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第八十二話 「別ルート」

 あれから俺は、船乗りとして生きている。


 囚人でもないのに、なぜか囚人たちと共に働かされる日々だ。

 いや、そもそもこれは 「囚人船」 であり、乗っている奴らは何かしらの罪を犯した連中ばかり。

 そんな船に間違って乗船してしまった俺は、当然ながら 「囚人じゃないんだ!! 降ろしてくれないか?」 と抗議しに行った。


 向かったのは船の最上層、船長室。

 そこにいたのは、まるで髭で覆い尽くされたような巨漢の男。

 片目には分厚い眼帯、まるで過去に壮絶な戦いをくぐり抜けてきたかのような風貌だ。

 肩幅は異常に広く、まるで人間というより 「獣が人の皮をかぶっている」 かのような威圧感がある。


「あ、あの……間違って乗ってしまったんですが……俺も働かなきゃダメですかね……」

「…………一度仕事に手ェ出したんなら……終いまでやれ……」

「なん……だと……」


 あまりにも理不尽な返答に、俺は言い返そうとしたが──何も言えなかった。


 理由は簡単だ。

 船長の背後から「ゴゴゴゴゴゴ……」という謎の擬音が聞こえてきたからだ。

 いや、音など鳴っているはずがないと分かっているのだが、確かに威圧的な雰囲気が漂っていた。


「……わ……」


 ビビり犬代表のマルタローに関しては、俺の服の中にすっぽり潜り込んでガタガタと震えている。

 よっぽど怖かったらしい。


 ……まぁ、いいか。

 アステリアには着くんだし、働けば働くだけ給料も出るとは言ってくれたし……。

 何より──


「おーいフェイ!! 飯持ってきてやったぞ!!」

「おらよ!! 塩漬けの肉とパンだ!」


 何故か、ハロルドたちが妙に懐いてしまった。

 まるで「心を入れ替えて一緒に頑張ろう!」的な雰囲気ができてしまい、途中離脱するのが申し訳なくなってくる。

 いや、俺は囚人じゃねぇんだけど……。


 とりあえず、四人で一緒に腹を満たしながら、俺は地図を広げる。


 この世界に来てからずっといたヴァレリスやプレーリーがある北の大陸・ヴァレリアから、アステリア王国は反対側の南の大陸に位置する。


 しかし、この船は南に向かっているわけではなく、現在は東に向かっている。

 そして東の大陸ガルレイア超えて、そのままさらに東へ突っ切り、地図上で言う西の大陸セルベリアに出る。

 そこからようやく南下し始め、最後にアステリア大陸というルートらしい。。

 この地図はサイファーの超お古なので東の大陸は何故か一番西に位置しており、西の大陸は中央にあるのだが……。


「それより、お前随分変わった地図使ってんだな」

「本当ね。大陸の形もかなり歪だし、かなり昔のものっぽいわね」


 言われて、俺は改めて地図を見直す。


 まぁ、わかってるんだけどコレしかない。

 ……ヴァレリスで新しいの買っておけばよかったと後悔する。


「……ちょっと待ってて。書いてあげる」


 そう言って、アビゲイルがパタパタと船室に向かい、紙とペンを持ってくる。

 そして、スラスラと手際よく新しい地図を書き上げた。


「はい、これを使いなさい」

「……えっ、くれるのか?」

「別にいいわよ。変な地図使ってるのを見ると、昔の職業柄でイライラするだけ」


 話によると、彼女は昔「地図製作」の仕事をしていたことがあるらしい。

 魔術師としてのスキルを活かし、正確な地形を記録する仕事をやっていたのだとか。


 そうだとしても、記憶だけで地図を書き上げるのはすごい。

 小悪党なんかせずに、ちゃんと働いていればいいものを。


「地図はやっぱ最新じゃないとね!」


 そう言いながらウインクをするアビゲイル。


 小悪党のくせに、ちょっとドキッとしてしまった。

 ……いや、これはあれだ。

 男ばかりの囚人船で唯一の女性だから、変に気にしやすくなっているだけだ。


 ……そうだ、そうに違いない。


 ふと、俺の視線が アビゲイルの服の内側へと向かう。

 みすぼらしい囚人服の下には──丸く、柔らかそうな膨らみがたわわに実っており……


(……くそ、ダメだダメだ)


 一度意識してしまうと、変に目がいってしまう。

 だが、ここで欲に負けるわけにはいかない。

 別のことを考えて意識を逸らさねば。


「あら? どこ見てんのかしらぁ?」


 不意に、アビゲイルがニヤリと笑う。

 その視線は完全に俺の目線の動きを見抜いていた。


 だが、俺の脳内にはもはやそんな劣情は無い。


「まったく、円周率のことをπにした奴は最高だぜ!!」

「…………は?」


 俺は 新しい地図を手に入れた!!

 同時に、誘惑に打ち勝った!!



