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第七十一話 「ベルギス×ミーユ?」

 日が傾き、赤く染まった空が木々の間から覗く。

 俺たちは王都ヴァレリス近く、デカードを木に縛り付けていた場所へと戻ってきていた。


 あの後は特に追手もなく、無事にここまで辿り着くことができた。

 ザミエラはエミルさえ攫えればそれでよかったのだろう。


 さて、これからどうしようか。


 ベルギスを救えたことは良かった。

 だが、エミルだけは……救うことができなかった。

 それがずっと胸に引っかかっている。


 主人公であるエミルが結局囚われてしまうのであれば、正史通りセシリアは大魔王の封印を解除し、復活させてしまうだろう。


 ベルギスを生還させることに集中しすぎて、その先のことなんて全く考えてなかった。

 この先どう動くべきか──正直、まだ見えてこない。


 ベルギスに魔族の居場所を話すか……?

 彼の力があれば直接乗り込んで、大魔王復活までに決着を付けられるかもしれない。


 ……いや、でもそれは悪手だ。

 あいつにそんな話をすれば、血相を変えて今すぐにでも飛び出して行くだろう。

 ベルギスの魔族への執着は尋常じゃない。

 コイツの過去を知っている俺には、よくわかる。


 エミルとセシリアの為にと、一人で飛び出していくだろう。

 それは避けたい。

 せっかく救い出したのに、死にに行かれてはたまらん。


 力尽くでも行くとか言い出したら誰にも止められない。

 今は言わない方がいいだろう……。


「デカード、あなた……父様を裏切っていたのね。許せない……!」

「ミ、ミーユ王女! こ、これには深いワケが──!」

「黙りなさい!! この恥知らず!! お父様がどういう想いであなたを信頼していたか──」


 ミーユは怒りに震えながら、木に縛り付けられているデカードに詰め寄っている。

 俺が事情を説明したときの彼女の表情は今でも忘れられない。

 尊敬する父親が信頼していた大臣が、実は裏で王妃カーライエンと手を組み、自分を排除しようとしていたと知ったのだから、無理もない。


「あんたは魔族と結託し、私を排除しようとした。弁解の余地は無いわ」

「そ、それは誤解でございます! 王女様! 私はただ──」

「せめて……せめて私が引導を渡してあげるわ」


 ミーユが鋭く目を細め、サーベルをデカードの首筋に当てる。


「お……お助けをッ!! ひぃいいいッ!!」


 デカードは必死に命乞いを始めるが、ミーユの目には殺意が浮かんでいた。

 このままだと本当に首を飛ばしかねない。


「ま、待て待て!! ミーユ!!」


 俺は慌てて間に入り、彼女の手首を掴む。


「離して!! こいつは裏切り者なのよ!? ただじゃすまさない!! すり潰してやるわ!!」

「落ち着けって! ここでコイツを殺しても、王妃はしらばっくれるだけだ。ちゃんと連行して、王に相談してからでも遅くないだろ? 死人に口なし。下手をすれば大臣を殺したお前が罪に問われるかもしれないんだぞ!?」

