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一話目。「嫌じゃないはず、なんだけどな。」





 日差しに少しオレンジ色が混じる午後の四時。六限目の体育を終えたばかりの古野富田林高等学校一年弐組の教室は、今日この日に限っていつも以上に騒がしかった。

 着替えを早々に終えて、教室の窓際の自分の席に座り、運動の直後で滲んだ汗を手の甲で拭って、つい溜め息をついた成瀬公音なるせ くおんの表情がどうにも疲れ切っているのは、体育の授業がつらかったから、ではない。

 「超進学校」を標榜し、特に座学に重点を置いたカリキュラムを敷くこの高校の体育の授業など、彼からしてみれば体力的にそれほど苦になるものではないし、球技以外のスポーツはおおむね苦手ではないと言える程度には彼は運動に慣れていた。

 溜め息の直接の要因は、先の授業を振り返って、自分の行動に多少ばかり後悔したからだった。


「──なあなあ成瀬! あのバク転やばいな!?」

「えっと、アノ……」

「──正直お前そんなんできるとか知らんかったわ!」

「そ、それはその……」

「──カッコよすぎやろ公音」

「あ、うん、ありがと……」

「──ちょ、腹筋見してや! 腹筋!」

「イヤ、ま、いいケド……」


 あれだけ目立てばそうなるか……。一度カバンから取り出した炭酸飲料を渇いた喉に流し込もうとして、やっぱりやめて、内心でそう呟いた。

 今日の授業内容は器械体操。球技全般が得意ではない公音にとって、体育とて結局は他と同じく好成績を望めない教科だ。が、多少心得のある体操競技の授業はまさしく貴重な点数の稼ぎどころだった。

 ガサツで自分の成績そのものにあまり頓着しない彼と言えど、小中学校時代に散々見てきた良いとは言えない評価の多い成績表と、それに呆れ切った親の顔はあまり見たいものではない。よって、この授業で手を抜くことはしたくなかった。

 幸い、授業で評価対象に含まれていたマットの技のほとんどは、「まだ」体が覚えていた。それを総動員してなんとか実技テストを満点で終えたのだが、入学してからおよそ一か月半、物静かに教室の端に居るだけに近かいぐらいには地味な存在というイメージが定着し始めていた彼のその行動が、他のクラスメイトたちにとってあまりにも奇妙で、目立ってしまったらしかった。

 その結果、公音はこの時ばかりは喧噪の爆心地となったのだ。

 別に他人からチヤホヤされるのが嫌、というわけではないしむしろ嬉しいとさえ思っているのだが、単にこれまで常に周囲の視界から外れるように生きてきた彼は、こういった状況がとにかく不慣れだった。

 たじたじになりながら答えると、クラスでも特にチャラい……もとい気さくな楠が制服越しに公音の腹に触れて目を丸くした。


「おいコイツ腹筋めっちゃかてえぞ!」


 すると、アンダーシャツに顔を通したばかりの山田が「マジ?」と身長に比例して大きい手をいきなり腹に当てて来て、公音はくすぐったさに思わず身体に力を入れる。


「おーすっげ、マッチョやないかい! セコいわー、それで顔もええとか反則やろぉ!」

「……顔は普通でしょ」

「嘘コケェ、中学絶対モテてたやろ?」

「いや、普通に壁際族でした……」


 分かりやすいお世辞に苦笑して、暑苦しさから視覚だけでも逃れたくて公音は長めの前髪の隙間から周囲を見渡す。どこを見ても陽キャがこっちを向いていた。と、


「てかー、」 

 

 今しがた着替えを終えた上田の爽やかそうな顔が視界に割り込んだ。彼は入学してから初めて公音に話しかけてきたクラスメイトだった。おっとりしていて話しやすい、というのが公音の印象だ。


「ん」

「成瀬くん、めっちゃ身軽やったけど体操選手とかやってるん?」

「ああ、それは……」

『──もう、選手じゃない』


 脳裏に声が過った。悔しさと、落胆と、諦めが滲んで溶け込んだ、自分の声。

 その時一瞬、過去の記憶が喉元をせり上がって脳内に散らばった。

 