 ---



 そんな感じで、俺が船乗りとして囚人たちと共に働き始めてから、十ヶ月が過ぎた。


 十ヶ月だ。


 言葉にするとあっという間に聞こえるが、実際には長すぎる時間だった。

 朝から晩まで重労働、甲板の清掃、ロープの管理、嵐の中での修繕、さらには船の戦闘訓練まで、俺は完全に「船の一員」として扱われていた。


 最初は不満だった。

 泣きそうになりながら「俺は……囚人じゃないのに……」と何度も呟いた。

 だが今となっては、ハロルドやバッカス、アビゲイルをはじめ、船の連中ともそれなりに馴染んでしまっていた。


「よーーしッ!! 錨を下ろせェーー!!」

「おおおおおぉーーッ!!」


 今では俺も慣れたもので、ならず者どもに指示を飛ばしながら作業をこなしている。

 嵐のたびに船に慣れていない俺は酔ってばかりいたが、今はそんなこともない。

 今の俺は『船乗りマスター』と言っても過言ではない。


 現在は西の大陸も大詰め。


 ヴァレリスを出て最初に訪れた東のガルレイア大陸では、どこか日本のような東方的な風景が広がっていて、元日本人の俺にとっては懐かしさすら感じた。

 鳥居のような建築物、そして獣人たちの暮らす異国の文化。

 まぁ、日本に獣人はいないのだが、着物のような衣服を着た狐の獣人なんかを見た時にはやはり『あぁ、こりゃ日本だ』となるのは俺だけではないはずだ。


 現在いる西の大陸には巨大な教団が存在し、厳格な戒律が敷かれている。

 宗教と国家が一体化しており、異端者は容赦なく裁かれるのだとか。

 魔物や魔族に対しても、風当たりが強く、人族以外は全く見かけなかった。


 長い旅だったが、世界をこうして船で渡るのは底知れない楽しさがあった。


 ──だが、いつまでも船にいるわけにはいかない。


 次の目的地は アステリア王国。

 俺が探している 「女神の剣」 に関する手がかりがあるかもしれない場所だ。


 俺が船間違いをしたせいで遅れているのだが、恐らくもうベルギスはアステリアに帰ってきているだろう。

 アステリアで再開するはずだったのだが、これじゃ俺もヴァレリスに残り、ベルギスを待っていた方が良かったかも知れない。


「わふぅ」

「……まぁ、今更後悔しても仕方ないよな。……そろそろ船長に次の予定を聞いておくか」


 俺はマルタローを軽く撫でながら、船長室へと足を運んだ。


「フェイクラント、ちょうどいいところに来たな。お前に知らせておくことがある……」


 重苦しい雰囲気をまとう船長が、入るなり俺にそう口を開く。

 船乗りとして十ヶ月も経てば、さすがにこの男の雰囲気にも慣れたが、それでも彼の圧は異常だ。


「何の話ですか?」

「お前の目的地……アステリア王国のことだ」


 船長は低く、まるで喉の奥から唸るような声で言う。

 その言葉を聞いた瞬間、俺は嫌な予感がした。


「……何か、あったんですか?」

「戦争だ」

「は?」

「アステリア王国が、魔族の軍勢に襲われたらしい。数週間前から戦端が開かれ、今じゃ本格的な戦争状態に突入している」

「────ッ!?」


 俺は一瞬、息が詰まるのを感じた。


『近頃は魔族の動きも活発になってきています。アステリア王国もいずれ魔族の手がかかるかもしれません』


 ベルギスの言葉が脳裏をよぎる。

 ……本当に魔族が攻め入ることになったのか。

 俺は、ゲームの知識からして「エミルが再び地上に戻ってくるまでは大丈夫」と勝手に思っていた。


 エミルが囚われてから脱出するまでに変わり果てていた場所といえばプレーリーとヴァレリスくらいだったし、他の場所は何も変わっていないと勝手に思っていた。


 しかし、違う。

 ゲームではエミルの少年時代はヴァレリア大陸で始まり、他の大陸には行かずにヴァレリア大陸で終わってしまう。

 つまり、ヴァレリア大陸以外の場所をエミルが最初に訪れる時は、既に"変わってしまった"場所になっている可能性だってあるわけだ。


 そのことを考えていなかった。

 エミルがいなければ、この世界は"待機モード"のような状態で、イベントが起きるのはエミルが復活してからだと。


 だが、それは俺の思い上がりだった。


 エミルが囚われていようと、魔族と人族の戦いは続いている。

 この世界は、俺が思っているより遥かに残酷で、非情で、容赦がない。


「……じゃあ、アステリアに行くのは?」

「無理だ。現状、アステリアへ向かう船はないし、行ったところで戦場に飛び込むことになるだけだ」

「いつ終結するかも分からない……ってことですね……?」

「あぁ。短期間で終わるとは限らん。いつ決着がつくかも分からんし、どっちが勝つかも分からん」


 船長の言葉は冷静だったが、含みのある言い方だった。


 ──どっちが勝つか分からん。


 つまり、最悪のパターンでは、アステリアが落ちる可能性もあるということか。


「……なるほど」


 俺は静かに息を吐いた。


「それで、フェイクラント。お前はどうする?」


 船長は俺の判断を求めてくる。

 船でアステリアに行く道が絶たれた今、俺はどうするべきなのか。

 ……答えは、一つしかない。


「……船を、降ります」

「ふん、まぁそうだろうな」


 船長は小さく鼻を鳴らし、港町の方を見やる。


「ここは西の大陸・グランディス。このあたりでは最大規模の港町だ。交易も盛んで、あらゆる船が集まる。だが、南の大陸へ向かう船は、今のところほとんどない」

「……やっぱり、戦争の影響ですか?」

「ああ。今やどこの港も南の大陸への航路は完全に封鎖されちまってるだろうな。今から行くなら、なんらかの方法で別のルートを探すしかない」

「別のルート、か……」


 思わず眉をしかめる。


 アステリアに行くはずが、間違えて船に乗ったせいでこんなことになるとは思っていなかった。

 これならヴァレリスでベルギスを待っていた方が早く着けたのは間違いないだろう。


 しかし、なってしまったことは仕方がない。

 とにかく、俺は俺で南の大陸へ行くルートを見つけるしかない──

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