第九十三話 「偏屈な錬金術師」
気を取り直してラドランの散策に戻る。
ラドランの街並みは、相変わらず俺の頭を混乱させる。
道が入り組んでいて、何度曲がっても同じような建物ばかりが視界に入る。
「……くそ、どこだよ」
言い忘れていたが、目的地はとある古代魔術を研究する偏屈なじいさんの家。
ゲーム正史では四年後、エミルはこの街でそのじいさんから魔術を学び、古代魔術の再現技術を手に入れることになる。
その技術を学ぶことで、俺も大陸間の移動手段を得られるかもしれない。
だからこそ、俺はわざわざこの警備の厳しい街に立ち寄ったというワケだ。
ゲームでは、エミルが「煙の量が段違い」だと言っていた。
つまり、周囲の建物よりも明らかに燃やしてる家を探せばいいはず。
俺は視線を上げ、遠くの煙突を見渡す。
いくつかの家から白い煙が立ち上っているが、その中でもひときわ異常な量の煙を吐き出している建物があった。
「あれか……?」
ようやく目星をつけ、俺はそちらへと足を向けた。
---
目的の建物は、古びたレンガ造りの家だった。
見たところ、普通の住居よりも一回り大きい。
しかし、問題なのは煙突の煙だけではなかった。
なんか、壁が焦げてる。
玄関のドアもボロボロ。
家全体から、妙な薬品臭が漂っている。
……まぁ、間違いなくここだな。
ゲームと同じだ。
エミルが訪れるのは四年後だが、今でもここまでボロボロだとは……。
俺は慎重にドアの前に立ち、ノックする。
「あのー、すみませーん」
バァンッッ!!!
「帰ったか息子よぉぉぉぉ!!!」
「ぐぉおッ!?」
──突如として、俺の目の前の扉が爆裂した。
いや、正確には"内側から蹴破られた"。
吹っ飛んできたドアと共に、俺は地面に叩きつけられた。
そして、そのドアの上にジジィが乗った。
肺の中の空気がすべて抜ける。
こ、このジジィ……!
「お前に冒険者なんぞ向いとらん!! ここで私と一緒に古代魔術の研究を手伝うのだ!!!」
俺を踏みつけたまま、白髪の長髪を振り乱した老人が叫ぶ。
俺の存在に気づいていないのか、一人で盛り上がっている。
「帰ってきたが最後!この新たな錬金術で得た魔術でお前を繋ぎとめて──」
と、そこでようやく気づいたようだ。
「……ん? いない……?」
いるよ。
お前の足元に。
「……聞き違いか。帰ろ」
帰るな!!
「おい!!」
ジジイがようやくドアの上から降りたのと同時に俺が怒鳴ると、彼は驚愕した顔でこちらを見る。
「なっ、なんじゃお前は!?」
「なんじゃはこっちのセリフだ!!」
俺はジジィの顔面に、破壊されたドアの一部を投げつけた。
「グボォッ!!」
見事に直撃し、ジジィは後方に吹っ飛ぶ。
──この爺さん、こんなキャラだったっけ?
いや、間違いない。こいつが『錬金術師・ブリーノ』だ。
---
俺は伸びたジジィに治癒魔術をかけ、事情を説明することにした。
家の中へ入ると、そこはまるで異世界の図書館だった。
壁一面が本棚で埋め尽くされ、天井まで届くような書物の山。
部屋の中央には、溝が掘られた巨大な魔法陣が刻まれている。
錬金術用の資材や薬品の瓶が雑然と置かれ、まるで研究所だ。
「ワシの名はブリーノ。で、おぬしは?」
「フェイクラント……」
ブリーノは偉そうに腕を組み、木の脚立に座る。
本棚の本を取るための脚立が椅子になっている時点で、こいつの生活スタイルがわかる気がする。
「ふむ、フェイクラント。ワシに何の用だ?」
「あぁ、それなんだけど──」
俺は荷物を床に降ろす。
その瞬間。
ブリーノの目が鋭く光った。
「むっ!?」
「え?」
彼は目にも止まらぬ速さで脚立から飛び降り、俺のリュックに手を突っ込む。
「ちょっ!? おい!!」
抵抗する暇もなく、ブリーノはリュックの中を漁り、マルタローの首根っこを掴んで引きずり出した。
「わふ~~!!」
「ま、待ってくれ!! それは違くて!!」
ヤバい!!
この町で魔物を持ち込んだことがバレたら、俺はアウトだ!!
俺は慌ててマルタローを奪い返し、後ろに隠す。
「ちょ、こいつはその……深いワケがあってさ……!!」
必死に言い訳しようとするが、何も思いつかない。
だが、ブリーノは先ほどの偏屈な態度とは打って変わって、神妙な顔つきになっていた。
「そのプレーリーハウンドをどこで手に入れた?」
「えっ?」
突然の質問に、俺は言葉を失う。
「……な、なんでそんなこと言わなきゃならないんだよ」
ブリーノはしばし黙り込み、何かを考えているようだった。
──そして、静かに呟いた。
「……サイファー、か?」
「……ッ!?」
俺の全身が、凍りついた。
サイファーを知っているのか……?
