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第七十八話 「ヴァレリスに来た理由」

「やっと起きたわね! 遅すぎるのよ!」


 ドアを開けた先では、ミーユが不機嫌そうに腕を組んでいた。

 相変わらずの姫様口調だ。


「悪い……ちょっと寝すぎたかもな」

「"ちょっと"じゃないわよ。ベルギスなんてもう剣の鍛錬まで終えて戻ってきたってのに!」

「……お前ら、朝から元気すぎだろ」


 俺がぼやくと、後ろからベルギスが静かに歩いてきた。


「おはようございます、フェイクラントさん」

「……お前、ちゃんと寝たのか?」

「ええ、最低限は。でも、体を鈍らせるわけにはいきませんから」


 最強くんは相変わらずのストイックっぷり。

 けれど、その顔色は前よりもだいぶ良くなっていた。

 昨日まで重傷だった男とは思えないほど、背筋も伸びて精悍な表情をしている。


「で? なんで朝っぱらからノック祭りしてたんだよ?」

「決まってるでしょ! 朝食よ! 朝食!」


 ミーユが不機嫌そうに言いながら、俺の腕をグイグイ引っ張る。

 やたら力が強い。

 さすが王女様、握力すら貴族の常識を超えているのか?


「わふっ?」


 俺の腕の中でマルタローが小さく鳴いた。

 昨夜の疲れがまだ残っているのか、まだ少し眠そうだ。

 でも、朝飯と聞いた瞬間、ピクッと耳が動いたのは見逃さなかった。


「朝食って、どこで食うんだ?」

「この宿のダイニングホールよ。さっき見に行ったけど、結構豪華だったわ」

「ほぉ……!」


 高級宿であれば、朝食も期待できそうだ。

 豪華なメシが食えるとなると、ちょっとテンションが上がる。


「じゃあ行くか……」


 俺が歩き出そうとした時、ミーユがジッと俺の腕を見つめていたのに気づいた。


「……フェイ、ちょっと」

「ん?」


 その強い目つきは明らかにマルタローの方に向いていて、もふもふとした毛並みを羨ましそうにジッと見つめている。


「その子、私にも抱かせなさい!」

「は?」

「だから、抱かせなさいって言ってるのよ!」


 ミーユは腕を組みながら、キラキラとした目でマルタローを獲物のように見据えている。

 その目はギラギラと光り、マルタローのもふもふをロックオンしている。


 このわがまま姫様は命令口調なんだが、少し頬を赤くして、視線をそらしたりするあたり、どことなく"モジモジ"しているのが丸わかりだった。


(……さては、めちゃくちゃ触りたいんだな?)


 まぁ、気持ちはわかる。

 俺も最初はいつになったらコイツのもふもふを堪能できるかと考えていたくらいだ。


 俺はふと腕の中のマルタローに目をやる。


「ぐるぅ……」


 ──ギリィ……


 ……いやいやいや、ちょっと待て。

 コイツ、明らかに警戒モードじゃねぇか。


 毛を逆立て、耳をピンと立て、尻尾は固く巻き込んでいる。

 そして何より、俺の腕に食い込む爪の痛みがヤバい。


「いっ……いたたたっ……!!」


 おい、俺の腕が生贄みたいになってんぞ!?

 お前の天敵でも来たんか? ってくらい瞳孔も開いてるし、

 何より「絶対に抱かれない」という鋼の意思を感じる。


 ミーユはそんなマルタローをまじまじと見つめ、

 ジリジリと距離を詰めてくるが、マルタローはそれ以上にギチギチと俺の腕にしがみつく。

 その爪の圧、尋常じゃない。


(……わかるぞ、マルタロー……)


 かつて俺もお前に威嚇され続けたからな。

 ミーユは気づいていないが、その"態度"がマルタロー的には"ダメ"なんだろう。

 ラヴを理解したこの俺には、もはや手に取るように分かってしまう。


 せっかく美人なのだから、満面の笑顔で「可愛い! 抱っこさせて?」と優しく話しかけたり、そっと手を差し伸べるくらいなら受け入れる可能性もあるのに、「抱かせなさい!」と命令するものだから、マルタローの警戒心はMAX。