 とてつもなく広いアリーナ。

 天井から殴りつけるように降り注ぐ照明の光。

 観客席からチラチラと自分に向けられる憐みのこもった眼差し。

 自分に駆け寄るコーチ。

 足元に投げ入れられた青いマット。

 見上げた先の、さっきまで自分が跳んでいたはずの、丸一年見ていないのに、まだ懐かしさを感じないトランポリンの台。

 選手の待機場所でこちらを見る、琥珀色の瞳。


 そんな目で見ないでよ────。


「──それは……」


 今、自分はどんな顔をしたのだろう。

 事あるごとにフラッシュバックする苦い思い出に喉が絞まって、先程まで芽生え始めていた自信が押しつぶされていく。「選手だった」と言おうとして、躊躇う。


「一時期、ちょっと習ってたんだ」


 目を伏せがちに答えた。その直後、一時的に男子更衣室と化しているこの教室では場違いに高い、しかし誰よりもドスの効いた声が真後ろから飛んできた。


「なーにが『ちょっと習ってた』や」

「えっ」


 慌てて振り返ると、安っぽい金髪のショートボブがそこにあった。だが、公音以上に驚いたのはベルトを締める途中で社会の窓全開の楠と、どこぞのアニメのガキ大将に見た目がそっくりで、まだ上裸だった香月こうつきを始めとする、着替えが終わっていなかった少年たちだ。


「ッオイィ、まだ俺が着替えてる途中でしょーがッ!?」

「キャー(裏声)諏訪山さんのエッチー(棒)!」

「るせェ」

「いってえ!」

 

 一喝とともに長い脚で香月の尻を蹴っ飛ばし、少女は公音の前に回り込む。


「諏訪山さ……いつの間に……?」

「あ? いや、今来たとこやけど」


 なおもキャーキャーわざとらしく騒ぐ楠香月に振り向いて、少女──諏訪山シュウは「オメーらが着替えんのおせェのがわりィんだよ」とダミ声で文句を垂れて鼻を鳴らすと、ふたたび公音の方へ振り返った。校則違反の短いスカートがふわりと少し捲れかける。その奥が見えてしまいそうで、公音は慌てて目を逸らした。

 

「てか、普通に言えばええやん、めちゃくちゃゴリッゴリに選手やったやろが」

「えっ、そうなん」

 

 上田が訊き返す。


「おん、それに体操やなくてトランポリンやろ?」


 シュウは公音の机に腰掛けながらそう言って、彼の肩に手をやった。公音は気まずそうに頷いた。

 どうして見た目からして不良女子の彼女が地味でありふれた影みたいな少年のスポーツ事情を知っているのかというと、彼女は公音と同じ地元で育ち、幼稚園、小学校時代を共に過ごした幼馴染だからだ。ただ、誤魔化すのも誤魔化されるのも嫌いな物事をハッキリさせたい性格で、大した理由もなくあいまいな答え方をする公音が不満で、シュウはつい口を挟んだのだ。


「そう、だね。中二まで」

「テキトー言いおって」

「それは……いや、体操とそんなに大きな違いないかと思って」

「ほえー、トランポリンって何するん?」


 制汗スプレーをかけながら山田が尋ねてきた。


「体操みたいな感じ。専用の台があって、高く跳びながらグルグル回ったりする。……オレはグルン、までしかできなかったけど」

「回れんのかよ、マジすげえ。俺絶対ムリやわ」

「やってみりゃ案外誰でもできるよ。二年ぐらい練習したらオレでもできたんだから、みんなならもっと早くできるようになると思う」

「いや自己評価ひっく」

「オレ、運動得意じゃないからさ」

「嘘つけ、何やあの動き」


 山田がツッコミながら公音の頭に軽くチョップを放った。


「オレは別に全然弱くてさ、だから辞めたんだ」

「そんなシビアなもんなん?」

「同年代の子がみんな強かったんだ。オリンピックとか大真面目に目指せるぐらい」


 公音は頬杖のついでに前髪をさらりと横に流しつつ答えた。山田は「ヤバすぎやろ」と笑ってスプレー缶を振る。顔を少し上げるとシュウがふん、と鼻を鳴らしたのが見えた。


「え、じゃあじゃあさ、」

「おいっ」


 と、楠が山田の制汗スプレーを慣れた手つきで奪い取って公音の机にもたれかかった。


「今度俺にバク転教えてや! いや、まずロンダートか!」

「えっ」

「マサ(楠のこと)、それ返せ」


 シュー。抗議とともに手を伸ばす山田をするりと躱し、スプレーを首元に吹き付けて、楠は言った。

 

