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鬼の街の花  作者: Z子
1/9

1:花としあわせ

 



 しあわせだなぁ、と思う。

 だけど私は未だにそれをこちらの言葉でなんというのか知らない。










 この街は毎日ひとであふれている。




 今日はお休みらしい彼――ウーと二人で買い物。手を繋いで街中を歩く。こちらでも群を抜いて大きい彼と、こちらではちょっと普通じゃないほど小さい私は手を繋ぐととてもちぐはぐだ。手を握れば握り返してくれる。向けられた気遣わしげな視線に首を振って前を向く。優しい反応が返ってくるのを試す自分に、笑ってしまった。


(あまえたになったなぁ)


 ウーの反対側の手が持っている布袋には、買ったものが詰め込まれている。私の仕事の材料であるとか、足りなくなった調味料だとか、きれいな果物だとか。私の手にある小さな巾着にはウーが選んだ小さなかんざしにも似た髪飾りしか入っていない。


 こちらにきてからの私は、随分ウーにあまえている。おとうさんにもおにいちゃんにも、あちらではここまであまえていなかった気がする。


(ハゥナ)


 手を揺らされて我に返れば、ウーが甘く笑ってこっちを見ている。宝石みたいな金色の目がきらきらと光っていて、それが眩しくて目を細めた。


「花。おやつを、たべませんか?」


 ウーは単語を区切ってゆったりと喋りながら、甘い匂いを漂わせる屋台を示す。首を左右に振りかけて、頷いた。


「はい」

「いくつ、たべますか?」

「ひとつ、ほしいです」

「ひとつでいいですか?」

「はい」


 不自然に形式ばった会話は未だナチュラルには程遠い私の言語能力をよく知っているウーの親切だ。先生にはもっと難しい言葉を使うように言われているけれど、あまいウーは私にもたやすく理解が出来る言葉しか使わない。こんなところも、あまえている。


「       」

「  ! 、!!」


 屋台に近づいて話すウーと店主の言葉は早すぎてとてもではないけれど聞き取れない。どうやら単語自体が未だ習っていないものらしく、聞き取れたのは店主の「アンナ」、つまりお嬢ちゃんという呼びかけだった。首を傾げつつも、大きく身をかがめて笑いかけてくれるその熊のようなおじさんにへらりと笑み返して渡された温かい包みを受け取った。


「あぃがーと、ごじゃ、ぅ」

「    、! あふれるしあわせを!」


 何か喋って豪快に笑った後、店主は私にも聞き取れる分かりやすい別れの言葉を告げて頭を乱暴に撫でる。ぐらぐらとぶれた視界で、慌ててウーにしがみついた。


「、      」


 ウーが低い声で店主に何かを言ってお金を渡す。店主はまた大きな声で笑ってウーにウィンクした。


「ウー」

「花、どうぞ」


 身をかがめて両手を伸ばしたウーの意図は分かっている。ちいちゃいこに父親がやる格好。素直に腕を伸ばして首にしがみついた。視界が揺れて、浮き上がる感覚。腰にまわされた腕の感覚がくすぐったい。


「つかれましたか?」


 優しい声に、落とされた小さな、あまい笑顔。そのきれいな笑顔に反射的に頷けば、ウーは意気揚々と(というのも適切ではないかもしれないけれど、それしか単語が浮かばない)私を抱えたまま踵を返し、来た道を辿り始める。どうやら今日の散歩はこれでおしまいらしい。


「いえにかえったあと、それをたべませんか」

「はい」


 特に否やはない、頷いてその肩に頭を寄せた。温かい。この温かさに触れると、私は反射的に安らいでしまう。


 来たときとは倍くらい違うスピードで家路を辿る。高い視界はウーの世界だ。


 まだまだ続く岐路を眺めて小さく息を吐いた。正直、私にしてみれば往路だけで結構な距離。隠していたはずの疲れは見抜かれていたらしい。


(……あまえてるなぁ)


 例えば、この抱えられて帰るということ。私だってそろそろ十五歳?くらいにはなるのだから羞恥心とか自尊心みたいなのはある。そうでなくとも、こちらでは私は酷く幼く見えてしまうようだからそれなりには見られたいという感覚だってある。でも、それを拒めないほど心地よかった。


 ウーのそのあまやかしはあまりにもあからさまだから。

 あまえやすくて、あまえにくい。


「花、ねむりますか?」

「いいえ、ウー」


 やさしいことば。

 あまいことば。

 あたたかいことば。


「つぎは、ふくをかいますか?」


 何もかもを持っているウーは簡単に私に与える。湯水のように与えられるやさしさ、あまさ、ぬくもりに、そのうち溺れて死にそうだ。


「いいえ」


 いいえ、ウー。首を振って目を瞑った。


(今日も、一緒に歩いて帰ってこれなかったなぁ)


 頭の中で数を数える。家には日記帳。昨日でちょうど、三百六十四ページ目が埋まった。それを思い返して、意味のない記号が一周したことを思い出す。


「花、あとすこしでいえです。ねてください」

「――――」

「花?」


 静かな一定の振動を感じる。周囲のざわめきや、笑い声、怒声。テトが焼ける香ばしい匂いと、おんなのひとの練り香のくらくらする匂い。土ぼこりのかおり。


 小さく落ちた笑う吐息。優しく額に触れたくちづけの感触が遠ざかる。


 意識がゆれて滲む。落ち着く鼓動に耳を澄ませば、現実と夢が溶けて混じって。


(きょうで、いちねん)


 こちらにきて一年間、離れたあちらを思い起こす。ちっとも成長していないあまえたな自分と、あまやかしすぎるウーと、やさしい周囲も同時に浮かんだ。少しだけ、ほんの少しだけ、悲しくなった。


 私がこちらにきて、あちらの単位を基準に、今日でちょうど、一年過ぎた。












 後に知った事実として、このとき、この街から最も近い帝都の中心で騒ぎが起こっていたのかと思うと、何だか不思議な気分になる。


 私がかれらにしあわせの言葉一つ伝えられないこの瞬間に、大陸の覇者が住まう帝都ルヴィリシュルツには、帝王妃となるべくして「異世界から召喚された聖女」が目を開いていた、なんて私は一生知ることのない事実だろう。



 

 

 覚書


 花

 主人公。異世界召喚された。

 ちまい童顔。現在言語訓練中。


 ウー(仮名)

 花の面倒を見ている大男。金目。

 


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