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篠宮椎名の七不思議研究ノート  作者: 如月
最終章 普通の日々
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第60話 7つ目の不思議

 静けさが、部室を満たしていた。


 ひばり先輩の言葉――「私が、六番目の七不思議。旧校舎に消えた女生徒だったんだよ」

 それを聞いた瞬間、確かにすべてがつながったはずだった。


 なのに、胸の奥に、小さな波紋のようなざわつきが残っていた。


(……おかしい)


 納得したはずなのに。理解したはずなのに。

 でも、なぜか安心できなかった。


 ひばり先輩のことを知って、記憶をたどって、真実を見つけた。

 でも――それだけでは、何かが足りない気がしていた。


(どうして……ひばり先輩は“消えた”の?)


 私は顔を上げ、ひばり先輩を見つめた。

 薄い光の中で、彼女の髪が静かに揺れていた。


 問いかけようとしたそのとき――

 ひばり先輩は、視線をそらし、そっと目を伏せた。


 ひばり先輩の細い指先が、ノートを撫でる。紙の感触を確かめるように、何度も、静かに。


「……このノートを見たとき、本当に全部を思い出したの」


その声は静かで、けれど確かに、心の奥に触れるような重みがあった。


「自分が誰で、何をしていたかだけじゃなくて――どうして私が、この場所から消えたのかを」


 私は、ゆっくりと息を吸った。


「“旧校舎に消えた女生徒”っていう七不思議は、誰か特定の人の話じゃないの。それはね、“解き明かされたとき”に、その理が“解いた人”へと引き継がれていく、不思議のしくみなの」


 ひばり先輩は、視線を私に戻した。

 その瞳には、静かな決意が宿っていた。


「だからね……次に“消える”ことになるのは、椎名ちゃんなんだよ」


 私の心臓が、どくん、と強く跳ねた。


「だから、あの夜……私は逃げたの。旧校舎から、椎名ちゃんの前から。ノートを見て、すべてを理解して――椎名ちゃんがもうすぐ真実にたどり着くってわかって……怖くなった」


 肩が、ほんのわずかに震えていた。


「お願いだから、このまま私のことは忘れててって……私のことを探さないでって……そう願った。けれど……同時に、それがすごく、こわかったの。また“誰からも思い出されない自分”に戻ってしまう気がして」


 私は、言葉を失ったまま、ただ彼女を見つめていた。


「……それでも、結局、私はどこにも行けなかった。逃げたはずなのに、気づけばまた、部室に戻ってきてた」


 ひばり先輩は、小さく首を振る。

 その長い髪が、肩先でふわりと揺れた。


「椎名ちゃんから離れようとしたくせに、どうしても、この場所から離れられなかったの。心のどこかでは、また椎名ちゃんが来てくれるんじゃないかって……そんなふうに思ってた。……ずっと、待ってたの」


 言葉をこぼしながら、ひばり先輩は小さく、でも確かに笑った。

 その笑みは、さびしくて、どこか泣きそうだった。


「本当は、戻ってきてほしくなかった。巻き込みたくなかった。それでも、戻ってきてくれて……すごく、うれしかったの」


「無事でいてほしかった。でも、それ以上に……また会いたいって、思ってた。もう一度、声を聞きたくて。話したくて。たとえ、それで……椎名ちゃんが“消えてしまう”ことになったとしても」


 ひばり先輩は、目を伏せたまま、唇を震わせた。


「矛盾してるよね。……でも、それが私なの。守りたくて、でも、そばにいてほしくて。……そんな、わがままな私」


 そのときだった。


 ひばり先輩の瞳から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。

 それは静かに頬を伝い、手の甲へと落ちていった。


「もう、二度と――忘れられたくなかったんだよ……」


 その声は、震えていた。


「誰からも名前を呼ばれなくて、誰の記憶にも残っていなくて……それが、どれだけさびしかったか。……こわかったか」


 また一粒、涙が流れる。


「椎名ちゃんがいてくれて、私のことを見てくれて、名前を呼んでくれたことが……どれだけ、救いだったか」


 まつげが濡れ、細い肩がわずかに震えていた。


「だから……こうして椎名ちゃんが、私を“見つけて”くれたことが、“ここにいた”って証明してくれたことが……本当に、うれしかったの……」


 その言葉を言い終えたあとも、涙は静かにこぼれ続けていた。

 ひばり先輩は、顔を覆ったまま、声にならない嗚咽をこらえるように肩を震わせていた。


「……ごめん、ね……」


 それきり、言葉は途切れた。


 私は、そっと息を吸った。


 「どうしたらいいのか、胸の奥でずっと揺れていた。

 それでも、今ここで――この涙に、どうにかして応えたかった。


 迷いながらも、私はゆっくりと手を伸ばした。


 この手を伸ばしてもいいのか。

 触れてしまって、壊れてしまわないか。


 そんな思いが胸の奥でよぎったけれど、それでも、私はそっとその肩に手を添える。


 そして、そっと寄り添った


 胸元に、やわらかくて、あたたかなぬくもりが触れる。

 その小さな震えを、腕の中で感じながら。


 言葉では、もうすべて伝えた。

 だから私は、ただ、そばにいることを選んだ。

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