第14話 告白
――どう答えればいい?
目の前のコヤは、金色の瞳を細め、まるで「知っている」ような顔をしている。
でも、そんなはずはない。
だってこれは、ずっと隠してきたことだから。忘れたふりをして、誰にも気づかれないように――
私は目をそらし、口を閉ざした。
「椎名ちゃん?」
隣でひばり先輩が、そっと私の顔をのぞき込む。いつもなら、こういうのは軽く流せるはずだった。なのに今日は、喉の奥で言葉がつかえて、出てこなかった。
「……昔から、見えてしまうの」
ようやく出た言葉は、ひどく静かだった。
「他の人には見えないものが、私には……見える」
言った瞬間、胸の奥がきゅっとなった。けれど、不思議ともう止められなかった。
「小さい頃、公園で……“何か”を見たことがあるの。説明できないけど、人じゃない、なにか」
「……なにかって?」
「わからない。でも、そのときの私は普通に話しかけてたの」
怖がるどころか、そこに誰かがいると信じて疑わなかった。
「でも、それを見てた子たちの顔が……すごく怖がってた」
私は手のひらをぎゅっと握った。
「それから、少しずつ……周りの子たちが離れていって」
気づけば、独りになっていた。
「だから、気づかないふりをするようになったの。見えても、見なかったことにして、普通の子でいようって」
「……」
「ずっと、普通でいたかったのに」
その言葉が喉をすり抜けたとき、胸がかすかに痛んだ。普通でいるはずだった。
そう思ってたのに、また――見てしまった。
ふと目を上げると、ひばり先輩と目が合っていた。ひばり先輩は、じっと私の顔を見つめていた。その目は、悲しみでも驚きでもなかった。ただ静かに、申し訳なさそうな色を湛えていた。
「……ごめんね」
ひばり先輩が、ぽつりと呟く。
「え……?」
「私……無神経だったかもしれないね。椎名ちゃんのこと、ちゃんと考えないで、勝手に巻き込んじゃってた」
私は首を横に振った。
「ひばり先輩のせいじゃない」
それだけは、ちゃんと伝えたかった。
「私が勝手にここまで来ただけ。……だから、先輩は悪くないよ」
ひばり先輩は、少しだけ目を見開いた。
そして、ゆっくり笑った。
「……椎名ちゃんって、優しいんだね」
ただ、まっすぐな目で、まっすぐにそう言ってくれた。私は返事ができなくて、目をそらした。
でも、心のどこかが少しだけ、ふっとほどけていくのを感じた。
「でもさ」
ひばり先輩が、ふとコヤを見る。
「椎名ちゃんがいなかったら、きっと私はここまで来られなかった。コヤちゃんに出会えたのは、椎名ちゃんのおかげだよ」
コヤはそっぽを向いて、小さく鼻を鳴らす。その横顔には、どこか照れくささのようなものが滲んでいた。
「こんなふうに誰かに見つけられるなんて、ほんとに、久しぶりだった」
ぽつりとこぼれた声は、不器用で、でもどこか弾んでいた。
「ふふ、やっぱり嬉しかったんだ?」
ひばり先輩がからかうように笑うと、コヤは慌てたように目をそらす。
「べ、別に。……ちょっと、だけ」
「はいはい、“ちょっと”ね」
そう言ってひばり先輩が微笑むと、コヤはふんっと小さくそっぽを向いた。
「私はね――」
ひばり先輩の声が、ふんわりとやさしく響いた。まるで、冷えた空気にほんの少し温もりが差し込むように、場の雰囲気がやわらかく変わる。
「すごいと思うよ。椎名ちゃんが“見える”ってこと」
「……」
「だって、誰にも見えないものを見つけて、ちゃんとそこにいる“誰か”と出会えたんだよ?」
私は、思わず息をのんだ。心にふれてくるようなその言葉に、胸が一瞬だけ跳ねた。
「私には見えない。けど、椎名ちゃんには見えた。だから、こうしてコヤちゃんとも会えたんだなって」
「……でも、それって」
私は言いかけて、少しうつむいた。
他の人に見えないものが見えるなんて、やっぱり――
「怖いこと?」
ひばり先輩の声は、そっと寄り添うようだった。
「うん。きっと怖かったよね。誰もわかってくれないままだったら、余計に」
私は、ほんのわずかにうなずいた。その瞬間、胸の奥に張りつめていた何かが、すこしだけ緩んだ気がした。
ひばり先輩が、まっすぐに私を見る。
「私は、椎名ちゃんが見たものを信じるよ」
ひばり先輩は、一瞬だけ視線を落として、小さく息を整えるようにしてから、言葉をつなぐ。
「……たとえ、私には見えなくても」
その声が、まるでひだまりのように、胸の奥に染みていく。
ひばり先輩は、やわらかく笑うと、まるで想いを確かめるように、そっと言葉を続けた。
「その力があったから、今日ここで、みんな出会えたんだって。……私はそう思ってるから」
ひばり先輩の目は、どこまでもやわらかくて――それだけで、胸の奥にあった何かが、少しだけほどけていく気がした。
私は、そっと息をつく。
心のざわめきが消えたわけじゃない。
でも、いま、ここにいる自分を、少しだけ肯定してもいいのかもしれない――
そんな気がしていた。