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鬼の街の花  作者: Z子
3/9

1++:舞台裏の戯言

 



 現在、鬼の間で専ら、そして空前絶後の勢いで流行していることがある。




 長に命じられ始まったその遊びは、やってみればなかなかどうして飽きが来ない。

 変化には富んでいるし、何しろこれが一筋縄ではいかず難しい。そして何より、鬼が愛さでいられないとても珍しく愛らしい生き物がこれにより喜ぶ。


 近年、人間や動物を壊すにも方法をやりつくした感があり、かといって代替になり得そうな娯楽もなく、些か生きることに食傷気味になっていた鬼たちは長の示した「それ」に飛びつき、あっという間に夢中になった。


 大陸の果てを切り開き、姿を変え、集まり、毎日定められた役割を演じる。これが演劇ならば観客はたった一人だけ――――長の寵愛深い人の子どもの、そのために、彼らは嬉々として日常を作り上げるのだ。


 彼らは「それ」を、人間ごっこと呼ぶ。











『全く、人というのは如何にも興味深い』


 口も動かさず小さく嘲笑ったのは花がよく行く菓子屋の熊親父、もといウーの古馴染みカルヴァの言葉である。ウーが何かを言うより先にカルヴァはさっさと普段通り焼きたて(・・・・)の菓子を二つ紙に包んだ。


「貴様誰に向かって物を言っている」

「なぁに! お嬢ちゃんのことじゃあねぇ。帝国のことさな!」


 お嬢ちゃん、という言葉に反応したらしい小さな頭がふわりと動いて黒い目がカルヴァを見据えた。その透明な黒さに今日も今日とて陶然と見蕩れながら、カルヴァは表情を取り繕い人間の間では一般に気さくと呼ばれる類の笑みを浮かべ、細い首を傾けた子どもに紙包みを手渡した。


 純度の高い黒の色彩を双眸と髪に受ける。それは鬼の間でも極めて珍しいことである。カルヴァの原型ですら右目の黒しか持たない。ウーですら髪の黒(これでも十分珍しい類だが)に留まり目は金だ。


 黒きものに酔う体質の鬼にとって見れば子どもの姿かたちだけで十分、加護し愛でるに足る存在だ。


 子どもはカルヴァの笑顔に表情をへにゃりと和らげる。愛らしいそれを笑いながら、カルヴァは確かに隣に立つ男の相好が一瞬崩壊したのを横目で確認した。気色が悪いが、笑うには十分だ。


「あぃがーと、ごじゃ、ぅ」


 頭を下げて言われた言葉は一瞬、何を言われたのか分からなくなりそうなそれだが、この街の住民は全員「謝礼」の仕草であり言葉であることを知っていた。


 愛らしいそれに、今度こそ噴出しながらカルヴァはその黒い髪に手を差し入れた。


「はははっ相も変わらず稚い! 君に、幸多かれ!」


 今日も今日とて授けた加護を子どもは受けて、頭をぐらぐらと揺らす。


(普段通り、全く大した吸収性だ)


 今まで幾度となくあらゆる鬼から授けられた加護。普通、神官であっても大きい呪力に破裂してしまいかねないそれを子どもはあっさり飲み込んだ。そして今日も今日とて変化がない。呪力が何処に行ったのか、加護を与える回数が二桁超えたカルヴァは興味深げに花を眺めるが判明するより早く、ウーに叩きつけるように金属片を渡される。


「不快だ、そろそろお前も食らってしまうか」

『それは失礼を』


 一体どうなっているのか、謎は解明されそうもない。威嚇にもならない宣言に、大きく声を立てて笑いながらウーに片目を瞑って見せたカルヴァは再び口を動かさず囁いた。


『何やらきな臭いと思えば、人がまた可笑しな事を成している様子』


 紙袋に気を取られた子どもから視線を離した金色の無感動な一瞥を受けカルヴァは口端ではんなりと微笑む。


『後程、詳しくご報告申し上げたい。“我が家”でお待ち申し上げておりますよ、長殿』


 ウーは一瞥もせず、身を屈めると顔を蕩けさせて子どもに微笑んだ。突然の仕草に目を瞬く子どもは首をかしげる。


「ウー」

(ハゥナ)、どうぞ」


(何が「どうぞ」なのだかね)


