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第八十七話 「海賊との縁、そしてタダ酒」

「燃え滾る力よ、その怒れる力をかの者に与えよ──『火属性付与(ファイアエンチャント)』!」


 ジルベールの取り巻きが、ジルベールに対し強化魔術を掛ける。

 全身に赤黒い魔力が滲み、筋肉が不自然に膨れ上がっていく。


 いや、一対一でそれはアリなのか……?


「へへ……悪いなぁ。仲間が勝手にやったことだ。不満ならお前にも掛けるように言うぜ?」


 ニヤニヤと笑うジルベール。

 クロードにもかけてやる言ってはいるが、恐らく「不満だ」とでも言えば弱体魔術でも掛ける気だろうが……。


「そんなの必要ない。さっさとやれバーカ」


 ミランダが腕を組んで、吐き捨てるように言う。


「あァ!?」

「何をやろうが、もうお前はクロードに触れることすらできず、サヨナラなんだよ」


 横顔に浮かんだ笑みは、悪戯っ子のような、それでいて容赦の欠片もない氷の笑み。

 あれは確信の笑顔だ。

  クロードという存在への、揺るぎない信頼と絶対的な帰依。

 それが口調の端々に滲んでいる。


 ジルベールは歯を剥き出しにしながら剣を構え、ノドの奥で獣じみた唸り声を漏らす。


「……チッ、口だけは達者な女だな! そんなに言うなら見せてもらおうじゃねぇか!」


 ギルド内には、まだ血の匂いと酒精が入り混じった重たい空気が残っており、いつの間にかクロードVSジルベールを見届ける空間と化していた。

 しかも、観客たちの目は期待に満ち、完全に「クロードの無双ショー」を楽しみにしている空気だ。


 俺も酒場の隅で成り行きを見守っていたが、ふとギルドの奥から何やら重々しい気配が近づいてくるのに気づいた。


 コツ、コツと、杖の底で床を叩くような、一定のリズムを刻む音。

 やがて、その音と共に姿を現したのは、眼帯をした白髪交じりの壮年の男だった。


 整えられた口髭、深く刻まれた皺、それすらも威厳に変えてしまうような堂々たる立ち姿。


「あれが……」

「ここのギルド長だ」


 俺の傍にいた酒場のマスターが小さく呟く。

 ひとつの冒険者ギルドを束ねるだけの格を持つ、間違いなくこの港町における"最上位"の存在だろう。


「クロード」


 ギルド長は静かにクロードの名を呼んだ。


「すみませんね、ギルド長。修繕は……まぁ、なんとかしますんで」


 クロードは振り向きもせず、片手を軽く挙げて返事をする。

  だが、その言葉に滲むのは無責任な開き直りではなく、どこか"信頼"に似たものだった。


「構わんさ。ちょうど入り口の扉を新しくしたところなんだがな……デザインが気に入らんから作り直させることにした。どうせなら、派手に壊してくれて構わんよ」


 その言葉に、俺は思わず目を丸くする。

 器がデカいとか、そういう次元を超えてる。


 このギルド、破壊と修繕がセットになってるの?


「──派手に、ですね」


 クロードは笑うでもなく、ただ僅かに顎を引いた。

 まるで、これから繰り広げる未来を既に見通しているような口調だった。


「おい!! もう戦場に立ってるんだぜ!? おしゃべりなんて、随分余裕だなぁ!!」


 "好機"だとでも思ったのか、ジルベールは地面を蹴って突進した。

 身体強化の魔術を受けたその突進は、冒険者としての実力は本物という噂に違わぬ速度と威圧感を伴っていた。


 だが──


 クロードはわざわざ剣を抜きもしない。

 ただ、迫る殺気を感じた瞬間、ゆっくりと振り返りながら、片手をジルベールに向けて差し出した。


「──じゃあな」


 まるで他愛ない挨拶のように、気の抜けた声。

 しかし次の瞬間、その掌から放たれたのは、周囲の空気を一瞬で飲み込む暴風。


「なっ……!?」


 ジルベールの叫びは最後まで声にならなかった。


 クロードの掌から解き放たれた風の奔流は、ただの風ではない。

 魔力と……恐らく神威が螺旋状に絡み合い、渦巻きながらジルベールを丸ごと飲み込んでいく。


「ぐ、うぉおおおお!!」


 抗う間もなく、ジルベールの身体は宙に舞う。

 入り口の扉を、まるで紙のように突き破り、さらにその周囲の壁ごと粉砕しながら外へ弾き飛ばされる。


「うわあぁぁぁぁぁ!!!」


 空へ舞い上がるジルベール。

 それはさながら十万ボルトをぶつけられたロ○ット団のように大空を飛んでいき──


 ──ゴォォオオオン!!


