第八十一話 「そして、船乗りへ」
ヴァレリス城の門前にて
城門を背に、俺はミーユとベルギスと向かい合っていた。
門兵たちは遠巻きに俺たちを見ているが、誰も口を出すことはない。
「……わ、悪かったよ。ミーユ……」
「……もういいわよ」
ミーユは頬を膨らませながらも、どこか寂しげに俺を見つめる。
マルタローに舐め回された顔はすっかり拭き取られていたが、まだどこか照れくさそうにしていた。
ほんの少しの沈黙の後、ベルギスが静かに口を開いた。
「フェイクラントさん。俺もここでの件が終わったら、一度母国に帰ろうと思っていました」
「……アステリア王国に?」
「ええ。いずれは戻ろうとも思ってましたし、近頃は魔族の動きも活発になってきています。アステリア王国もいずれ魔族の手がかかるかもしれません」
ベルギスの言葉は真剣だった。
彼はこのヴァレリスでの問題が片付いた後、母国に戻るつもりだったのだろう。
……俺が向かう場所と同じ。
それなら、遅かれ早かれ、またどこかで会うことになるかもしれない。
「まだこちらの問題も山積みですが、数ヶ月後には俺も帰ると思います」
「そうか……その時、また会えたらいいな」
俺がそう言うと、ベルギスは微かに微笑んで、頷いた。
そして──
「フェイ!」
ミーユが、俺の目をまっすぐに見据える。
「助けてもらったことは、いずれ絶対返すから!! お母様との決着がついたら、今度は助けに行かせなさいよね!!」
彼女の声には、力強い決意がこもっていた。
王族としての誇りか、それともただの意地か。
けれど、その瞳に浮かぶのは、"仲間を見送る者" の覚悟だった。
……こいつは、王女だ。
誰よりも気高く、誇り高い。
その姿勢に、俺は微笑みながら頷いた。
「ああ。待ってるよ」
そう言うと、ミーユは満足したように頷いた。
……いや、少しだけ、目を赤くしていた気もするが。
──そして、その時だった。
「わふ!」
マルタローが突然、どこからか小枝を拾ってきて、ミーユの足元にそっと置いた。
それは、少し歪な形をした枝だった。
どこか、ハートのような形にも見える。
「……くれるの?」
ミーユは驚いたように、目を丸くする。
「わふ!」
マルタローは小さく鳴いて、ミーユの手に鼻先をこすりつけた。
まるで、「じゃあね」とでも言うかのように。
ミーユはしばらく呆然とそれを見つめていたが、やがてそっと枝を拾い上げ、ぎゅっと握りしめた。
「……バカね」
小さく呟きながら、ミーユは俺とマルタローに背を向ける。
ベルギスもまた、俺に一礼すると、静かにミーユの隣に立った。
──これで、見送りは終わりだ。
俺は荷物を担ぎ直し、港の方へと向き直る。
「じゃあな」
最後に、そう言い残して、俺はゆっくりと歩き出した。
ミーユとベルギスが、この国を守るように。
──俺は、俺の旅を続ける。
「わふ!」
「ああ、行くか」
ヴァレリスを後にし、俺たちはアステリア王国へ向かうための旅路へと踏み出した。
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船が来るまで時間があるので、俺はマルタローと共に近くの店で腹ごしらえをすることにした。
港町の活気ある食堂では、魚料理がメインだ。
焼き魚、煮魚、そして魚介たっぷりのシチュー。
どれもこれも美味そうな香りを放っている。
「わふっ!」
マルタローが期待に満ちた瞳で俺を見上げる。
そうだよな、お前も腹減ってるよな。
「すみません、適当にオススメのやつを二人前で」
「はいよっ!」
店の親父が手際よく注文を捌き、すぐに料理が運ばれてきた。
スープは貝の旨味がしっかり染み出していて、パンとの相性も抜群だ。
マルタロー用の魚もちゃんと骨を取り除いてもらった。
「うめぇ……」
「わふぅ……!」
しばらくの間、俺とマルタローは夢中で食べ続けた。
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そして、1時間後
「おぉ……なんかデケェな……」
俺が乗る予定の船は、想像を遥かに超える巨大なものだった。
何層にも重なった甲板、大量の帆、そして海の男たちの怒号と笑い声が飛び交う。
「おぉっしゃぁぁ!! 早く積み込め!! 時間がねぇんだ!!」
「この荷物、あっちの倉庫に回せ!!」
「うおおおおお!! そこの新入り、ボサッとすんな!!」
周囲では、筋肉隆々の船乗りたちが忙しく動き回っている。
重たい荷物を担ぐ者、ロープを締め直す者、掛け声をかけながら作業する者──皆、無駄のない動きだ。
ヴァレリス港は活気があるが、ここの連中はそれ以上に勢いがある。
「……すげぇな」
そんな光景を眺めながら、俺はオルドジェセルの言葉を思い出す。
『ここからはもう"げーむ"とやらの正史ではない』
そうだ。
