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鬼の街の花  作者: Z子
9/9

3:花と小さな変化

 



 それは、小さな変化だった。

 例えば、コップに入れた水の量が十五滴増やされたような。

 例えば、夕焼けの時間に数分過ぎ僅かに色を変えた赤い光のような。

 例えば、大樹に咲いている鈴なりの花の幾つかが茶色く枯れてしまったような。

 それは、きっと、小さな変化だった。













 ヴィーが最近、何かを考えている――――ような気がする。

 先生から出された宿題は文字の書き取りをしていた私は慣れない木の枝の筆記用具と格闘しながらそっと椅子に座ったまま目を伏せているヴィーを窺った。


 ぱちりと目が合う。ヴィーは二度、無表情に瞼を開き伏せ、唐突にその金色の目をこちらに据えた。


「花?」

「――――わたしは、べんきょう、を、します」

「はい」


 首を振ったヴィーにあわせて首を振る。取り上げた筆記用具の名前はララリというらしい。

 落ちているような枯れ枝のように見えるが枝の節々には小指の爪より小さな瘤が幾つかついている。瘤の中には色とりどりの石のようなものがはめ込まれていてきれいだ。すこしだけ魔法の枝みたい。


 でも慣れていない私にはちょっとだけ、使いにくい。枝は腕くらいの長さで、枝の先からにじみ出るインクのような何かは書くものに押し付ければ調整が出来なくてどばどば出てくるので必死になって書かないとテーブルの上がインクのようなものの水溜りになって、それが時間がたつと石になってしまう。色は何だか気紛れに色々な色が出て、赤だったり青だったりピンクだったりオレンジだったり目が痛い。黒いインクが出てくると安心するため最近は黒が出ると変化しないようにララリをなるべく動かさないで書く技術が身についた。


 急いで書きすぎてインクが飛び散って、宿題を終わらせる頃には家の中が色とりどりのインクだった小石だらけ、という事態は早くなんとかしないと。


(う、ぃ、ー)


 書くのはもう一番沢山書いたような気がするヴィーの名前だ。ヴィーが書いてくれた象形文字を一繋がりの波線で表現したようなそのラインはぐねぐねしているその絶妙な曲線が大事らしく、何回書いてもヴィーから優しい笑み、先生からは困ったような笑みしか向けられていない。難しい。


 ララリを押し付けるのはお盆のように丸くて平べったい灰色の石、のように見える何かだ。名前はプエティクソリス、のはず。石に見えて、先生やヴィーが隅っこに爪を立てると紙よりも薄そうな透明な膜がつるんと剥がれて書いた石になった文字がぱらりととれる。


 自分で書いた不自然にがたがたしたヴィーの文字に埋まったプエティクソリスの隙間を見つけては大きく小さくヴィーの文字を付け足す。今日は調子よく、黒い文字が延々と続いている。


 ふとララリを離して、そっとヴィーを窺う。ヴィーはまた目を伏せていた。


(どう、したのかな)


 ヴィーはあまり目を伏せていることがない、ような気がしていた。少なくとも一年とまた少し一緒にいた今まではそうだった。気のせいかもしれないけれど。


 ヴィーには強い目でものを見る癖みたいな習慣みたいな感じがある。特に街の人や先生にはそんな感じがする。目で何かを語るように、じっと何かを見つめていることが多い。金色の目はとてもきれいで、そんなヴィーの行動がよく似合う。


 うっかり、していた。


「ぴゃ!」


 手が冷たいのに気付いて視線を落とした私は自分の手とプエティクソリスが鮮やかな銀色に染まっているのに気付いて変な声を上げてしまった。ヴィーがかたりと身動きする音が聞こえた。


 いつの間にかララリの先がプエティクソリスについていたらしい。黒かったインクは色を変え、灰色の石を染め上げていた。


 たまに出てくる銀色のインクは、苦手だ。銀色の水溜りにぷかぷかとヴィーの文字が浮かんでいる。テーブルにインクが零れないのはプエティクソリスの効果か何かなのだろうか。


「花」


 ヴィーの強い声。慌てて、……どうしていいのか分からずララリを不自然に持ち上げた体勢のまま固まってしまった私はヴィーに視線を向ける。ヴィーはじっとこちらを見た後、中途半端な姿勢で固まった私を見て溜め息を吐いた。


「花、筆杖(ララリ)は、必要ありません」


 必要ない、わけではないだろうからきっと一度置けということかな。恐る恐るララリをいつも置いている綿の塊のようなものにララリを刺した。握りこぶしほどの大きさの塊なのに刺さるとララリをどんどん飲み込んで結局ララリは鉄片の指一本の長さを残して綿のような塊に埋まった。


 体がふわりとういた。


 近くで見えたヴィーの顔に、急激に申し訳なさがこみ上げてくる。……ああ、今日も迷惑をかけてしまった。いまのところ、ヴィーに迷惑をかけるのは一日に一回から三回。今日は私の気付いた範囲では一回も迷惑をかけてなかったのに。


 ヴィーの金色の目が相変わらず、ふわりと緩んだ。


「花、筆杖を、おとします」

「ありぃがとございます」


 ヴィーは私を片手で持ち上げたまま、私の腕を取った。腕の辺りまで浸った銀色のインクはすでに乾きかけていて、ヴィーが肘から指の先までをゆるく握るように一回なでると崩れて小石になって綺麗にぱらぱらと落ちた。


 先生もそうだけれど、ヴィーもどうすればこんな綺麗にインクをはがすことが出来るのだろうか。


「ぅ?」


 そう思いかけてふと気付く。ヴィーが眉を顰めた。


 手首の内側に、何だか不思議な形になたインクの乾いたものが残っていた。ヴィーがインクを剥がせなかったことが珍しい。銀色の、目の形のようなそのインクを指で摘む。ぽろりととれたその目の形のようなインクの塊を握るよりも早く、ヴィーがそのインクを摘んで――――握りつぶした。


「?」


 首をかしげるのと同時に、ヴィーが何かを言ったような気がした。


「       、」

「ヴィー?」


 ヴィーの金色の目が、ふわりと滲む。そして目が隠れて額に感じる小さな柔らかい温もり。額を指で触れれば、ヴィーの金色の目と目が合った。あまい声がやさしい。


「花、勉強は、終わりましたか」

「わたしは、勉強を、します」

「勉強は、終わりました」

「……はい」


 とりあえず、今日はこれで終わりということだろう。

 銀色の小石が部屋中に散らばった床におろされて、私は頷いた。










 



 それは、小さな変化だった。

 例えば、コップに入れた水の量が十五滴増やされたような。

 例えば、夕焼けの時間に数分過ぎ僅かに色を変えた赤い光のような。

 例えば、大樹に咲いている鈴なりの花の幾つかが吹き飛ばされたような。


 けれども、それは誰かであったら気付き得る、変化だった。

 例えば、研究者は試験管に十五滴水が増えれば気付いたかもしれない。

 例えば、写真家はほんの僅かに色を変えた夕焼けに気付いたかもしれない。

 例えば、庭師はたった数個の花が枯れていることに気付いたかもしれない。


 それは、小さな変化だった。

 けれども確かな、変化だった。



 

 


 話の展開の本格始動。






 覚書


 筆杖

 筆記用具。見た目は枝。

 魔法の杖みたい(花談)。


 プエティクソリス

 お盆のような灰色の石。


 

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