「当たりか?」
「……いや……サイファーからもらったわけじゃないけど……なんでそんなことわかるんだよ」
「ふむ、だがサイファーは知っているのか。レイアは?」
「知ってる……元気に暮らしてると思う……しばらく会ってないけど……」
俺がそう答えると、ブリーノは顎に手を当て、何やら「なるほど……」とか「アイツが絡んでいるとなると……」とか小声でブツブツと呟き始めた。
独り言のような、思考の整理のような、そんな低く渋い声が室内に響く。
その目は遠くを見据えるようにわずかに細められ、まるで過去を振り返っているかのようだった。
(……なんなんだ、このジジイ)
サイファーはSランクの魔物使いだ。
ただの町人が彼の名前を知っているならともかく、こうも意味深に呟かれると、どうにも気になってしまう。
古い知り合いなのか、それとも別の関係か──
だが、より不可解なのは、その推理の精度だった。
マルタローには悪いが、プレーリーハウンドなんて世間一般的にはただの雑魚魔物だ。
珍しい魔物ならともかく、マルタローを見ただけで「サイファーの関係者か?」と推測してくるあたり、ただの偏屈な錬金術師ではない。
俺は無意識のうちに、リュックの中に隠したマルタローを庇うように手を置いた。
敵意は感じないが、どこか気味が悪い。
考えを巡らせていると、ブリーノが急にパチンと手を叩き、俺を見た。
「で、お前さん、ワシに何の用じゃったかな?」
「あ、あぁ……それなんだけど……」
マルタローを引っ張り出された時は心臓が止まりそうになったが、どうやらこの爺さんは街のルールには頓着しないタイプらしい。
少なくとも、俺を告発しようとはしていない。
俺は改めて気を取り直し、旅の目的を説明した。
「俺は"転移魔術"に興味があってさ。最近、古代魔術を研究してる変人がいるって話を聞いて、気になって来てみたんだよ」
「……あくまで極秘に活動を続けておったが、どうやって漏れたのじゃろうか……」
(いや、こんなに煙を吐き出してたらそりゃバレるだろ)
俺は心の中でツッコミを入れた。
門番に聞いた時も、「あぁ、魔術かはわかりませんが、研究っぽいことをしている人はいますね。ずっと引きこもってますが」なんて返答があったくらいだ。
そもそも、研究所の周囲だけ異常なまでに壁が焦げている時点で、秘密の研究ってレベルじゃない。
ちなみにブリーノは四年後、エミルの協力を得て古代魔術である"転移魔術"を復活させる。
エミルはその魔術を覚えてから、世界中をお手軽に瞬間移動できるようになるわけだ。
現代でも転移のスクロールは存在するが、あれはかなり制限付きのようなもので、俺もプレーリーで使ったことがあるが、目的地から数キロ圏内程度でないと使えない。
錬金術が何なのか詳しいことはスキップしてしまったが、俺も彼の手伝いをすれば覚えられるかもしれないと踏んだのだ。
「ま、まぁもしかしたらここじゃないかなー……なんて思ってよ。錬金術で古代魔術復活なんて、な、なんかロマンあるし」
軽く嘘を交えながらそう答える俺に、ブリーノはビシッと指を突きつけてきた。
「お前さん、目の付け所がいいな!! そうじゃ、このワシこそ、錬金術師・ブリーノ博士なのじゃ!!」
「お、おう……」
なんか一人で盛り上がっている。
だが、ここは適当に乗っておいた方が話が進みそうだ。
「お、覚えたいな~……古代魔術……」
「よかろう!! ワシの手伝いをしてくれれば、漏れなく古代魔術を覚えられるぞ!!」
目を輝かせながら、ブリーノは俺の肩をがしっと掴んだ。
その力強さに少し驚く。
ただの老人ではないとは思っていたが、この爺さん、思ったより元気すぎる。
俺は少しだけ間を置いて、肝心の疑問をぶつける。
「転移魔術を復活させようとしてるんだよな? 今はどれくらい進行しているんだ?」
ブリーノはふっと鼻を鳴らし、やたらとカッコつけたポーズを取る。
そして、満を持して──
「な~~んもわかっとらん!! あるのは"転移魔術があった"という事実だけじゃ!!」
「……」
あと素材が足りないだけ。とかじゃないのか……。
じゃあ、あんまり意味ないな。
「……帰ろ」
俺は深々とため息をつくと、その場を立ち去ろうとした。
だが。
「ちょちょちょちょちょちょちょ待て!!」
ブリーノが俺のズボンをがっしりと掴んだまま、床をズルズルと引きずられてくる。
俺はため息をつきながらも、もう一度だけ足を止める。
すると──
「な、何もワシは古代魔術の錬金術師だけではなく、一流の魔術師でもあるのじゃ……!! それは即ち、魔術師に弟子入りするのと同義なんじゃよ!! お前さんはアホそうじゃから中級魔術まで使えんじゃろ? 何ならそれも教えちゃう特典付き!!」
俺の顔すれすれまで近寄りながら、やたらと鼻息を荒げてくる。
「ち、ちけぇよ……!」
なんか、口臭が微かに薬品臭い。
いや、というか鼻臭か。
しかしこのジジイ、圧が強すぎる……。
思わず後ずさりたくなるが、ここまでお願いされるとどうにも断りづらい。
魔術の知識は、確かに俺にとって有益だ。
クリスに教えてもらった時は初級魔術ですら躓いていたが、今度はやれるだろうか。
いつからか、思っていた。
クリスみたいな魔術師になれたらなって。
俺はもう一度深呼吸し、腹を括った。
「……わかったよ。やるよ」
「うむ!! よきかな、よきかな!!」
ブリーノは満面の笑みで俺の肩をバンバンと叩く。
自分で訪れといてなんだが、とんでもないものに巻き込まれた気もしなくもない。
……まぁ、仕方ないか。