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第九十二話 「迷宮街ラドラン」

 槍を構えたまま俺を見下ろしているのは、怖い方の門番──先ほど俺を荷物検査しようとした男だった。

 その険しい表情には、"怒り" と "呆れ" が混じっている。


「なんで、逃がした……?」


 低く絞り出された言葉に、俺は眉をひそめる。

 ……ゴブリンたちを殺さなかったことが気に食わなかった、ってことか?


「お、おい……やめろ」


 もう一人の門番──優しそうな方の男が慌てて間に入る。

 彼は俺に手を差し伸べると、申し訳なさそうに微笑んだ。


「すみません。大丈夫ですか?」

「……あ、はい」


 俺はその手を借り、ゆっくりと立ち上がる。

 その間も、怖い方の門番はじっと俺を睨みつけていた。


「魔物を退けてくれてありがとうございます」

「い、いえ……」


 門番は俺の顔を見て、ふと表情を曇らせる。


「顔に血が……手当もしますので」

「あぁ、大丈夫です。治癒魔術でなんとかなりますので……」


 俺がそう言うと、彼は安心したように頷く。

 しかし、その間ももう一人の門番はまだ俺を疑うような目で見ていた。


「荷物の中を見せろ!」


 ついに彼が再び詰め寄ってくる。

 俺は思わずリュックを抱え直すが、当然、マルタローが中にいる。

 見られたら一発アウトだ。


「おい、もういいだろ!」


 優しい方の門番が、呆れたようにため息をつきながら怖い方を制する。


「彼は信頼できる人だよ」

「けどコイツ……」

「お前は最近苛立ちすぎだ」


 優しい門番の一言に、怖い門番はギリッと奥歯を噛み締める。

 だが、それ以上は何も言わず、渋々と槍を下ろした。


「……ちっ」


 苛立ちを隠さず舌打ちし、彼は門の方へと歩いていく。

 俺は心の中で小さく息をつく。

 危なかった……。


「本当にすみません……。実は、最近彼の恋人が魔物に襲われたんです」

「……なるほど」


 優しい門番が小声で謝ってきた。

 俺の視線が、門の向こうへと向かう。


 彼が苛立っていた理由──それは、単なる偏見ではなく、"実際に大切な人を魔物に襲われた" という過去があったからだったのか。


「ケガはなかったんですが、何故か眠りについたまま意識が戻らなくて……それで」

「眠っている……ということは、グライオス……とかですか?」

「えぇ。本来ならそんなに強くない毒素のはずですが、どうにも大量に吸い込んでしまったらしく……」


 グライオス。

 魔物の中でも特殊な睡眠毒を持つ生物で、相手を"睡眠状態" に閉じ込める厄介な能力を持つ。

 マルタローも食らっていたが、本来なら割と時間経過で目覚めるはずだ。

 

 相当な量の毒を食らったのだろう……。

 だが、なるほど、それで彼は魔物に対して過敏になっていたのか……。


 納得はした。

 だが、それでも殴るのは八つ当たりだろう。


「ところで、この町には何をしに? お詫びになるかはわかりませんが、僕にできることがあれば何でも言ってください」

「……実は、人を探しています」

「でしたら、案内しますよ。ラドランは少し……いや、かなり入り組んでいますので」



---



 迷宮街ラドランにて。


 改めて、ラドランの街を眺める。

 ゲームで見た通りの光景──そして、セリエスさんが言っていた通りの複雑すぎる街並み がそこには広がっていた。


 門番が指差した先を目で追うが、既に道がいくつにも分岐している。

 まるで、"俺の侵入を阻害するための構造" にも見えるほど、迷宮じみていた。


「お探しの人の家は、この道を進み、突き当りを右に曲がって階段をのぼって、その先に小さい橋があるので渡っていただき、4番目の小道を左に逸れた先に階段があるので、そちらを降りていただくと……」