「だって……お父様は大臣を信頼してたのに……。こんな……!!」


 ミーユは涙を浮かべながら苦しそうに目を伏せたが、なんとか手を止めてくれた。

 その反応だけで父親をどれだけ慕っているかがわかる。

 でも、ここで殺しても有利になるかはまだわからない。


 その時──


「う…………ぐっ……」


 低いうめき声が聞こえてくる。


 俺たちがその声の方を振り返ると、ベルギスがゆっくりと瞼を開け、身体を動かそうとしていた。


「ベルギス……!? ベルギス!!」


 ミーユは一気に表情を変え、手に持っていたサーベルを放り投げると、彼に駆け寄る。


「ベルギス!! 目を覚ましたのね!!」


 ミーユは涙を溢れさせながら、勢いよくベルギスに抱きつく。

 声を震わせ、嗚咽を漏らしながら泣きじゃくっている。


「……ミーユ……王女……?」


 ベルギスがまだ意識が朦朧としたまま、かすれた声でミーユの名を呼ぶ。

 その声を聞いた瞬間、ミーユはさらに強く彼を抱きしめ、言葉にならない感情をぶつけていた。


「……よかった……本当によかった……!」

「少し痛いです……王女……」

「あっ……ご、ごめん」


 ミーユはベルギスから一歩離れ、赤面しながら俯く。

 彼女のその表情が、まるで恋する乙女のように見えた。


 …………ん?


「……ベルギス、本当に無事でよかった……ぐすっ……ひぐ……」


 ミーユが涙を拭いながら、ベルギスをじっと見つめる。

 その瞳には安堵と喜びが浮かんでいるが、なんだろうか……。


 ……あれぇ〜?

 ミーユ、今めっちゃ顔赤いんですけど……?

 なんかちょっと、いやだいぶ乙女っぽい感じになってませんか?


 いやいやいや、まぁ待て待て。

 ゲーム上での話だが、ミーユも以前出会ったセレナ同様、エミルの嫁候補だ。

 五年間の奴隷時代を共に乗り越え、エミルと共に脱獄し、共に世界を旅して、戦争中のヴァレリスを救い、女王として君臨するハズの彼女は、青年編で彼のピンチに駆けつけ、再開を果たす。

 惹かれ合う二人。しかし、その前には恋敵である青髪の女性──セレナが……!!


 という、それが本来あるべき彼女のルート。

 ……つまり、ミーユはエミルに惚れるはずなのだ。


 なのに、どうしてベルギスをそんなトキメキ顔で見てるんだよ!


「……ベルギス……本当にもう無理しないで……。私……心配で……」

「あ、ありがとうございます……」


 再び差し出された、ミーユの小さな手。

 その手を、大きくもどこか繊細そうなベルギスの手で包み込む。


 ……おいおいおいベルギスにいさんや。

 お前、女の人ちょっと苦手設定なかったか……?

 君も君でミーユの手をキュッと握るだなんて、見せつけてくれちゃいますやん。


 ほら、ミーユまた顔赤くなってるし!

 え? ベルギスが死ななかった場合ってこういうルートになるの!?


 ……すまん、エミル。

 俺、お前のヒロイン、一人減らしたかもしれん。

 いや、俺は別に何もしていない。

 勝手に兄貴がお前の嫁候補をN○Rするかもしれないだけだ……。


「ミーユ王女が助けてくださったんですか……?」

「ううん、フェイ……彼がその、助けに来てくれて……」


 ミーユが俺の方に手を向ける。

 ようやくベルギスが俺の存在に気づいてくれた。


「え……フェイクラントさん? どうして……?」

「よぉ。旅の途中で偶然見かけてな……お前、死にかけだったんだぞ。……なんとか上級治癒魔術のスクロールがあったから無事だったものの、ミーユなんて終始泣きっぱなしでな……」

「うるさい!! そんなの言わなくていいじゃない!!」

「わ、わかったから突っかかって来るな」


 顔を真っ赤にしながら制して来るミーユをあしらいながら説明する。

 ところどころ嘘を交えて、ごく自然に聞こえるように。


「では、あのローブを着た男は敵じゃなくてフェイクラントさんだったんですね……。賊と同じローブだったので、増援が来たのかと思いましたよ……なんにせよ、ありがとうございます。あなたが来なければ……」

「礼ならコイツに言ってくれ。俺よりも先に駆け出して行ったんだ。覚えてるか?」


 照れ臭くなりながらも、俺はマルタローに指を差す。


「わふぅ!」


 マルタローはリュックの中から顔を出し、小さく吠えた。


「そうか……君はあの時の、俺に危機を教えてくれたんだよな?」

「わふ?」


 ベルギスは優しい笑みを浮かべながらマルタローを撫でる。


 おお、珍しい。

 さすが、ベルギスはマルタローへのラヴを理解しているようだ。

 初対面……というワケでもないが、基本的にマルタローは心を許さないのに、抵抗なく撫でられている。


 ん?