「俺やってカッコいい技やってチヤホヤされたいねん」

「待て、お前はアカン!」


 しかし、香月が割り込んできた。ようやくシャツを着たらしい。


「お前をこれ以上モテさせるわけにはいかねー、 まず俺や。な?」


 こっちに振ってきた。どう答えろと。

 答えに迷っていると楠が香月の横腹をひっぱたく。パシィン、と妙に気持ちいい音が教室に響いた。


「香月は腹の形的に無理やろ」

「デリカシー!」

「俺の彼女獲得作戦には成瀬の協力が不可欠やねん、香月には成瀬は渡さんかんな!」

「成瀬巻き込んだるなよ可哀そうやろ! てか、マサそれ俺のやからはよ返せ」

「なあ、次の体育で俺にも教えてや」

「ロマンあるよなー、バク宙とかやりてーよ僕も」

「俺とか側転もできねーんだけど」

「運動不足が」

「ほっとけ」

「いいなー、俺もチヤホヤされたいわー、女子から」

「それなー、風間ちゃんとかかわいいしなあ」


 ぴしゃり。

 一気に人口密度の増した自分の席を立ち、クラスメイトの群れをするする掻き分けて、教室の出入り口の扉を閉めた。話題の発端でありながら、誰にも気づかれずに教室を抜け出せたのは何かの才能ではないだろうか。そう自分を振り返るのも束の間、自分が少し話題がズレるだけで注目されなくなる人間であるだけの話だと思い出して自嘲する。

 廊下に出た公音は、男子どもの着替えが終わるのを談笑しつつ待っているクラスの女子たちの群れを通り抜けて、人通りの少ない隣のクラスの向かいの窓に顔を向けた。

 山の中腹とかいう不便極まりない立地のこの学校だが、特にここ、三階の窓から見える景色は存外綺麗だ。

 眼下には学校から伸びて山を降る一本道、寂れた街並みと、電車の行き交う線路がある。さらにその奥には霧がかって青に染まる山並みが見える。

 フッと何かが眼前をすばやく通り過ぎた。目で追うと一羽のツバメだった。ツバメはそのまま上へ上へ、青空めがけて上昇していって、すぐに校舎を飛び越えて見えなくなった。


「はあ……」


 嫌、じゃないはずなんだけどな。

 明るく和やかな熱気に耐えられなかった、というわけじゃないのは自分でも分かっている。ああして優しくて面白いクラスメイトに囲まれるなんて、ちょっと憧れていたぐらいではあるのだが、それと同時にみんな何かを自分に期待しているんじゃないか、と思ってしまうのが怖かった。そういう勘違いで「また」自分に期待してしまうかも、と思ったのだ。

 だから、逃げた。弱い自分の姿からいよいよ目を逸らせなくなって、これから伸びると言い聞かせてきた自分がバカバカしくなって、トランポリンを辞めたときみたいに。

 ──情けない。

 窓からくるりと身を翻して開け放された窓の隣の壁に背中を預けて、頽れるようにしてしゃがみ込む。入学したての頃は綺麗に見えていた、木の板だった中学とは違う廊下の無機質な白いフローリングの床が意外に傷と汚れだらけであることに今更気付いた。

 不意に、視界のど真ん中に同じ学年を示す紺の上靴を履いた長い脚が映り込んだ。その仁王立ちっぷりで誰なのかはもうわかった。


「こないだも言うた気ィすっけどさァー、」


 頭上から人影といっそ少年みたいな声が降ってくる。諏訪山シュウだ。

 だが、公音は顔を上げようとしなかった。

 しゃがんで俯く自分と、その目の前で仁王立ちしてこちらを見下ろしているシュウ。顔を上げると社会的にというか、人間としてのマナーに背きかねないと、理性があからさまな警鐘を鳴らしていて上を見れなかった。

 

