第七十九話 「次の目的」
「……申し訳……ありません……!」
「おい、やめろよ!?」
まるで土下座のように……いや、これは土下座だ。
俺は慌てて止めようとしたが、ベルギスはそのまま動かない。
「俺たちが……俺が狙われていたせいで、皆が……!」
彼の声は震えていた。
「魔族が攻めてきた時、俺がいればそんなことにはならなかったかもしれない……! 俺たちが狙われていたせいで、村の人々が巻き込まれた……! それなのに……俺は……!」
ベルギスの自責の念が、痛いほど伝わってくる。
ミーユも何か言いたげだったが、言葉を失っているようだった。
確かに、ベルギスがヴァレリスに行かずにプレーリーに留まっていれば、村は滅びなかったかもしれない。
クリスも、村のみんなも死ぬことはなかったかもしれない。
だが、今更そんなことを後悔しても遅い。
俺だって、本来そうなると知っていた筈なのに、何も出来なかったのだから。
ベルギスだけのせいじゃない。
「……ベルギス」
俺は彼の肩に手を置いた。
「お前のせいじゃねぇよ」
「でも……!」
「確かに、魔族がお前を狙っていたのは事実だ。でもな、ザミエラが村を滅ぼしたのは、お前がいなかったからじゃない……ただの"嗜虐"だ。アイツはそういう奴なんだ」
ベルギスは歯を食いしばりながら、俺の言葉を聞いていた。
「それに、俺だってお前の居場所を魔族に売っちまった。悪意がある分、俺の方が酷いよ」
「違うわ!! 悪いのは魔族よ!!」
突然、ミーユが椅子から勢いよく立ち上がり、力強く言い放つ。
俺とベルギスは思わずミーユの方を見る。
「ベルギスが出て行ったせいじゃないし、ベルギスを売ったフェイのせいでもない! そもそも、魔族が勝手に攻めてきたのが原因なのよ!」
ミーユは悔しそうに拳を握りしめていた。
「私だって、危うくお母様に消されるところだった……けれど、助かった。それに、ベルギスだって、こうして生きているわ! だから、今は前を向くべきなのよ! 俯いてなんかいたって仕方ないわ! これからの対策も考えていくのよ!」
ミーユの声には、確かな決意がこもっていた。
「……ミーユ……」
そうだ。
こいつはこういう奴だった。
ゲームでも、エミルと共に奴隷生活になっても、ずっと諦めることはなかった。
機を見て、いつか必ず一矢報いると言い放っていた。
まったく、いいキャラしてやがるよ……。
ベルギスは小さく息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。
俺はホッと胸を撫で下ろす。
これ以上、ベルギスを責めさせるわけにはいかない。
彼は十分、苦しんでいるのだから。
「そうですね……今は、前を向いていきましょう」
「あぁ……」
食事の席はそれなりに穏やかになったものの、やはりどこか気まずさは拭えず、朝食の味はいまいち美味しく感じられなくなってしまった。
---
朝食を終えた後、俺たちはミーユの部屋へと集まった。
ミーユの部屋も、俺の部屋同様に広く、豪奢な調度品が整然と配置されていた。
だが、その空間にはどこか落ち着かない空気が流れている。
「で、これからどうするんだ?」
俺が部屋のソファに腰掛けながら、少し疲れた声で問いかける。
正直、問題は山積みだ。
一応、俺はとにかくベルギスを救う一心で動いていたが、彼らを救えたからと言って、ここで「ハイ、さようなら」というワケにはいかないだろう。
「決まっているわ!!」
ミーユが勢いよく口を開く。
「お母様としっかり話し合うのよ!!」
……話し合い、ねぇ。
そんなことで済む相手なら、そもそもこんな状況にはなっていないはずだ。
それでも、ミーユは真剣な表情をしている。
「お母様がどこまで計画を進めているかは分からないけれど、このまま放っておくわけにはいかないわ」 「そうですね……王妃がこれ以上暗躍しないように、今のうちに釘を刺すべきです」
ベルギスも静かに頷く。
彼らが何をすべきかは、はっきりしている。
ミーユの安全を確保しつつ、カーライエンの動きを封じる。
……問題は、俺だ。
「じゃあ……俺は何をすればいい?」
ふと、そう口にした瞬間──
「え?」
ミーユとベルギスが、きょとんとした顔で俺を見た。
あれ? なんかおかしいこと言ったかな?