「えっと……え……?」


 門番の説明が情報量過多すぎて、俺の脳がオーバーヒートする。


「わ、わかりました」


 とりあえず適当に相槌を打っておく。

 実際のところ、何もわかっていないが、何度聞いても理解できる気がしなかった。


 礼を言って門番と別れ、俺は歩き出した。


「ええと……たしか、登って……いや、なんでまた降りるんだ?」


 道を進みながら、脳内で必死にルートを組み立てようとするが、全く整理が追いつかない。


 街の人たちは特に歩みを止めることなく平気な顔をして歩いている。

 正直こんな迷路みたいな町に住んでいて困ることは無いのかと疑問に思ったが、住めば都とでもいうのだろうか。


 そんな中──ふと、耳に泣き声が届いた。


「えーん、えーん。ここどこぉ……」


 道の端に目をやると、冒険者風の女の子が、涙目になって座り込んでいた。

 どうやら迷子らしい。


 申し訳ないが、俺自身が迷っているのに他人を助けられる余裕はない。

 彼女を見なかったことにしつつ、俺はさらに歩みを進める。



---



 しばらく歩くと、突然、後ろから声をかけられた。


「そこのあなた、少しいいですか?」

「ん?」


 振り返ると、三人の男たちが立っていた。

 イザール神父のような、まさに西洋の神に仕える者が纏うような服装。

 ただ──その顔には、どこか不自然な笑顔が貼りついていた。


 そして、一団の先頭にいた男が、俺を見るなり驚きの表情を浮かべる。


「おや、これは驚きました。あなたから発せられるのは、まさに"王"たる器の覇気」

「はぁ?」


 男は恍惚とした表情を浮かべ、ぐいっと俺に歩み寄る。


「私には見えます。あなたにはそれほどの力を持っていながら、魔物や恋人によって悲憤した人生を歩んでいる姿が……もしよければ、お話をしませんか?」


 反射的に、俺は半歩ほど身を引く。

 しかし、それでも男は歩み寄るのをやめようとしない。

 まるで俺が後ずさるのを確信していたかのように、自然な流れで距離を詰めてくる。


「ちょ、なんなんですか、いきなり」

「申し遅れました」


 男は優雅に一礼し、両手を広げた。

 まるで説教を始める神父のような、芝居がかった所作だった。


「私は、この闇の時代において、信じる者だけを導く聖なる教えの伝道者……《アルス・マグナ教団》の者です」


 その瞬間、俺は悟った。

 これはダメだ。絶対に関わっちゃいけないやつだ。


「──あー、急いでるんで結構です」


 俺は軽く手を振り、適当にあしらおうとする。

 だが、男はまったく怯む気配を見せず、むしろさらに強い熱意を滲ませてくる。


「そんな……! どうか話だけでも!!」


 いやいやいや、話すことねぇから。

 俺は目を逸らしながら、その場を去ろうとする。

 だが、次の瞬間──


「あなたの悩み、そしてこれからの生き方を、共に見つけ出していきましょう」


 ズイッと、俺の腕を掴んでくる。

 白く細い指が、意外なほど強い力で俺の袖を握り締めた。


「……は?」

「主は言っています──あなたこそが、新たな光をもたらす者だと」


 男の声はうっとりとした響きを帯び、周囲の空気すら歪めるような圧を感じさせる。

 俺は、心底うんざりした。


「……あぁ!?」


 つい、語気が荒くなる。

 だが、それでも男は腕を離さない。

 むしろ、その手に力を込めるほどだった。


(……あー、ダメだこいつ)


 俺は小さくため息をつき、ほんの少しだけ神威を込めた力で、そいつの手を振り払った。


 ──バチンッ!


「ひぃっ!!」


 小気味よい音と共に、男はまるで雷に撃たれたかのように飛び退く。

 先ほどまでの薄気味悪い笑顔はどこへやら、顔面蒼白になりながら俺を見上げる。


「ま、まさか……あなた様は……!!」


 怯え、震える声。

 まるで目の前に"想定外の存在"を見たかのような、そのリアクション。


 ……わかってるよ。

 お前らが何を信仰し、何をしようとしているのかも全部。


 なぜなら俺は、このゲームの攻略者であり、お前たちが仕えている"ソレ"の代理人のような存在なのだから。

 神威で悟られているのかどうかは知らないが、身を引いてくれるならありがたい。


「その通りだ。これ以上絡んでくるな」


 低く、威圧的に告げる。

 俺の言葉に、男は目を見開き、息を呑む。


 そして次の瞬間「ひいいいぃっ!!」という悲鳴を上げ、仲間たちを引き連れながら一目散に逃げていった。


 道行く人々が、何事かとこちらを見ている。

 俺は大きくため息を吐きながら、こめかみを押さえた。


「……なんなんだよ、もう……」


 ただでさえ、この街は歩くだけで迷子になりそうだってのに。

 まさか怪しいカルト教団に絡まれるイベントまで用意されているとは。


「わふぅ……」


 リュックの中から、マルタローが小さく鳴いた。


「え? 話くらい聞いたらどうだって? 無理無理。どこにでもいるんだよ。ああいうのは」

「わふ?」

「人を不安にさせるような事を言って、自分だけがそれをどうにか出来る。なんて言い寄ってくるやつは大抵地雷だよ」


 それに『アルス・マグナ教団』は、アルティア・クロニクルにも出てくる敵の本丸みたいなものだしな。

 隠してはいるが、信仰しているのは当然──大魔王オルドジェセルだ。

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