第二話 鷹と虎 弐
品川に着き、鷹人と小柴風太は被害にあった順に質屋を回った。
ここは古くから東海道の重要な宿場町で、人の出入りが多く、物資のやり取りや生活資金の調達のために質屋が数多く営んでいる。
この地をエーテルはともかく、盗賊が狙うのも当然と言えた。
襲われた質屋周辺の店や通る人々に尋ねてみるも、
─前日までは何事も無かった
─翌日突如として店が崩れ去った
─店のもの達すらも消え失せた
と、口を揃えた話しか聞けなかった。
実際そうなのだろう。
あらかたの被害を受けた質屋を回り、一番最後に襲われた店を訪れた。
今までの店同様、全てが残骸にされていた。
エーテルに憑依され抜けられると、腐ったおからのようになる。
人であろうが物であろうが、何かを吸い取られ、物質変換されたように、同様の残骸になる。
そうなると、人であったのか、物であったのかすら分からない。
店の惨状を改めて見た風太の目から、はらりと涙が落ち、その後は力をなくしたように崩れ落ちた。
この店が彼の恋人の店であったのだろう。
鷹人は全てを察し、風太の肩に優しく手を置き、だが何も言わず、一人で手がかりを探し続けた。
やがて、生々しく、しかし色をどす黒く変えた人の手二つをおからの山から見つけた。
鷹人は顔の感情の動きを見せず、しゃがんで調べ始めた。
手には米粒が付いてい、辺りには炊いた米と、籠に入った海苔も巻いてない塩むすびが散らばっていた。
おそらくは料理──弁当を作っていた時に襲われたのだろう。
よく見ると、指には小さく愛らしい指輪が嵌っている。
彼の恋人のものかとも思ったが、見せるにはあまりに忍びない。
指輪を抜き取り、風太に渡した。
「小柴さん……これ、あなたの恋人のものじゃないですか」
「そうです!私が贈ったものです!これはどこに?」
「人の手が残ってました。それに付いてたものです」
「彩香!……ああ、なんで……」
「それが彼女の名前なんですか。
状況から推察ですが、料理を作っていた時に襲われたのでしょう。
気づく暇もなかったはずです、苦しまず──せめてもの救いですね」
「彼女を殺したのは私です」
その言葉に鷹人は眉を上げた。
「亡くなった日の朝、品川浦の港で会う約束をしていました……。ですが前日に喧嘩してたんです……二度と会いたくないと言われました」
鷹人は黙って聞いてる。
「彼女は泣いて帰っていった……私なんかが彩香と付き合わなければ、こんな運命じゃなかったに違いない!
……私が殺したみたいなもんです。
きっと私を恨んで死んだに違いない」
と、自責の念を吐露した。
それを聞いた鷹人は、ふとなにかに気付き、
「あなた、塩むすびが好きなんじゃないですか」
と、問いかけた。
「……はい……好きですが、それがなにか?」
「エーテルは何故か塩が苦手なんです。
人間の血液には塩が含まれている為、長く憑依出来ません。
故に、通り抜けて殺すわけです─まあ短時間なら憑依はできるようですが──。
周りに散らばる物から見るに、彼女は朝、塩むすびを作っていた──きっとあなたとの仲直りを想ってね」
風太は鷹人の淡々とした説明を聞き、愛おしげに指輪を胸に優しく抱えた。
「災厄は避けられなかったが、あなたへの想いがあったから、手が残った──のかも、しれませんよ。
決して喧嘩をして怒ったまま、ということじゃなかったと思いますよ、あくまでも可能性の話ですが」
それを聞いた風太の頭の中に、嬉しそうに弁当作りをしていた恋人彩香の姿が浮かんだ。
と、同時にその後ろから襲われ、音もなく崩れ去る彩香の姿も──。
「彩香の手はどこに?」
「あちらに、見ないほ──」
だが鷹人の言葉を待たず、風太は指された方へ駆け寄った。
そして亡き恋人の手を見つけると、誰れの目を憚ることなく大声で泣きはじめた。
鷹人は黙ってその場から離れた。
