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第六十九話 「再び、遺跡へ」

 オーガの巨大な体躯は動かない。

 斬り飛ばしたその体は、血だまりの中で静止している。


「やった、の……?」


 ミーユがやれてないフラグを出す。


 しかし、その声には、まるで現実感が伴っていないように聞こえた。

 俺も同じ気持ちだ。

 倒れているオーガを見下ろしながら、息を整え、剣を静かに鞘へ収めた。

 戦闘の余韻が全身に残っているせいで、まだ心臓が早鐘のように鳴り続けている。


 ……本当に、倒したのか?


 A級の魔物、オーガ。

 普通なら同じ階級であるAランク冒険者でもいなければ太刀打ちできない存在だ。

 俺たちみたいな"レベル20程度"のやつらが勝てるはずもない。

 それを俺たちは、たった二人でなんとか打ち倒したのだ。


 改めて、神威の凄さを思い知らされる。

 強さが桁違いだ。

 使いこなせさえすれば、本当に相手が格上でも立ち向かえる……。


 そして、共闘してくれたミーユも。


「うっ……くゥッ……!」


 そのミーユが、全身を震わせながらうずくまっている。

 額からは大粒の汗が滴り落ち、全身がビキビキと痙攣しているのが見て取れた。


「おい、大丈夫か……ッ……!」


 慌てて駆け寄り、彼女の肩に手をかける。

 正直、俺も全力で神威を打ち込んだせいで全身が痛い。

 威力はすごいが、反動もやはり大きい。


 ミーユは息を荒くしながら、かろうじて顔を上げた。


「平気……よ……こんな……の……」


 そう言ってはいるものの、明らかに平気じゃない。

 俺が"活動位階"になったときも、たった一撃木剣を振るっただけで腕の筋肉が張り裂けそうになった。


 それを、ミーユは全身に神威を纏い、あれだけのスピードで無数の斬撃を放ったのだ。

 その反動がどれだけ大きいか、想像するだけで身震いする。


「いいから無理すんな。身体が持たないぞ」


 俺は彼女を支えようと手を差し伸べるが、ミーユは弱々しいながらも手でそれを制する。


「……大丈夫……それより……」


 彼女が苦しそうに言葉を継ぐ。


「一体何がどうなってるの? 私はエミルと遺跡の出口に向かってた際に魔族と出会って……全然勝てなくて気を失って……それで、エミルとベルギスはどこにいるのよ?」


 彼女の疑問はもっともだった。

 本来であれば、彼女が次に目覚める場所では既に奴隷にされており、他の子供たちと強制的に労働させられるハズだ。

 俺はその運命を強引に変えた。

 ゲームとかは言えないが、どう説明したものか……。


「……あぁ、お前が気を失ったあの後──」


 俺はミーユが気を失っていた際の事の顛末を話した。

 エミルとミーユがザミエラに敗北した後、二人は対ベルギスへの人質になったこと。

 それを旅をしていた俺が偶然見かけたという体で、隙を見て二人を解放したこと、しかしエミルは救い出せず、結果的にミーユだけしか連れてこれなかったことを。

 ベルギスとエミルとは同じ村出身ということで、思わず助けに入ったという理由を付ける。ミーユの名前を知っているのも、王女なので噂程度には聞いていたことにする。


 ミーユは俺の言葉を疑うこともせず、ただ静かに聞いてくれた。


「そう……まず、お礼を言わければね。改めて、ヴァレリス第一王女である私、みゅるひ……みょる……」

「あ、あ〜無理すんな。ミーユでいいよな?」

「ふ、ふん。わかってるならいいわ。馴れ馴れしいけど、特別に許してあげる」


 ミルフィーユ、だなんて間違っても言ってはいけないのはゲームと同じようだ。

 時々選択肢でも彼女を呼ぶ時があるが、設定を忘れて本名をそのまま言うと鉄拳が飛んできてエミルがダメージを受ける。しかも、結構洒落にならないダメージである。


 かみかみになってる少女をリアルで見るのはなんだか可愛くて、つい笑ってしまいそうになるが、我慢だ。

 命の恩人とは言え、嫌われるかもしれないし、殴られたくもない。


「で、フェイクりゃ──」

「ブフォッ!!」

「──〜〜っ!!」


 思わず吹き出してしまった俺の顔面に、ミーユの小さな拳が鋭く飛んでくる。


──バキっ!!