 尻尾は完全に警戒の形に巻き込まれ、

 毛並みがまるでヤマアラシみたいに逆立っている。

 そして、俺の腕には爪がめり込む。


 めっちゃ痛い。

 さすがの俺も悲鳴を上げたくなってくる。


 ミーユはそんな俺をジト目で見上げながら、不満げに口を尖らせた。


「何よ……」

「いや、その……マルタローがちょっと機嫌が悪いみたいでな……」


 できるだけ穏便に伝えようとしたが、ミーユの表情はさらに曇る。

 むすっと頬を膨らませ、足をドンと鳴らして、不満全開。


「……ふんっ、ならいいわよ!」


 そのままクルリと踵を返し、スタスタと歩き出した。

 けれど、その後ろ姿は、どこかしょんぼりしているようにも見えた。


 すると、何を思ったか、ミーユは無言でベルギスの手をぐいっと引っ張った。

 寂しさを埋めるかのように、そのままベルギスの腕を握りしめて歩き出す。


 ベルギスは一瞬驚いたようだったが、すぐに「やれやれ」といった表情でミーユに引かれるがままに歩いていく。 


「ふーむ……」


 俺は心の中でエミルに謝った。



 ---



 ダイニングホールにて


 宿のダイニングホールは、王都の高級宿らしく豪華な内装だった。

 整然と並べられたテーブルには白いクロスが敷かれ、香ばしいパンの匂いと、湯気の立つスープの香りが漂ってくる。


 ミーユはさっさと席を決めると、ベルギスの隣を当然のように確保し、ふんぞり返るように座る。

 その横で、マルタローが俺の膝の上に陣取って丸まった。


「わふっ!」


 ミーユとマルタローはまだ相性が悪そうだったが、ツンデレ甘えん坊という点ではコイツらは似ている。


「ここの朝食、思ったより豪華ね!」


 ミーユはご機嫌になったのか、並べられた料理を前に目を輝かせていた。

 パンにスープ、ハムやチーズ、色鮮やかな果物まで用意されている。

 さすが高級宿、朝食だけで貴族の晩餐みたいな豪華さだ。


 しかし、ミーユの元気っぷりとマルタローのもふもふで少しは気が晴れたと思っていたが、これからのことを考えるとやはり気が重い。


「フェイクラントさん」


 ふと、ベルギスが静かに口を開いた。


「ん?」

「……助けてもらったことに対して、きちんとお礼を言えていませんでした。攫われたエミルのことで頭がいっぱいで……本当に申し訳ありません」


 彼はそう言うと、真剣な眼差しで俺を見つめた。


「い、いやぁ……」


 照れくさくて、俺は曖昧に笑いながら肩をすくめる。

 俺は純粋な気持ちでベルギスを助けるためにというよりはただ、ザミエラに殺される未来を知っていて、見過ごせなかっただけだ。


 ……まぁ、とはいえ、助けたことには変わりないんだけどな。


「お前がいなかったら、今頃ミーユだってこうやって朝食にはありつけていないだろうし、気にしないでくれ」

「そうよ! ベルギスだってものすごくすごかったんだから!!」


 ベルギスではなくミーユが代わりに回答する。

 お前はもう少し俺に感謝して欲しいところだが……まぁ、礼は昨日言ってもらったしいいか。


「……そう、ですね」


 ベルギスは静かに頷いたが、その目の奥にはまだ消えない悔しさが滲んでいる。

 そりゃそうだ。

 弟が攫われたんだ、冷静でいられるわけがない。


 しばらく沈黙が続いたが、ベルギスは俺をじっと見つめたまま、ふと問いかけてきた。


「そういえば、フェイクラントさんはどうしてここに?」

「あ……えっと……」


 ──そうだよな。

 まずそこだよな。


 ただの村人である俺がどうして一人でヴァレリスまで来たのか。

 プレーリーで暮らしていたはずの俺が、どうしてここまで流れ着いたのか。


 しかし、言ってもいいのだろうか?

 ゲームだから知っている、という情報以外でフェイがここに来る理由といえば──


 俺が口ごもっていると、ベルギスは俺の迷いを察したのか、少し穏やかな口調で言った。


「何か……深い事情でも? なんでも話してください。フェイクラントさんは命の恩人です。力になれることがあれば」


 ──チクリ、と胸が痛む。


 命の恩人、か。

 そう言われるとそうなのだが……。

 けれど、こいつだってエミルが攫われて気が気じゃないはずなのに、俺のことまで気遣ってくれるなんて。


 ヴァレリスに来た理由……。

 ……仕方ない、考えても他に思いつかない。

 ここは、甘えさせてもらおう。


「実はな……」


 俺はゆっくりと息を吐き、ベルギスとエミルがプレーリーを出た後に起こったことを話し始めた。


 あの後、ベルギスが交戦していた真紅の魔族・ザミエラが攻めてきたこと。

 それにより、村人は俺以外全員死亡したこと。

 ザミエラはベルギスの居場所を探していたこと。

 俺が絶望の中、叶わなかったがクリスの命と引き換えという条件で、ベルギスの居場所を話してしまったこと。

 そして──唯一生き残ってしまった俺は、罪悪感でヴァレリスまでベルギスを追ってきたこと。


 ──という感じで。

 静かに、淡々と俺は語った。


 ベルギスは静かに俺の話を聞き、最後には言葉を失っていた。

 ミーユも、スープをすくっていたスプーンを止め、目を見開いている。


「……そんな……」


 俺の言葉が、ベルギスの心に突き刺さるのがわかった。

 彼は何も言わず、ただ俯いた。


「今、プレーリーはただの墓場だ」

「……そんな……じゃあ……あの村が滅んだのは……俺のせいで……」


 ベルギスの拳が震えていた。

 ぎゅっと握りしめ、唇を噛み締める。


 ──そして、ベルギスは俺に向きながら、思い切り地面に頭をつけた。

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