「ホンマ、そんな奴やったっけ、公音って」


 シュウは幼馴染の内心を知ってか知らずか、どちらにせよ全く気にも留めないで続けた。

 ──気にしてくれ、頼むから。少しでいいから恥じらいを持ってくれ、気にしてる自分がバカなのかって思ってしまうから。

 そう言ってやりたい本心をぐっとこらえて公音は違う返答をする。


「こないだも言った気がするけど、」

「ん」


 あえて彼女の言い方を真似た。

 

「小学校の頃と比べないでよ。変わったのはそっちもだろ」


 すると、シュウはケラケラと軽やかに笑った。

 公音からしてみたら、自分の変化などシュウに比べたらとんでもなく些細だ。

 家の小学校の卒業アルバムに載っていたシュウは黒髪ロングのストレートヘアだし、記憶でもこんなドラマかアニメに出てくる女番長みたいなダミ声でも口調でもなかったはずだ。入学式前に「よッ、お久ァ!」とか言って急に肩を組んできたときなんて誰なのか全く分からなくてパニックになったぐらいだ。自分より十センチぐらい背が高いのと、普通に男子の話の輪に入り込んでくるのはあの頃からだけど。


「今じゃこっちのウチのがデフォやぞ? 昔とギャップあってええやろ?」


 そう言ったシュウがくるりと身を翻して自分の姿の変化をアピールしたようだが、あいにく公音には彼女の足元しか見えていない。どうして彼が俯いているのかが分かっていなかったらしい。分かってくれよ。


「……オレも今がデフォだよ、たぶん」


「変わりすぎやろ……小学校までの人懐っこいみんなの弟公音クン、みてェなキャラ思い出すと違和感半端ないわ、ぷーくすくす」

「そんな記憶ないよ」


 嘘だった。正確には、当時の自分の記憶があいまいになっているのいいことに口走った嘘だ。過去の自分の姿が脳裏に蘇る前に上から被せるように答えたら、今度は頭上でゲラゲラ笑われた。


「恥ずかしがっちゃってェ~」

「やめてほしい」

「はいはい」


 はー、とひとしきり笑った余韻を吐き出して、シュウは公音の隣に、彼と同じようにしゃがみ込んだ。


「別にそんなネガるこたァないやろ」

「黒歴史だって思うようにしてるんだ」

 

 公音はようやく顔を少し上げて、彼よりおよそ十センチ高い位置にある彼女の横顔に流し目を送った。クールに微笑むシュウの横顔が見える。気遣ってるときの表情だ、そう思ったとき彼女が習字の払いぐらい鋭い目をこちらに向けて来て、彼は彼女の瞳から逃れるように真反対へ視線を移した。


「トランポリンのことやって、」

「ん」

「もっと普通に言えばええやん、全国出たことあるって」

「えっ」


 シュウと同じだったのは小学校までだ。そして公音が全日本ジュニア選手権に出場したのは中学生の頃の一度だけだ。

 なんで知ってる……?

 

「別に親同士は連絡とってたし、全ッ然聞いとるわ」

「そう、なんだ……」


 シュウは怪訝な表情をした公音の内心を読み取って、先回りしてそう答えた。


「ンなもんで、だいたい知っとる」

「……結果も?」

「途中で落ちたんやろ? 何しとんねん」


 何しとんねん言われましても。

 公音には、あの日の自分はバカだった以外に今更感想なんて出てこない。


「中二のオレに言ってほしい」

「そりゃそうか。……でもさ、予選通って東京まで行って来たんやろ? ウチやったらそんなもん、言いふらしまくりやで? もっと誇れや、大阪大会止まりのウチがバカらしいやろ」


 ちなみに、シュウは三歳から空手をずっと続けている生粋の空手少女で、何なら師持ちだ。師範代持ちだ。

 入学直後から馴れ馴れしく絡んできた上級生を蹴り一発で黙らせたとか、そんな類の噂は公音も聞いたことがある。小学生の頃にケンカしたときも立てないぐらいのボロ雑巾にされた。それから敵に回したくないなとか思ったところだ。

 本人は大阪止まりなどと言うが、数多の空手少女が鎬を削る大阪大会で優勝常連なのが彼女なのだ。

 そんな彼女はきっと空手部に入るのだろう。所詮はガリ勉ばかりだからなのか、高校の公式サイトで実績欄がほぼ空白だった空手部だが、彼女が来れば大幅強化待ったなしだ。彼らが手を叩いて喜ぶのが想像できる。

