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第八十八話 「セルベリアの旅路」

 ──大地を割るような衝撃が、俺の眼前を襲った。


 木の根を引き裂き、地面を深々と抉る巨大な爪。

 土煙と舞い散る木片の隙間から、血走った眼球がこちらを睨みつけている。


 ・轟樹獣ボルクス・ビースト

 全身を苔と蔦で覆った、このセルベリア特有の魔物は、大陸南部に生息する獣系の魔物の一種だ

 威容そのものはまるで生きた樹木だが、その体躯が繰り出す攻撃は、土石流に巻き込まれるのと変わらない破壊力を誇る。


「わふぅ!!」


 マルタローの鋭い鳴き声が響く。

 同時に、俺の身体を包み込むように淡い魔力の膜が発生した。


 魔物術──『鼓舞の魔紋』


 身体能力を底上げする、マルタロー特有の魔物術(スキル)だ。

 漲る力が骨に染み渡る感覚。

 細胞が一斉に目を覚ますような、戦闘態勢へのスイッチが強制的に押し込まれる。


「よし!!」


 剣を低く構え、一気に地面を蹴る。

 土煙を撒き上げながら間合いを詰め、巨獣の脇腹へ回り込んだ。


「喰らえ!!」


 俺は渾身の力を込めて、剣の峰を叩きつける。

 魔物相手に刃を立てないのは俺なりの信念……ではなく、単純に戦闘後のメンテが面倒くさいからだ。  刃こぼれするくらいなら、叩きつけて吹き飛ばした方が楽だし効率もいい。


