第二話 鷹と虎 参
風がしんと静まり、夏の名残りの湿気が漂う、秋の品川浦の裏道を五人の男たちは鷹人を見つけられずにいた。
黒塀が並ぶこの裏道は、さながらダンジョンの迷路のような圧迫感があり、男たちは息苦しさを感じていた。
行けども曲がれども、出会うのは仲間の顔で、彼らの苛立ちも募る。
たった今し方尾行ていた相手が見つからぬのだから無理もない。
そしてひとつの行き止まりの道に、一人、また一人と集まった。
道の行き止まりを囲うように、大きな松の枝が垂れ下がり、調度良い日陰にもなっている。
「野郎、どこ行きやがった、こっちにはいなかったぞ」
「溶魔にやられたとか?」
「そんなわけあるか、それなら死体の残りカスがみつかるだろ!」
などと、口々に喚き出し始めていた。
リーダー格と思しき男が、仲間の一人に、
「おい、斉藤、お前車のとこに行け。
残ったやつは弱そうだから、そのまま車盗っちまえ」
と、指示を出した。
斉藤と呼ばれた男は、仲間を後に鷹人の車のところへ行こうとした。
その時である。
どこからともなく大きめの石が一つ飛んでき、斉藤の額に当たった。
│鈍い音がし、声も無くうずくまる。
額から、すぐさま血が流れ始めた。
残る四人が心配そうに取り囲み、周りを警戒していた。
ここは行き止まり──袋小路である。
ここに入ってきた道には誰もいない。
口々に、出てこいだの、卑怯者だのと身勝手な罵りをする中、不意に彼らの頭上から何かが降ってきた。
それはうずくまる斉藤の背中を踏み潰し、残る四人の真ん中に降り立った。
「な、なんだ?なにが──」
と、リーダー格の男が言い終わる前に、顔が打ち据えられ、そのまま言葉を続けられず、気を失い倒れた。
鷹人だ。
手には何やら構えている。
残る三人も、それで足元を掬われ、派手に倒れたところを顔を打ち据えられた。
一人が懐からドスを取りだすも、難なく手にした何かで弾き飛ばした。
それは水平二連の猟銃らしきものであった。
昔日ノ本に入ってきていた「うぃんちぇすたー」に似たアクションレバーが付いている。
「てめえ……卑怯だぞ、銃なんて」
男の見当はずれの難癖に、鷹人は笑いながら、
「五人がかりで襲おうとしてたくせに?
よく言うよ」
と、言うや、男の目の前に銃口を突きつけ、銃床の釦をおした。
二つ並んだ銃身の裏から、刃物が飛び出した。
それは械掛刀と同じ仕組みらしく、男の目の前で刃が循環し、蜂の羽音の様な音を立て始めた。
「てめえ、侍崩れか……」
そう言われ、鷹人は顔をしかめ、銃床で相手の顔を突いた。
相手の鼻は横に曲がり、おびただしい血が流れ出た。
「僕は他人から『鋼蜂』と言われるのが嫌いでね。
便宜上、名乗りはするけど、そんな下品なもんじゃない。
僕はもっと由緒正しいものなんだよ?
ねえ君、聞いてる?」
だが既に男は気絶していた。
鷹人は肩をすくめ、先程踏み潰した「斉藤」の腹を銃床で、まるで「ごるふ」でもするように殴りつけられ、吹っ飛んだ。
斉藤は呻き声を上げ、四つん這いにうずくまる。
「いつまで寝てるんだい?
いい加減目を覚ましなよ」
鷹人は銃床についた土を払い、ゆっくりと近づき、
「運がいいね君は、僕が相手で。
もしこれが私の友人なら、皮膚から骨が出るまでやられてるか、手足のいずれかを失くしてるとこですよ」
と、相手の顔を上から睨め付け、傍にしゃがんだ。
手にしている銃を肩に預けてはいるが、いつでも撃てるような気迫にみなぎっている。
「なんで僕たちを尾行てたの?
えーっと、斉藤さん─だっけ?
教えてよ」
斉藤は痛みに堪え、鷹人を睨め付けた。
「なるほどね。
君もあそこの人みたいに、鼻、曲げてみる?