 そんな彼女と、大阪大会でも実力一本じゃ相手の土俵に上がれず、たまたま振ってきた幸運と相手の被ったアンラッキーが重なってようやく同点を目指せる程度でしかない公音では、まるっきりレベルが違う。

 競技人口の少ないトランポリンは、全国大会へのハードルは確かに他のスポーツより低いのかもしれないが、それゆえに、予選を楽々通過できなかった選手は、そうではない多くの選手に裸で立ち向かわなくちゃいけない。

 公音も、その現実を当時、大会に出る度に目の当たりにしてきた。だから。


「オレには実力なんてなかったんだよ。実力がないまま運よく全日本の予選通過して、自信過剰になって失敗しただけだ。何も誇れないよ」

「ふゥーん……」


 言ってしまって、公音は後悔した。納得したような言いぶりだったが、シュウはあからさまに不機嫌になっていた。


「なあ公音、」

「なに」


 呼ばれたが、振り向けなかった。シュウがどんな目で自分を見ているのか、彼は知りたくなかった。


「浜寺とっくに教室入っとるで」

「えっ」


 慌てて教室の方を見た。さっきまでいたはずのクラスの女子たちがいない。ちなみにシュウの言う浜寺というのは彼らのクラスの担任だ。苗字は倉敷というのだが、少し前に流行った映画に出演していた浜寺という、どこぞのウンパルンパみたいな見た目の俳優にそっくりなせいで浜寺呼びが定着してしまっている。

 ともかく、その担任が教室に入ったということは、すぐにホームルームが始まる、という意味だ。


「ずっと下見やがって、トランポリンも常に上を見るスポーツやろ」

「くははっ」


 シュウの口から出るとは思わなかった急なアニメネタに思わず笑ってしまった。昨日の帰り道で公音がシュウに布教した人気アニメに出てくる一言だった。


「見てくれたんだ、白鳥沢編」

「おう、めちゃくちゃアツい回やったわ」

「そっか、良かったよ」


 そろそろ教室の熱気も覚めた頃だ。

 教室に向かおうと二人は立ち上がる。そのときちょうど二人の前を通り過ぎようとした女子生徒の足が刹那、自分たちを見て戸惑ったように止まるのが視界に映ったが、公音が顔を上げたときにはもうすれ違った後の背中しか見えなくなっていた。

 諏訪山さんに用事でもあったのかな。あとで彼女に伝えておこう、覚えていたらだけど。

 公音はシュウに続いて教室に戻った。





 ──あの人……。


「──フカちゃんどしたの?」

「いや……」


 派手な金髪で長身の少女と黒に近い茶髪で小柄な少年という対照的なコンビが隣の教室に入っていったのをちらと見届けて、少女は肩を叩いてきた中学からの親友のあかりへ振り向いた。


「──その、隣だったんだー、って」


 答えながら、肩まで伸ばした明るい茶髪を耳にかける。


「知り合い?」

「知り合いってわけじゃないんやけど……中学の頃に会ったことがあって」

「あんな背高い人中学にいたっけ……? ちょっと怖いし」


 少女は、あの人に目が行くのはしょうがないな、と隣の教室を見て首を傾げるあかりに苦笑した。


「隣にいた男の子の方。あと、諏訪山さんは一昨日初めて話したんやけど普通にいい人やったよ。面白かった」

「まじか」

「うん、まじまじ」

「へー、でももう一人もあんま覚えてないけど中学で見た感じしないしなあ……んじゃ、あれかな、フカちゃんが出てた大会で会ったとか?」

「……探偵?」

「向いてる? てかそんなん気付けるもんなんや」


 中学時代の記憶を掘り起こしていたところをドンピシャで当ててきた相手に驚いた。


「あの人、そのときの大会で印象に残った子でさ。まあ、本人だったらなんやけどね」


 成瀬くん、って名前だったかな。賢かったんだ……。勉強頑張ったのかな。


「そっか」


 呟いて、もう一度だけ、彼らの残像も残っていないそこへ琥珀色の瞳を向けた。

 ──どうして、あんなに猫背だったんだろう。

 少女はそんなことを思った。

 耳に引っかけた髪の一束がするりと滑り落ちて、色白の頬をくすぐった。


 そうか、あの人、来てくれるかな。






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