「グォオオッ!!?」


 巨体に見合わぬ軽さで、ボルクス・ビーストが横転した。

 衝撃で周囲の枝葉が激しく揺れ、隠れていた小動物が一斉に逃げ出していく。

 ついでに、遠巻きに睨んでいた同種の魔物たちも、揃って腰を引かせていた。


「悪いが──通してもらうぜ」


 息を整える間もなく、俺は大きく息を吸い込み、肺に溜め込んだ魔力を一気に放出する。


「──『火炎の息(ファイヤーブレス)』!!」


 口から奔流の如き灼熱が解き放たれる。

 炎は歪んだ熱気を纏い、魔物たちを包み込んだ。


「ギャウゥッ!!」

「キギィィ!!」


 炎に弱いボルクス・ビーストは、苔まみれの体表を焦がされ、断末魔のような悲鳴を上げながら、我先にと森の奥へと逃げ去っていく。


「よし! ナイス、マルタロー! いい支援だったぜ!」

「わぉおおん!」


 俺の頭の上へと飛び乗るマルタロー。

 町の中以外では、このポジションが定位置になりつつある。



 あれから俺たちは、ギルドでの騒動から一夜明け、港町グランティスを後にした。

 目指すは、ここから北西に位置するラドラン


 険しい山岳地帯と深い原生林に囲まれたその街は、物資の輸送路すら限られる、まさに陸の孤島とも言える場所だ。

 馬車での移動が一般的だが──当然、今の俺の財布事情ではそんな贅沢はできるはずもない。


「わふぅ……」

「いや、どうせ歩くしかないんだよ。俺らにはな」


 気を取り直して、旅を続ける俺たち。

 というか、マルタローは俺の頭に乗ってるだけなんだから、文句は言わないでほしい。


 ちなみに、今の俺たちのステータスはこんな感じ


 --------------------------------


 ステータス


 名前 :フェイクラント

 種族 :人族

 職業 : 魔物使い

 年齢 :29

 レベル :28

 神威位階 :顕現

 体力 :135

 魔力 :27

 力 :71

 敏捷 :70

 知力 :22


 --------------------------------


 --------------------------------


 ステータス


 名前:マルタロー

 種族:プレーリー・ハウンド

 レベル:18

 体力:66

 魔力:25

 力:34

 敏捷:72

 知力:29


 --------------------------------


 うん、なんだか俺のは頭の悪い武闘家みたいなステータスだ。

 マルタローの方は成長がかなり速い割にはステータスはまぁまぁひどい。


 まぁ、最弱種の魔物だから、ポ○モン でいう序盤の虫タイプとかみたいなものだろうか。

 育ちやすいけど強くない的な。

 だが、戦闘においては補助なども行ってくれるようになり、かなり安定するようになった。

 いや、酷いとか言っておきながら、コイツは俺より賢いんだけど……。


 もう、知力に関しては、頑張っても差は開いていく一方なので諦めた。


 長い船旅の中、いろんな海の魔物たちと戦闘をこなしてきたおかげで、昔は弱かったお荷物のマルタローも、今は魔物術なんかも覚え、戦闘に貢献してくれている。


 大陸を移ったことによって魔物の質も変化した。

 まぁこれはゲームでも進行通りというか、主人公のレベルに合わせて敵も相応に強くなっていく感じはそのままなのか。

 っていうか、そうなるとアステリア王国付近はレベル40くらいの魔物がひしめいてるのだが、今行っても俺は大丈夫な気がしない。


 セルベリア大陸の魔物自体はまだそんなに強くない。

 さっきみたいに、俺のレベルでも一人で一掃できるくらいだ。


「わふぅ……?」

「ん? なんで魔物を殺さずに逃がすことが多いかって?」


 マルタローの疑問に、俺は歩きながら空を仰いだ。


「……うーん、サイファーのところで色々勉強したからかな? そりゃもちろん、命の危険を感じたときとかは手加減できないから殺してしまうことも多いけど、どうにも魔物にも情が湧いてさ……。正直、向こうも縄張りに入ってきた俺に対して怒っているって考えると気が引けるっていうか。そんなヤツをむやみに殺す必要はないのかなって……」


 視界が開け、目の前に大きな滝が姿を現す。

 陽光を浴びて煌めく水飛沫。

 静かなせせらぎの音が、疲れた身体に心地よい。


「わふぅ」

「いやぁ……優しいわけではないと思うぞ。お前みたいな魔物には情が湧くこともあるけど、ゴブリンとか汚いのを見ると殺した方がいいとも思うからなぁ。エゴだと思ってるし、セルベリアの人たちからしたら、俺は好ましい人ではないんだろうなぁ」