 っていうか、危機ってなんだ?

 そんなやりとりをマルタローとしていたのだろうか。


 しかし、撫でながらもベルギスの表情は暗くなっていく。

 遠い目をして何かを思い出すように俯いた。

 そして、手を見つめるようにしてから、顔を歪ませる。


「……エミル……弟は……?」


 その質問に、俺とミーユは顔を見合わせた。

 ミーユが唇を噛み締め、視線をそらす。俺も、正直に言うしかないと覚悟を決めた。


「……エミルは……恐らく連れ去られた。俺たちが遺跡を出る頃には、すでに奴らに……」

「なっ……!!」


 ベルギスの表情が一気に険しくなる。

 彼は無理やり身体を起こそうとするが、酷く損傷した肉体はまだ完全には癒えていない。


「落ち着け! 今のお前じゃ無理だ! それに、アテだってないだろ!?」

「どいてください……世界中を探してでも、エミルを助けないと……」


 ベルギスは激しく息を切らしながらも、拳を地面に叩きつけた。

 その拳が震えているのは、怒りと無力感からだろう。


 しかし、彼を行かせるわけにはいかない。

 ここで行かせれば、それこそ何のために助けたか分からない。


「ミーユはどうする気だ!? お前がいなければ、誰がカーライエン王妃から彼女を守る!? お前はデュケイロス王からミーユを頼むと依頼されているんだろう!? 弟が拐われたからって、ミーユを放置するのか!?」

「……ッ……!!」


 俺の言葉に、ベルギスが激しく息を吸い込み、俯いたまま動きを止める。

 悔しさに震えているのがわかった。

 エミルを助けたい気持ちは痛いほど理解できるが、彼が今飛び出したところで無謀なだけだ。


 それに、ミーユ自体が心配なのもそうだ。

 正史とは異なる展開のミーユには、まだ何が待ち受けているか分からない。

 相手が魔族だったから暗殺ではなく誘拐だったが、ザミエラがもう手を出してこない場合、普通に暗殺される場合も考えられる……。


 しばらく沈黙が続いた。

 ただ、彼の肩が小刻みに上下し、息を整えようとしている様子が伝わってくる。


「……ミーユ王女……俺は……」

「わかってる……優先度なんてつけられないくらい悩んでることくらい……」


 ミーユが前に進み出て、そっとベルギスの肩に手を置いた。

 彼女は震える声を押し殺しながらも、毅然とした表情で彼を見つめている。

 その姿は、さっきまで泣きじゃくっていた少女ではなく、王女としての威厳すら感じさせた。


「けれど、どこにいるかすらわからないエミルを追うなんて、本当に無謀よ……。今は、その……私を守ってほしい……そばにいて……」


 ベルギスは驚いたように顔を上げた。

 ミーユの瞳には、強い決意が宿っている。


「私のせいだってのはわかってる……。私がお母様に狙われているせいで、結果的にエミルだけが拐われてしまって……。だから、私もこの罪を精算したい。王位継承に決着がつけば、今度は私がエミルを助けたい。手伝わせて欲しい……だからお願い……それまでは、私と一緒にいて」

「王女……」


 ベルギスはゆっくりと目を閉じ、息を吐き出した。


「……わかりました。……今はまず、あなたを守ることを最優先にします」


 そう言って、彼はゆっくりと腰を下ろした。

 それを見届け、俺もようやく肩の力を抜いた。


「……ありがとう」


 ミーユが安心したように微笑む。

 ベルギスも小さく頷いたが、その瞳にはまだわずかな悔しさが残っていた。


 これで……よかったんだよな……?

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