「フェイクラントさんに、これ以上迷惑をかけるわけにはいきません」
「ただの一冒険者が、王家の問題に介入するのは簡単なことではないわ。フェイまで巻き込まれることはないのよ」
「──ええ?」
思わず、そんな声が出てしまう。
正直、勝手に手伝うものだと思っていたが、彼らは別に俺の助けは必要としていないようだ。
まぁ……確かにそうか。
俺みたいな一般ピーポーが王家の問題に対して口を出せることはほぼ無い。
これがもしゲームの世界なら、『次回・王位継承編!!』みたいな感じの入りでしかないのだが、考えてみると俺にやれそうなことはない。
黒幕がカーライエンであることは、すでに二人も理解しているし、俺の情報によるアドバンテージも無いに等しい。
それなら、俺がここに残る理由は──
「まぁ、どうしても手伝いたいって言うなら止めないけど、そうじゃないでしょ?」
ミーユが俺をじっと見つめる。
「あなたはきっと、何か他にやりたいことがあるんじゃない?」
その言葉に、俺は一瞬、言葉を失った。
「……どういう意味だよ」
「フェイ、食事の時もずっと思い詰めた顔をしていたわ」
ベルギスも同調するように頷く。
「確かに、何か考え込んでいるように見えました。プレーリーのことで思い詰めていたのかなと思っていたのですが、それを話していた後もあまり変わりませんでしたし……」
「…………」
──昨晩の夢のことを、考えていたのは確かだ。
大魔王オルドジェセルとの邂逅。
浜辺にいた、クリスに似た少女。
すべてが、今も脳裏に焼き付いて離れない。
あまり心配かけまいと、表情に出さないようにしていたはずだったんだが、そんなに顔に出てしまっていたのだろうか。
少し考える。
ここに留まって、ミーユとベルギスを手伝うか。
それとも──
今の俺にできること……。
「……まぁ、今すぐ決めなくても、ゆっくり考えるといいわ」
ミーユはそう言って、俺の考えを急かすことなく穏やかに微笑んだ。
「……そうだな」
俺は曖昧に頷いた。
ミーユの言う通り、焦る必要はない。
今すぐ何かを決めなければならないわけでもない。
このままヴァレリスに関わり続けるのか、あるいは……。
「じゃあ、俺は一旦部屋に戻るわ」
考えを整理するために、俺はそう言って立ち上がった。
「わふ……?」
マルタローも俺の腕の中で軽く身じろぎする。
「わかったわ。私たちもこれから色々話し合うし、何かあったらすぐ呼ぶから」
ミーユはそう言うと、俺を見送るようにソファに深く腰掛けた。
ベルギスも、俺に一礼するような仕草を見せる。
「フェイクラントさん。もし何か考えがまとまったら、遠慮なく言ってください。俺にできることなら、なんでもしますから」
「……あぁ、ありがとう」
その言葉に、俺は軽く手を挙げ、ミーユの部屋を後にした。
---
俺は自室へ戻り、扉を閉めた。
ベッドに倒れ込み、天井を見つめる。
オルドジェセルの言葉が、頭の中をぐるぐると回る。
『女神の剣に添えられた半身ではなく、今度こそ、真実の彼女の魂を──』
──女神の剣。
あの剣は、ゲームでは"勇者専用の武器"として登場した。
大魔王を討ち滅ぼすための、伝説の聖剣。
それ以上の情報はなかった。
「……半身」
あの剣は、単なる"道具"ではないのだろうか。
夢で出会った、クリスそっくりな少女。
"断頭台の姫君"が、"女神の剣"と何か繋がりがあるのだろうか。
「……クリス」
思わず、俺は呟いた。
彼女の死は、間違いなく俺の中で消えない傷になっている。
けれど、それ以上に気になることがある。
──マルタローの"左耳"。
「わふ?」
俺の腕の中で、マルタローが顔を上げる。
俺はそのまま、こいつの頭を撫でた。
クリスが死んだ日から、マルタローの左耳の色が変わった。
淡い、太陽に照らされた草原のようなベージュ色。
クリスの髪の色と、同じだった。
それが、ただの偶然なのか。
それとも──"意味"があるのか。
『君の、ずっと近くにね』
オルドジェセルの言葉が、再び脳裏に蘇る。
「わふ?」
「お前のことだったりしてな」
擦り寄ってくるマルタローの頭を撫でながら、 俺は、天井を見つめながら考える。
女神の剣。
夢で見た少女。
大魔王の言葉。
マルタローの耳。
どれも、"繋がりそうで繋がらない"ピースばかりだ。
けれど、"女神の剣"がある場所はわかっている。
地図で言うと──ベルギスたちの故郷、アステリア王国がある南の大陸。
もし、何かの手がかりがあるとすれば……そこだ。
「わふぅ!」
マルタローが俺の顔を覗き込むように鳴いた。
まるで「決めたか?」と言わんばかりの目で、俺をじっと見つめてくる。
「……そうだな」
俺は目を閉じ、息を吐いた。
──行ってみるしか、わからないよな。