「ぐぼおっ!!」


 全身が悲鳴を上げているところに、この不意打ちは地味に効いた。

 鼻を押さえて涙目になりながらミーユを見上げると、彼女は顔を真っ赤にして俺を睨んでいた。


「な、何がおかしいのよ……!」

「いや、あの、別におかしくて笑ったんじゃなくて……その、滑舌が可愛いっていうか……いや、なんでもないです!! ハイ!! どうぞ続けて!! ちなみに俺の名前はフェイでいいぞ!」


 俺は慌てて手を振り、変なフォローを入れてしまう。

 クソ、俺の名前で噛むとか、そんなの不意打ちだろ……。

 

 ミーユは「はぁ?」という顔をしながら、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「わかったわ……じゃあ、フェイ」


 しかし次の瞬間、彼女の表情が一変する。

 怒りと絶望、焦りが入り混じった険しい顔だ。


「……なんで二人を置いてきたの……?」


 低く、かすれた声が漏れる。

 それは、怒りと絶望が入り混じった声だった。


「あ……あぁ」

「……っ!! 助けてくれたことには礼を言うわ! でも、あなた冒険者でしょ!? どうして加勢しないのよ!! あなたは助けられる立場にあったのに!!」


 俺の反応に、彼女は勢いよく迫り、怒りをあらわにして詰め寄る。

 まだ身体に力が入りきっていないのにもかかわらず、必死に怒りを押し出しているのがわかる。


「……無茶言うなよ……あの状況で……」


 俺は少し戸惑いながらも答える。


「ザミ……いや、魔族だっていたし、オーガに苦戦する俺が加勢しても、ベルギスの足を引っ張るだけだろ……」

「そんなの理由にならないわよ!」


 ミーユの声が震え、涙が目の端に滲んでいる。


「ミーユ……」


 俺は言葉を失う。

 目の前のミーユは、自分のことよりもエミルとベルギスのことを心底気にかけている。

 それが彼女の"強さ"だとわかっていても、今は俺もその気持ちを素直に受け止めることしかできない。


「……戻るわよ、エミルを……ベルギスを……助けなきゃ」


 ミーユは涙を拭い、震える身体を無理やり動かそうとする。

 俺はため息を吐きながら彼女を支える。


「わふ」


 いつの間にか再びリュックに隠れていたマルタローも、「助けなきゃ」と言わんばかりにひょこっと顔を出し、小さく鳴いた。


「……わかった……戻ろう。ただし、もしもまだ戦闘中なら、無闇に飛び出すなよ」

「…………」


 ミーユは答えなかった。

 彼女の性格からして、それはどだい無理な話だろう。

 できる限りその場合はベルギスの足を引っ張りたくはないのだが。


 だが、俺がエミルとミーユを解放したことで、ベルギスはもはや人質を気にせず戦えるようになったハズだ。

 もしかすると、案外あっさりとザミエラたちを倒しているかもしれない。

 ──そんな甘い期待を胸に、俺たちは再び遺跡へと向かうことにした。



 ---



 再び遺跡の入り口に戻ってきたとき、そこには異様な光景が広がっていた。

 戦闘になっている様子は無い。

 ただただ静かに、戦闘があった"余韻"だけが広がっていた。


「……なんだ、この匂い……」


 鼻を突くような焦げた臭いが漂い、入口付近は半ば崩壊している。

 すぐそこの広場の天井を見上げると、そこには大きな穴が空いていた。

 まるでそこに雷でも落ちたかのような巨大なクレーターが床にできており、そこから広がるように焼け焦げた跡がある。


「エミル……ベルギス……」


 そう呟くミーユと共に、周囲を警戒しながら探索する。

 床の焦げ跡からまだ熱気が立ち上っている。

 指で触れれば火傷しそうなくらい、温度が高い。


 俺たちは焼け焦げた跡を辿りながら、広場の中心へと足を進めた。

 そこで──


「……ッ……!」


 ミーユが言葉を失ったように息を呑む。

 焦げ跡の中心、彼女の視線の先には、もはや“人間”かどうかも判別がつかないほどの、黒く焼け焦げた身体が横たわっていた。

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