それとも無くしてみる?」
と、先程鼻を曲げてやった男を顎で示し、銃に付いた循環式鎖刃を回転させ、鋼蜂の名の由来となる音を聞かせ、
「見てよあの顔、痛そうだよね、鼻曲がってるもん」
と、自分がやったことを他人事のように言ってのけた。
斉藤は、仲間の血まみれの顔と鷹人を交互に見やり、観念した顔つきになった。
「分かった!話す!」
「素直でいい子。僕はそういう人好きだよ──もちろんそういう意味じゃないけど」
「くっ……言われたんだ……車を奪い返してくれれば大金をやると……」
「奪い返す?僕の買ったものを?」
「そいつが言うには、あんたに盗まれたんだとよ。違うのか?」
「僕が盗みなんてするわけないでしょ、見てわかんない?
あんたらみたいに、ダサい服は着てないし、見て横の顔。
こんな洗練されたいい男が盗みをすると思う方がおかしい」
「……このご時世、見た目だけじゃわかんねえよ。
そいつがいうには──」
「待った。君が言う、その『そいつ』って誰なの?」
「この当たりじゃ見た事ねえ男だ」
「ふーん、で、『そいつ』は今どこにいるの?
隠すと、君の場合、耳、無くすよ?」
「蒲田に用があると言ってた……そこに取り返した車を持ってきてくれと」
「蒲田のどこ?
蒲田だけじゃ、僕が探すのに疲れちゃうでしょ?」
そう言うと斉藤の鼻の前に銃を突きつけた。
斉藤の目は、銃口に向けていいのか、刃に向けていいのか分からず右左に泳いだ。
「駅の近くの、最近できた『ぼうりんぐ場』で待っていると言ってた!
嘘じゃねえ!」
「ふーん、あそこか。あれ楽しいよね。
で、どんな服着てたの彼?目印になりそうなものは?」
「普通の服だ、だけど話しながら指で変な札を玩んでた」
それを聞いた鷹人の顔は険しくなり、ポケットから虎弥太にも見せた札を取りだした。
その札は、よくあるカルタのような大きさだが、縁に金の糸が巻いてあり、額縁のように札を囲んでいた。
斉藤は、その札を見ると、
「それだ!あいつが持ってたのは」
と言い、それを聞いた鷹人の顔はさらに険しくなった。
そして無言で立ち上がると、斉藤の顔を蹴り上げ、気絶させた。
「あちゃー……こりゃもう固いものは食えないね。
けど僕を襲おうとするから悪いんだよ?
これに懲りて、悪いことはしないこと。
わかった?」
当然ながら、もはやその言葉を聞く者は全員夢──いや悪夢の中をさまよっていた。
それを見た鷹人は肩をすくめ、空を見上げ、
「なるほどね、ようやくご対面ってわけか。
見たこともない許嫁に会う気分だね、こりゃ」
と、独りごちた。
言葉も軽く、顔は先程の形相からは想像もつかないほど穏やかなものだったが、目は殺意に似たものへと変わっている。
それから周りの男たちを見渡し、再び肩をすくめると、体の土埃を払い、口笛を拭きながら足早に風太の待つ車へと戻った。
さて、鷹人が車にもどると、車の周りには人だかりが出来ていた。
最新の蒸気走車で、真っ赤ともなると必然とも言える。
人だかりをかき分け、車にたどり着くと、気まずそうに俯く風太に話しかけた。
「お待たせ、少し手がかりを見つけましたので、蒲田に行きますよ」
「ほんとですか!犯人が分かったんですか!」
「いえ、流石にそこまでは。
でも多分犯人に繋がる手がかりだよ。
というわけで、これから蒲田に向かいます、来ます?」
「…………」
「辛いなら待ってても構わないよ」
「いえ、そうではありません。
少し買いたいものがあるので、先に行っててください。
直ぐに行きますので、何処に行くのかだけ──」
「蒲田駅近くの、『ぼうりんぐ場』です。
分かりますか?」
「ええ、最近出来た海外の遊技場ですよね、分かります」
「但し、危険になったら僕の指示に従って逃げること。
いいね、君が死んだら僕はタダ働きになるんだから」
その言葉を受け、風太はにこりと笑い承諾の意を示した。
「では、鷹人さん、後ほど蒲田で」
と、何やら決意を秘めた顔で言い残し去っていった。
鷹人はそれを見送ると蒲田へと車を走らせた。




