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からくり鋼蜂 -HAGANE∅BACHI-  作者: 烏丸潤
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始ノ譚

 時は西暦1994年。

 十八代将軍・徳川春慶(はるよし)が次の将軍に就くと、元号を廃止し、この年より西暦に倣った。

 また日ノ本全土械掛(からくり)化を打ち出し、それを急速に押し進めた。


 この頃には士農工商は有名無実になり、身分による上下は形骸化していたが、武士による治安統治は以前保たれていた。


 また四国四藩に長崎の出島同様の許可を与えて以来、急速に西洋文化が行き渡り、械掛(からくり)文化と交わると、独自の文化(いろ)をさらに際立たせた。

 


 日ノ本はまさに新しい節目を迎え、艶やかさを増していった。



 その翌年1995年、一月の十七日の早朝。

 その日、かつてないほどの地震が、日ノ本の西を襲った。


 人、建物、送蒸線など様々なものが壊れ、寝て伏した。

 そこかしこで倒れた送蒸線から蒸気が漏れだし、辺りを白く染めた。

 そうでなければ、あまりの凄惨さに、そこかしこで悲鳴が上がっていたに違いない。


 平等院鳳凰堂もその中の一つであった。

 本堂は倒壊したものの、庭園には付近の被災民が集まり、遅い夜明けを待っていた。


 その仄暗い中、一人の男が警護の侍の目を盗み、倒壊した本堂に忍び込んだ。


 辛うじて建物だった形跡を残す本堂の隙間に体を潜り込ませ、這いつくばりながら金目のものを探している中、1つの袋を見つけた。


(これは絶対金になる、鳳凰堂のお宝となりゃ相当の値が付くに違いあるまい)


 男は素早く懐にしまうと、夜明けの闇に乗じて鳳凰堂を足早に後にした。



 人目を避け、紫に染まる夜明けの中、男は自分の家に急ぎ戻ると、布団しかないささくれだった畳の部屋のちゃぶ台の上に恭しく袋を鎮座させ、酒の支度に取りかかった。


 が、酒は思っていたよりも少なく、冷蔵庫もないので肴になりそうなものは煮干と味噌しかなかった。


(ご馳走はお宝を売りさばいた後のお楽しみするか)


 と小さく独りごちりほくそ笑んだ。

 掛け布団を尻に敷き、ちゃぶ台の前に座ると、酒を一口飲み、煮干しに味噌を軽くひっかけ口に運んだ。


 男は満足そうに目を細め、袋を眺めながら残り少ない酒を呑みすすめた。


 その袋は、艶やかな生地で作られ、金糸の刺繍が施されていた。

 開け口は、不思議な漢詩が彫刻された細やかな鎖で縛られ、さらに念入りに鉛で封をされていた。


「なんやこれ。まあ問題は中身や。

 高く売れりゃなんでもええ、ええ」


 鉛の封を外すため、かまどの火を起こし、炙って溶かす事にした。

 生地を焦がさないよう丹念に炙り続け、やがて鉛は柔らかくなった。

 男は菜箸を掴み、鉛の封をとこうと隙間にねじ込むと、熱い鉛がちぎれ、手の甲にまともにかかった。


「あーーーーーーっつ!」


 堪らず声を上げ、手を振ると、袋は手水桶の中に大きな音と共に沈んでいった。


「あー……」


 慌てて取り出し、自分の服で拭うと、自分の手を冷やし、ちゃぶ台に戻り、袋の中を確かめた。


 中には読めないほど達筆の漢文の書かれた紙で包まれた四角いものが入っていた。

 紙を剥がすと、中から百人一首のようなものが出てきた。


 全ての札に何やら短歌らしきものが上から書かれている。


(なんやこれ?全部揃ってへん、上の句の札しかあらへんし……。

 こんな特別そうなお公家様のおカルタなんて、足がつくわ……。

 上等そうな袋だけでも売れんかなあ)


 男は落胆し、祝杯からヤケ酒に早変わりした残りの酒を飲み干そうとするも、喉に煮干しが詰まり吐き出した。

 しかも皮肉なことにお宝だったものにかかった。

 慌てて一番濡れてしまった一枚を手に取り、自分の服で擦るように拭うと、不思議なことに短歌がするりと消えてしまったではないか。

 しかも服に墨はついてない。

 男は不思議な気持ちで札を見つめた。

 よく見るとそれは百人一首などではなく、上の句の札ならば描かれているはずの詠み人の姿はなく、一枚一枚に異なる化け物が描かれていた。

 その絵は妙に精巧に生々しく描かれ、時折動いているようにも見えた。


(まだ酔うてへんで……明るいとこで見るか)


 男は朝日の明るさで札を見ようと窓際に持っていった。

 そこにはハンミョウのような顔をした物の怪の姿があった。


(なんやこれ……気色悪っ)


 さらに顔を近づけ詳しく確かめようとしたその時。


 札の中から物の怪の手が伸び、男を顔を掴んだ。

 あまりの急に声も出せずにいると、その手は口をこじ開け、物の怪は口の中に音もなくするりと入り込んだ。


 見る間に顔色が変わり、男は白目をむいて倒れ、痙攣が始まり、大量の血を吐くとピクリとも動かなくなった。


 だがそれも束の間、男はすぐさま起き上がり、残りの札を懐かしそうな目で見つめていた。

 その目はもはや人間のそれではない。


 元の男ではなくなった「その者」が残りの札に手を伸ばそうとした。


 その時である。


 誰かが戸を叩く音がした。

 戸の向こうからは蜂の羽音のような音が聞こえてきた。


 奉行所の同心のようだ。

 戸の向こうにいるのは2人。

 ただもう1人は奉行所らしからぬ西洋姿で、腰から風変わりな刀を下げていた男だった。


 ちゃぶ台の上には奇異な百人一首が残されていた。

 それを音の鳴る刀を持った侍が手に取り、怪訝な目で見つめていた。


 この後、日ノ本の西を大いに騒がすことが起きるが、それはまた別の話。


 これより7年後の2002年。

 この日を起点にした、より大きな災いが日ノ本全体を襲う事になる。


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― 新着の感想 ―
こんばんは。拝見しました。時代背景や小物も現代がこのまま続いていたら、こんな感じなのか?と想像させていただきながら、読ませてもらいました。小道具に百人一首を匂わせるあたり、ワクワクしました。次の話も…
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