 素直に抱きついた子どもを持ち上げ、さっさと踵を返したウーに苦笑しつつカルヴァは腕を組んで壁に寄りかかり、去っていく背中を眺めた。


『首を洗って待っていろ』


 最後に視線すら寄越さずに命じられた言葉は、恐らく彼の腕の中の子ども以外のこの街の住民に聞こえただろう。ウーの背中が遠ざかるにつれ、その辺りで賑わいを演出していた輩がそれぞれ何事もなかったかのように撤収作業を始めた。突然音を奪われたような静寂が満ちる通りでは、代わりに音のない囁きが弾けた。


『嗚呼、全く相変わらず素敵な漆黒だことよな!』

『あの見事な漆黒を見ずに一日果てるなど耐えられぬわ』

『愛らしい、見たかね貴兄! 長殿のあの顔を!』

『応とも! まったく、腹が捩れるかと思ったさ』


 老若男女、先ほどまでの顔中で表現していた感情や賑やかさが一気に抜け落ち、口元を緩め笑い合っている。


 先ほどまでその辺りを走り回っていた子供達は悠然と立ち止まり肩を竦め囁きを交わし、杖を突きながらよろよろと歩いていた老爺は背を伸ばし微笑む。声を張り上げ果実を売りさばいていた中年女は手を一振りし屋台を片付け、道端に敷布を広げ色鮮やかな飾り紐を縒っていた青年は立ち上がり手を叩き道具をしまう。


『貴兄のあの言葉、“帝国帝王から掠め取った一品”あれはなかろうよ!』

『そうかね、否、我ながら的確な文句だと自讃しておったのだが』

『もし寵児が聞き取れていたら貴兄、長殿に何をされるか!』


 カルヴァも笑いながら、屋台を一撫でし空間を片すとやかましく騒ぎ立てる同胞に呼びかけた。


『さて、長殿が何時いらっしゃるかも分からぬ。詮なき話は“我が家”で』


 弾けるような笑い声が幾つも響く。


『それはいい! 是非とも“お邪魔”しようでないか』

『そうさな、貴殿の“奥方”にもご挨拶せねば!』


 おうおうと、同意をし彼らはカルヴァの傍らの建物の扉を次々潜っていく。小さな家にどう考えても入りきらない人々が飲み込まれ、最後の一人が中に入ると通りは閑散とした静寂と空虚に包まれた。扉を押さえていたカルヴァは表情を変えず無精髭の生えた厳しいその顔をつるりと撫で口端で笑みを刻むと身を翻す。真暗に口をあけたその中は、闇ばかりで人の姿どころか家具や天上、床も壁も見えない。カルヴァの姿もあっという間に暗闇にとけ、支える手を失った扉が閉まる。


 通りには、扉が軋む音だけが響いて消えた。











 長に命じられ、鬼たちはまず大陸の果てを切り開いて空間を作った。


 まず、鬼たちは命じられるまま喧々囂々とやりあいながら山を削り、肥沃な土を生み、水を流し、それを海に繋げた。そして土の半分に密集した幾つもの素朴ながら趣ある建築物を作り、もう半分を更に富んだ土として畑とし、その周囲をぐるりと囲うように森を植えた。そして浚ってきた何百もの動物の大半を森に放ち、残った一握りを家畜にした。


 次に、面白そうな出来事に興味をそそられ、いつの間にやら大所帯となった鬼たちは侃侃諤諤頭を突き合わせ、役割を作り割り振っていた。大きいの、小さいの、オス、メス、新しいの、古いのを沢山の種類にわけ更にいくつかの小さな集団を作った。その集団にも役割をつけ、物語を考え、様々な設定をつけた。ついでに呼称もそれぞれ付け合った。


 最後にすっかり乗り気になったほとんど全集合に近い数の鬼たちは、仕上げとしてこの地に名前をつけた。そしてすっかり整ったこの地を舞台に、人間ごっこをはじめたのである。


 ――――鬼街。


 聖女を降ろした帝国人たちをはじめとする人間はしらない。急に騒動を起こさなくなった鬼たちがどこで、何をしているのか。


 そして大陸の果ての鬼街に住む唯一の人間は、自分が過ごしている街が何なのか、未だ知らずに日常を過ごしている。



 

 

 覚書


 カルヴァ

 菓子屋の親父。


 

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