてい、何やら不気味な雰囲気が漂う。

 荘吉は溶魔がいるんじゃないかと、背中に涼しさを感じていた。

 が、ここまで来たのだし、と思い切って小屋に向かい声をかける。


「すみません、本所深川の恵元堂より参りました、手代の荘吉と申します、鋼蜂様はいらしてますか?」


 しかし、小屋からの返答はない。


「あのー!すみません!本所深川の恵元堂より参りました!」


「あのー……どなたか……」


 人は三回同じ事をやらされると嫌になる。


(しかも、人目があったら、誰もいない小屋に向かって一人でしゃべる道化じゃないか)


 などと、急に馬鹿馬鹿しくなってきた。

 それに日差しもきついので、いっそのこと小屋の中で待つかと思い切って小屋の中に入っていった。


 しかし当然の事ながら、中はさらに暑く、蒸し風呂のようであった。

 広さはさほどではなく、川の方に窓があるだけで他には何も無く薄暗い。

 せいぜい四畳半より大きい程度だが、窓から入る陽の光に負けない暗闇だけはあった。


(暑すぎて無理……表で待とう)


 その時、ふと音に気づいた。

 低く、唸るような蜂の羽音のような音だった。


「誰か居りますか?恵元堂の手代でございますが……」


 さらに蜂の羽音は大きくなり、荘吉は内心、


(まさか溶魔か?)


 と、怖くなり、外へ走って逃げようとしたが、なにか暗闇で動いた気がして、視線を音の方にむけた。


 目を凝らすと、人が倒れている。


「で、出たーー!溶魔だー!死体だー!」


 腰を抜かしてへたり込んだが、よく見ると倒れた人ではなく、最近流行りの洋物の服を着た男が寝ているだけのようだった。

 蜂の羽音はその男のいびきだったのだ。


「(脅かすなよ)……あの、すみません!」


 その大きな声に寝ている男は片目を開け、荘吉を見るとだるそうに体を起こした。

 暗がりが手伝い、顔はよく見えない。


「すまねえな、つい寝ちまったわ、早く着いたもんでな、最近寝てねえから横になって休んでたんだ」


 と、大きなあくびをした。

 声から受ける印象は、若い。

 途端に緊張の糸が緩んだ荘吉は、相手が侍である事も忘れてしまった。


「勘弁してくださいよ、てっきり今流行りの溶魔かと……変な音がしたから……あんたのいびきにびびってましたよ……あなたが鋼蜂様、でいいんですか?」


 緊張がほぐれたのと、士農工商が形骸化しているせいも手伝い、思わず「あんた」呼びをしてしまっているが、男は気にも止めず続けた。


「鋼蜂は俺ら溶魔退治をしてる奴らの全体の呼び名だよ、俺の名前は虎弥太、伝法寺虎弥太(でんぽうじこやた)ってんだ、よろしくな。

 しかしこんないい男を死体と見間違えとか酷ぇな」


 荘吉には男の顔は小屋の暗がりで未だ見えなかったので、あえて無視をし、


「『伝法な(喧嘩っ早く口が悪いの意)』虎弥太様ですね、なるほど、屋号みたいなものなんですねえ」


 と、受け流した。

 名前は聞き違えてるが、早口なので虎弥太も聞き逃したようだ。


「手前は恵元堂の手代で荘吉と申します。

 しかし虎弥太様、こんな暑い中よく寝ようと思いましたね」


「慣れだよ、慣れ。慣れてしまえば野宿も出来る」


「慣れ……ですか?」


「宿いらずになれば、その分金が貯まるって訳よ」


 と、おどけて笑ってみせた。

 荘吉は虎弥太の砕けた調子を見て、


(野宿とか、完全に時代遅れの侍崩れじゃないか……こんなのに頼んで大丈夫なのか?)


 と、露骨な心配を顔に浮かべた。

 だがそんな事には虎弥太はお構い無しに続けた。


「で、『葉書』は読んだ、店に錦色の雲が昇ったんだって?」

「『はがき』?

 はがき……はがき……ああ文のことですか?」


 最近は言葉が随分と変わるものが多く、すぐには分からないことも多い。

 葉書もそのひとつで、十九代将軍春慶が鎖国を続けながら西洋の文化を多く取り入れる政策を打ち出し出来た「ゆうびん」によるものだ。


「四日前ってことは、今夜ぐらいにはエーテルが出るな」


「『えーてる』ってなんですか?」


「あんたらが溶魔と呼んでる奴らのことだよ。

 蒼くて透明ががった一反木綿みてぇな体しててな、俺らはエーテルと呼んでる。

 なんでも、西洋の偉い学者さんが言うには、星空を満たす物質と同じモンなんだそうだ」


「……一反木綿に星空ですか」


 荘吉にはちんぷんかんぷんな話ですと言わんばかりの表情が浮かんでいる。

 彼には霊的オカルト話の類にしか思えず、目の前の男も詐欺師ぐらいにしか思えないのだ。

 これだけ械掛(からくり)文明が世を席巻しているのだから、今さら平安時代の物の怪のような話をされても、現実味がないのだ。


「よし、今から紙に書いて渡すものを夕方までに用意しといてくれ」


 虎弥太は懐から「ぼーるぺん」と「めも」を取り出し、さらさらと書き出した。


「それ『ぼーるぺん』じゃないですか、初めて見ましたよ!」


「いいだろこれ、墨で書くよりすげぇ楽でいい。

 西洋のやつらは、色々便利なもん考えるよ。

 この「めも」ってやつも便利なもんだ」


 虎弥太は書き終えると、メモをビッとちぎり、荘吉に渡した。


「ほらよ、これを夕方までに揃えといてくれ」


 荘吉は暗がりの中、目を凝らしメモを見た。

 そこには、


 塩 二樽

 ミョウバン 二樽

 白い着物 店の人数分

 白い反物 買えるだけ


 と、書き記されていた。


「着物に、反物……もですか?

 買えるだけ、とは、どのくらいなので?」


「そうだな、恵元堂をぐるぐる巻きにできる量は欲しいな」


「店を反物で巻くんですか?何かの(まじな)いですか?

 もちろん伝えますけど、出来ればあなたも来て説明してくれた方が……」


「これからちょっと野暮用でな。

 あと、今夜の為の支度もしなきゃなんねえ。

 だが日が暮れる前には必ず行く。」


 そう言い終わると自分の頭を叩き、こう続けた。


「悪ぃ、言い忘れた。

 店ん中の蒸気栓は全部閉めて、あったら蒸気が漏れてる場所を塞いでおいてくれ。

 奴らは漏れた蒸気溜りから生まれる。

 余計な数は増やされると倒すのが面倒だ」


「分かりました。必ず伝えます。

 あ、それとこれを」


 荘吉は懐から金を取りだし渡そうとしたが、虎弥太それを押しとどめた。


「金は全部が終わってから貰う。今貰っても今夜俺が死んじまったら、あんたらも全員死ぬことになるから双方無駄が増える」


 虎弥太の言葉から先程のまでの軽さが消え、真剣な響きに変わる。

 荘吉はその変化びびりながら、


「死ぬ?ほんとにその、溶魔……『えーてる』とやらはいるんですか」


「居るよ、今月に入ってから俺はもう四匹倒してるし、十余人が殺された……」


 その話を聞いても荘吉にはまだ信じられずにいた。

 だがそれでも、書き留めたものを商人らしく細かく確認し、それを手に小屋から出た。


(こんなやつ大丈夫なんかねえ。

 話が食いっぱぐれた講談師みたいだし……)


 疑心暗鬼の目で小屋を振り返り、店へと急いだ。

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