 遠くにそびえる教会の鐘へと激突。

 港町全体に響き渡る、あまりにも間抜けな鐘の音。

 ギルド内は、しばし呆然とした沈黙に包まれる。


「な、なんだ今のは!?」

「キャーッ!! クロード様!!」


 沈黙を破ったのは、ギルド内に溢れる歓声と、黄色い嬌声。

 クロードがほんの軽い手合わせ感覚で見せた"本気の欠片"に、誰もが目を奪われていた。


「カシラがお帰りだ。お前らも帰れ」


 勝者は何事もなかったかのように埃を払うと、残されたジルベール一味に冷たく言い放った。

 その一言で、ジルベールの手下どもは一斉に青ざめた顔を見せる。

 互いに目を見合わせ、舌打ちしながら踵を返す。


「チッ……」

「お、覚えてやがれ!!」


 負け犬の捨て台詞を残し、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくジルベール一味。

 それを見届けながら、クロードは微かに息を吐いた。


「ふぅ……やれやれだな」


 たった一撃。

 たったそれだけで場を制し、誰も逆らえない空気を作り上げた男。


「……Sランク冒険者って……すげぇな」


 俺は呆れ半分、感心半分でそう呟く。

 フードの中からひょこっと顔を出したマルタローも、ぽかんと口を開けている。


「わふぅ……」


 俺の相棒も、クロードの強さに言葉を失っていた。


 Sランク冒険者。

 俺の知る限りじゃサイファーとベルギスもそうだが、やはりどこか化け物じみた力を感じる。

 サイファーはまぁ……うん、ちょっと老害だが。


 クロードは、場に漂う熱気とざわめきを一度見渡し、穏やかに口を開いた。


「皆さん──お騒がせしてしまい、申し訳ありません。せっかくの楽しい時間を、私たちの勝手な騒ぎで台無しにしてしまって」


 その声は、どこまでも柔らかく、それでいて耳に心地よく響く低音だった。

 乱闘直後とは思えないほどの落ち着きと、大人の余裕を感じさせる口調。

 威圧感など微塵もない、しかしそこにいる全員が、彼の言葉に静かに耳を傾ける。


「せめてものお詫びとして──今夜の皆さんの酒代は、私がすべて負担させていただきます」


 一瞬、静寂。

 そして──


「本当か!?」

「うおおっ!!」

「クロード様サイコー!!」


 大歓声が巻き起こる。

 無茶苦茶にされた店内も何のその、誰もが手にジョッキを掲げ、クロードに惜しみない賞賛を浴びせる。

 乱闘の痕跡すら、祝祭の一部に塗り替えてしまうこの空気。

 これが、"キャプテンクロード"という男の持つ格というものなのか。


「ええ。皆さん、どうか存分に飲んで食べて、さっきの出来事など綺麗さっぱり忘れてください」


 爽やかな笑みと共に、クロードは深く頭を下げる。

 その仕草は実に丁寧で、無骨な冒険者とはかけ離れた、礼節をわきまえた貴族のようですらあった。

 これが、海賊──


 荒くれ者のイメージとはかけ離れたその姿に、俺は思わず唸った。


「よし、いくぞ」

「あっ!」


 去り際、クロードがミランダの頭に手を伸ばす。

 そして、彼女が被っていた三角帽子を、まるで当然のように取り上げ、そのまま自分の頭へとすっぽり被った。


「ちょっと〜!」

「元々これは俺のだ」

「……わかってるけどー!」


 ミランダは口を尖らせながらも、どこか嬉しそうに肩をすくめる。

 まるで、昔から続く決まり事みたいなやり取りだ。

 船長と副船長──恐らく、そんな関係なのだろう。


 クロードはそのままギルド長と二言三言言葉を交わすと、ミランダや仲間たちを引き連れて、ギルドから出て行った。

 とはいえ、入口はジルベールのせいで壁ごとぶち抜かれているので、正確には"瓦礫の隙間から"というのが正しいが。


 まるで嵐のように現れ、嵐のように去っていく一団。

 だが、残されたギルドの空気には、妙な清々しさすら漂っていた。


「またねっ! おにーさん!」


 ギルドを出る直前、ミランダが振り返り、俺にウインクと手をひらひらと振ってきた。

 その悪戯っぽい笑顔が、やけに絵になる。


「アッ……ハイ……」


 間抜けな返事しかできなかった。

 完全にペースを握られている。


 ──海賊か。



 ---



 それからしばらくして。


 応急処置だけ済まされたギルド酒場の片隅で、俺は食事と酒を楽しんでいた。

 ──ちゃっかり、クロードの「酒代は俺が払う」という言葉に甘え、遠慮なく注文したわけだ。


「ふぅ……ごちそうさまでした!」


 ジョッキを空け、豪快にテーブルへ置く。

 なんだかんだで、タダ飯とタダ酒は美味い。

 これだけの騒ぎをタダで見物できて、なおかつ飯と酒までご馳走になるなんて──


「……こんなラッキーなこと、そうそうねぇよな」


 ギルドの天井を見上げ、しみじみと独り言を漏らす。

 見つからないようにマルタローにも飯を分け、今は満腹になったのか、フードの中で丸くなって寝息を立てている。


「しかし、すごい人たちだったなぁ」


 冒険者でありながら海賊というのはアリなのだろうか。

 まぁ、悪いことしてる感じではなさそうだったけど。


 ……海賊にもいろんな形があるんだな。


 本当は酒を一杯だけ飲んで、すぐに宿に戻るつもりだった。

 それがいつのまにかこんな一大イベントに巻き込まれるなんて思ってなかった。

 窓の外を見ると、すでに日が大きく傾き、町は夕焼けに染まっていた。


 今からこの町を出ても、すぐに夜になってしまう。

 街に出るには心許ない時間だ。


「仕方ない……もう一泊するか」


 荷物を背負い直し、俺はゆったりと伸びをした。

 潮風に包まれた港町の夜。

 ほんの少しの贅沢も、悪くない。


「わふぅ……」


 フードで眠るマルタローを軽く撫で、俺はギルド酒場を後にした。


 明日には、また旅が始まる。

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