ごめんよ……ごめんよ……
という風太の慟哭だけが響いていた。
しばらくして、風太は気を持ち直し、風太は指輪を大事にしまい、手で地面に穴を掘り始めた。
せめて残った手だけでも弔ってやりたかったのだ。
「あとでまた来るから、お前の仇を取ってもらうから……そしたらちゃんとするから──今はこれでごめんな」
鷹人は余計な言葉をかけず、手伝っていた。
風太の目からは変わらず、いやそれ以上に涙が溢れ出ていたが、怒りと決意の光があった。
そして弔いの言葉をかけ、二人は手を合わせ、車に戻った。
「困りましたね……これでは手が掛かりを得られない」
と、鷹人は車の「ぼんねっと」の上に、品川周辺の地図を広げ、覗き込んだ。
「小柴さん、同じ質屋として、襲われた店の共通点はわかりませんか?」
泣き腫らした目で風太も地図を覗き込むが、何も思い当たる節がない。
「……取り立てて特別な品を質草に取ってたというような噂はありませんし……。
強いて言うなら、最近船の方たちが質屋を頻繁に使ってたって話ぐらいです、それも噂程度なので」
「船ですか、ならもし辛くなければ、品川浦にも寄ってみますか」
「いえ、彩香の為にも行きます。でもその前に番所に行くとかは?」
風太が尋ねるも、鷹人は鼻で笑い、
「与力たちに聞いても無駄です、彼らはそもそもエーテルを信じないし、見ても信じない」
「人が死んでるのにですか!」
「だから僕たち鋼蜂に仕事があるし、依頼来たんでしょ、小柴さん。
虎の所へ来る前に、番所に保護を求めたが追い返された、違いう?」
「……その通りです」
鷹人はそれ見た事かという表情を浮かべ、
「先ほど説明した通り、エーテルは塩が苦手です。
海の近くに行っても、大した事は得られないかもね。
だけど、組んでる賊の情報も欲しいのでね」
風太が涙に汚れた顔を袖で拭い、助手席に乗ると、鷹人は車を品川浦へと飛ばした。
品川浦は、昔の漁村の雰囲気と械掛文化、西洋文化の入り交じった顔をしている。
「こんくりーと」で作られた「びる」がそこかしこに建ち並び、街のそこかしこに立つ蒸継柱から送蒸線が引かれていた。
港と街を繋ぐ大きな車道が街の中央を貫き、両脇には港で働くもの達を支える食堂や、他所から品川浦の食を求めてきた客を目当てにした様々な店が並んでいた。
ただ、一歩裏道に入れば、神君家康公時代の香りがする街並みが身を潜めている。
そこですら送蒸線は網目のように張り巡らされ、械掛文明が色濃くでてい、徳川幕府の打ち出した「日ノ本蒸気機関化計画」は確実にその芽をのばしていた。
そんな表情豊かな街並みにすら、鷹人の赤のオープンカーは人目を引いた。
これみよがしの派手さを誇り、車を停めた時はそれを見た人々がひそひそと話した。
そんなものは気にも止めず、鷹人は車から降りると、風太に話しかけた。
「港には彼女さんとの約束の思い出もあり辛いでしょうから、ここで待っていてください」
そう言うと風太を一人残し、さっさと大通りを港の方へ歩いていった。
残された風太は、周りの車に対する好奇の眼差しに晒され、居心地がとても悪そうだった。
潮の香りに誘われるかのように歩く鷹人の姿は、暇を持て余した派手な服の男が、ブラブラとしながら辺りを物見遊山でもしているかのようだ。
やがて道の正面に港が見えると、さっと素早く裏道へと入っていった。
すると後ろを歩いていた五人が、慌ててそれを追いかけた。
先程まで連れ立ってる様子もなかったのだが、どうやら鷹人を│尾行ていたようだ。
一癖も二癖もある、如何にもな人相の男たちである。
裏道は潮の香りは強くなってい、更に細かい枝道がいくつもあった。
今し方入った鷹人の姿も、男たちの目から消え失せていた。
彼らは互いに目配せをすると、それぞれが鷹人を追いかけるべく、枝道に分かれていった。