エミルが囚われてしまった以上、彼の視点で動くゲームの情報は使えない。
再びエミルが戻ってくるのは、五年後。
それまで、俺は俺なりに生き抜いていかなければならない。
ゲームにない、新しい道を進むしかないのだ。
「さぁ、マルタロー!! アステリア王国に出発だ!!」
「わふぅー!!」
俺は甲板に立ち、潮風を浴びながらヴァレリスの王都を見送る。
少し名残惜しいが、決めたことだ。
ここから先は、誰も知らない未来。
俺たちの、新しい旅の始まりだ。
「さて……寒いし中に入ろうか」
季節は秋も中旬。
凍えるわけではないが、船の上は流石に風も強く、体が冷える。
周囲では、船乗りたちが忙しく動き回っていた。
ずいぶん働き者が多い船だな……と感心しながら、俺は船員に声をかける。
「すみません、船室はどこですか?」
「あ? 船室? 船員用の部屋のことか? だったらそこの階段を降りて──」
そう答えた男が、俺の顔を見て一瞬固まる。
そして、急にニヤリと笑った。
「……って、フェイクラントじゃねぇかよ!!」
「え?」
その顔には見覚えがあった。
以前、カンタリオンでエミルの未来の嫁・セレナを攫おうとした結果、サイファーにボコボコにされた誘拐犯──
元フェイクラントのパーティメンバーである小悪党リーダー・ハロルドだった。
「なーんだよフェイ!! おめぇもついにこっち側になっちまったか!? ま、おめぇとは何かしら似たような空気を感じてたしな!! ハハッ!!」
「えっ……え……なんでここに?」
以前とは違い、やたらフランクに話しかけてくるハロルド。
俺の戸惑いをよそに、彼はゲラゲラと笑いながら説明を始めた。
「なんでって、この船はよぉ……俺たちみたいな犯罪者どもが刑罰として肉体労働をさせられるための船だからに決まってんだろ!!」
「は?」
「お前も捕まっちまったクチか? まぁ安心しろ! ここじゃみんな平等よ!!」
「えっ……」
情報量が多すぎて、理解が追いつかない。
そんな俺の前に、さらに見覚えのある顔ぶれが現れる。
「オイ!! 見ろよお前ら!! 新入りのフェイクラントだぜ!!」
巨体の大男、バッカス 。
そして、紅一点の毒舌女、アビゲイルも現れる。
「あら……ふふ、結局アンタもなのね」
「がはははっ!! まぁ過ぎたことは忘れて楽しく行こうや!!」
「え……あれ? どういうこと?」
状況が読めない俺を無視して、ハロルドが肩を叩く。
「ホラ! 船員の部屋は階段を降りて左だぜ。そこで着替えたらさっさと上がってこいよ。仕事は山ほどあるんだからな!!」
「ちょ……ちょ!!」
強引に押し込まれるように、俺は船室へ案内される。
そこには、汚れた布のような衣服──いや、「水夫の服」 が置かれていた。
「……着ろってこと?」
半ば強引に着替えさせられ、気づけば俺は船員の制服を着ていた。
「よーしお前ら!! 清掃の時間だぁ!!」
「えーっと……ス、ステータス……」
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ステータス
名前 :フェイクラント
種族 :人族
職業 :船乗り見習い ←!?
年齢 :28
レベル :23
神威位階 :顕現
体力 :115
魔力 :25
力 :60
敏捷 :67
知力 :21
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「…………ふなのり?」
──俺、いつの間にか魔物使いでなくなってない!?
やだ、何だこのカッコ悪い服装。
いや、カッコよさとかどうでもいいんだけど……。
「わふ」
ふと横を見ると、頭にバンダナを巻いたマルタロー がいた。
しっかりと水拭き用のバケツを背中に乗せ、俺の作業を手伝うつもりらしい。
「……お前、順応するの早すぎね?」
俺が絶望している中、ハロルドが雑巾を投げてくる。
「仕事だぞ新入り!!」
「ハ、ハロルド、アステリア王国にはいつ着くんだ?」
「アステリア? 確かこの船が最後に行き着く港がアステリアだから……えーっと、一年後くらいかな?」
「い…………一年後ぉおおおおお〜〜〜!?」
「わふぅ〜〜〜!?」
俺と、何故かマルタローも空いた口が塞がらなかった。
一年……。
俺がこの世界に来てから、一番長い時間を過ごすのは船の上らしい。
思わず頭を抱えたくなるが、今さらどうしようもない。
まずは、この船の環境に慣れるしかない。
──こうして、俺とマルタローの長い長い船旅が幕を開けたのだった。
ここまでのご愛読、誠にありがとうございました。
次章はいよいよ「あのキャラ登場!?」って感じにしたいと思います。
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感想などもあれば気軽に書いていただけるとドキドキします。
それでは、また次章終わりにお会いしましょう。