「……わふ」

「……そうだな。ここの大陸の人たちは魔物を嫌うから、マルタローにとっては生きづらいかもしれないな」


 マルタローの不安げな声を聞いて、俺はそっと頭を撫でる。


「わふわふ?」

「心配すんな。俺はお前を捨てたりしねぇよ。ずっと一緒だ」


 コイツも昔は迫害を受けて、長い間ひとりぼっちだったのかもしれない。

 クリスやサイファーのおかげで今はマシだが、やはり白い眼を向けられると堪えるのだろう。

 俺が力になってあげないとな。


 そんなやりとりをしながら旅路を進んでいくと、薄暗い洞窟の入り口が口を開けていた。


 ──そして、視線の先。

 洞窟から姿を現したのは、三体の巨大なダチョウのような魔物。


 ・眠禽グラスオス

 ギルド指定Dランクの魔物。

 羽毛の隙間から紫の煙を噴き出し、猛毒の睡眠ガスを纏っていて、さらに性格も狂暴だ。

 通り抜けることはできなそうだ。


「今回は……手加減は、できなさそうだな……。マルタロー、後方で支援を頼む!」

「わふ!」


 頼りになる相棒の声を背に、俺は剣を抜いて踏み込んだ。

 森の静けさを破り、羽ばたきにも似た風切音と、魔物たちの甲高い鳴き声が木霊する。


「──来るか!」


 先頭のグラスオスが跳ねるように間合いを詰める。

 身体の大きさに似合わぬ素早さ。

 そして、羽毛の隙間から立ち昇る紫煙。

 近づくだけで喉がヒリつくほどの毒気が漂う。


 だが──


「……そんなもん!」


 正面から突っ込んできた一体目の巨体に、俺は逆に飛び込む。

 懐へ潜り込み、剣を逆手に構え──


「おらぁ!!」


 脚力をフルに活かして跳び上がり、そのまま膝を軸に回転しながら、剣の峰を奴の首元に叩き込んだ。  骨を砕く鈍い音が響き、巨体がぐらりと傾ぐ。

 その隙に──


「喰らいやがれぇ!!」


 地面を蹴り、全体重を乗せた回し蹴りを喉元に叩き込む。

 グラスオスは地面に叩きつけられ、そのまま沈黙した。


「よし、次!!」


 すばやく態勢を整えようと、地面に手を付きながら再び剣を握りなおす。

 だが──


「──!!」


 視界の端。

 倒したはずの巨体の陰、その死角にもう一体が隠れていた。


 僅かな羽音。

 跳びかかる影。

 俺が反応するより先に、奴の口が大きく開く。


「チッ……!!」


 この距離、この角度、このタイミング。

 避けられねぇ──!


 紫煙が渦を巻き、毒と眠気を孕んだガスが一気に吐き出される。

 思わず息を止めようとしたその瞬間──


「わふぅ!!」


 俺の肩越しに、白い影が飛び込んできた。


「──マルタロー!!」


 マルタローが俺と魔物の間に割り込み、小さな体を精一杯広げるように立ち塞がる。

 次の瞬間、グラスオスの睡眠ガスが、まともにマルタローへと降りかかった。


「……ッ!!」


 吹き飛ばされるでもなく、倒れるでもなく。

 マルタローはその場でぺたんと座り込み、ふらふらと揺れたかと思うと、ぱたりと地面に横たわった。  


 小さな寝息。

 無防備な寝顔。

 完全に……落ちてる。


「くそ……!」


 怒りが身体を駆け上がる。

 俺の相棒に何してくれてんだコイツら。


 だが、怒りに身を任せて突っ込むわけにもいかない。

 まだ二体残ってる。

 この距離、この状況──正面突破は無謀。


 くそ……どうする……?


 思考が焦りに塗り潰されそうになった、その時だった。


 ──シュンッ!!


 風を裂く音。

 すぐ耳元を何かが通り抜けた。

 それが何なのかを確認するより早く、前方のグラスオスの胸元に一本の矢が深々と突き刺さる。


「ギョェエエエ……!!」


 断末魔と共に、その場に崩れ落ちる巨体。

 紫煙が舞い上がり、湿った土の上に、命の灯が沈んだ。


「誰だ!?」


 振り返ると、そこに立っていたのは、弓を構えた若い男。

 短めの銀髪に、やや軽装の冒険者スタイル。

 それでいて、無駄のない所作と、落ち着いた目の色。


 新人じゃないことはすぐにわかる。


「助太刀します!」


 若い男はそれだけ言い残し、次の矢を番える。

 残る一体が怒り狂って羽を広げ、猛然と突進してくる。


「今だ!!」


 俺はその声に合わせて前に飛び込む。

 不意打ちを食らった時はどうなるかと思ったが、一対一なら負ける気はしない。

 全身をバネに変え、弾丸のように飛び込み、剣を振り抜く。


「──オラァアッ!!」


 鋼の刃が、紫煙を裂きながら羽毛を断つ。

 グラスオスの首が、わずかに軸を外れ、動きが鈍る。

 若干急所から外れたか。


「あとは任せてください!」


 若い男の矢が、隙を逃すまいと一直線に飛び──

 最後のグラスオスの心臓を正確に貫いた。


「ギギィ……」


 悲鳴すらかすれ、巨体は重力に負けるように倒れ込む。

 わずかに舞い上がる紫煙。

 やがて静寂が森を覆った。


「……助かった」


 剣を納め、息を整える。

 マルタローをそっと抱き上げ、その小さな寝顔に苦笑した。

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