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第六十五話 「モブ VS 悪の組織モブ×3」

 デカードが冷笑しながら指を動かし、黒ローブたちに命じた。


「気をつけろ、ソイツは手が光る妙な魔術を使うぞ!」


 黒ローブたちの動きが一瞬止まり、警戒の色が濃くなる。

 一人が静かにナイフを構え、音も無く飛びかかってきた。

 目の前で刃が光を反射する。


『強い想いであればあるほど、神威は普通の武器では傷一つつかなくなる』


 レイアさんの言葉を思い出す。


 一見するに切れ味の良さそうなナイフだ。

 しかも、相手は戦闘経験のある者──普通なら、手首が切り落とされていてもおかしくない。


 だが、俺はそのナイフに対し、左腕を突き出した。

 ナイフは淡く光る俺の腕に触れると、弾かれる──ということはなく、硬いモノに触れたかのように抵抗を受けながら肌に刺さっていく。


 しかし、切断はされることはなく、軽く食い込むだけで止まった。

 ナイフを持った男はその事象に驚いたのか、目を見開いく。


「なっ……!?」

「──ってぇえ!!」


 左腕から鮮血がタラリと垂れる。

 完全に防げてはいないが、思った以上に深く刺さっていない。

 それでも痛みは確かに感じる。


「クソッ、まだ俺はそこまで強くねぇってことか……よッ!!」


 叫びながら、神威を込めた右の拳を振りかぶり、腹へと叩き込む。


 ドゴォッ──!!


「ぐっ……ぁああああッ!!」


 黒ローブの男は、ナイフが腕に食い込んだだけに留まったことが理解し切れなかったのか、全く反応し切れないまま、ボールのように吹き飛ばされた。

 軽々と5メートル以上後方へ吹き飛び、地面に叩きつけられて沈黙する。


 俺は一瞬、拳を見つめながら息を吐いた。


(ふ……どうだ)


 しかし、すぐに後ろに控えていた黒ローブが詠唱を始めていた。


「燃え滾る力よ、我が前に集いて顕現せよ──『火球(ファイアーボール)』!」

「吹き荒れる力よ、刃となりて顕現せよ──『風刃(ウィンドカッター)』!」


 灼熱の火球と鋭い風の刃が俺へと向かって飛んでくる。

 二重の攻撃魔術が同時に襲い掛かってきた。


「い!?」


 逃げる暇はない。

 咄嗟に両腕を交差させて防御の姿勢を取った。

 火球が炸裂し、炎が身体を包む──


 ──だが


「……ん?」


 思ったほど熱くない。

 確かに服は焦げて破れたが、肌にはわずかな熱しか感じない。


 さらに、飛来する風刃が服をズタズタに引き裂いた。

 しかし、その刃もまた、俺の身体には傷は付けども致命傷は与えられない。


「こ、こいつ……魔術が効いてないだと!?」


 驚愕する黒ローブたち。


 俺はゆっくりと両手を下ろし、自分の状態を確認する。

 焦げた服の隙間から覗く肌はほぼ無傷。


 神威もそうだが、エンシェントドラゴンの魔素も身体に馴染んでいるのもあるのだろうか。

 ゲームでもそうだったが、竜に炎や氷は効きにくかったからな。


「……強く、なってる……?」


 実際に俺のレベルはそう高くない。

 だが、今は神威を常に纏い、肉体は竜の魔素で耐熱性もある状態だ。

 さらに、顕現位階に達している俺は、神威すら知らない潜在位階の相手に対して、相当な防御力を持っているのだろう。


(レイアさんの言ってた通りだ……)


 レベル、つまり『存在としての密度』自体はまだまだだが、それでもコントロールできるか出来ないかだけで、これだけ違うのか。


「……クソッ……ならばこれはどうだ!?」


 黒ローブたちはすぐに立て直し、再び俺に向かって杖を構える。


「燃え滾る火の力よ、我が命ずるままに怒り狂え! その咆哮にて包み焼け──」

「吹き荒れる風の力よ、舞い踊りて討ち果たせ! 疾風の爪にて、引き裂け──」


 詠唱と共に、空間に火と風の中級術式が展開されていく。


 うーん。

 レイアさんたちと違って、詠唱している時点で遅いんだよな……。

 さっきは前衛が居たから撃てたろうけど、今それは無理だろ。


 俺は軽くため息をつき、神威を込め、全力で地面を蹴った。


「ばあっ!!」

「ひぃっ!!?」


 瞬時に間合いを詰められた黒ローブの男が、まるで幽霊でも見たかのように悲鳴を上げた。

 詠唱が途切れる。

 俺はにっこり笑いながら、そいつの腹に軽く拳を入れる。


「ほいっと」


 ──ドゴッ!


「がっ……!」


 男は目を白黒させながら悶え苦しみ、そのままだらしなく地面に崩れ落ちる。


「次はお前だぞ~」


 手をわきわきと動かし、どっちが敵役なのかわからない笑みを浮かべる。

 もう一人の黒ローブが焦って詠唱を再開しようとするが、俺はさらに間合いを詰めて蹴りを見舞う。


「勉強しねえなぁ……っと!!」


 ──バキィッ!


「ぶげっ!!」


 男は顔面に蹴りを受け、鼻血を出しながらグラっと身体が倒れ始め、そのまま意識を手放し、沈黙する。

 俺は倒れた二人を見下ろし、息を整えながら思わず呟いた。


「ふぅ……」


 なんか、嘘みたいだ。

 ただのモブだった俺が、今やこうして敵を圧倒してる。

 いや、相手も悪の組織の末端モブなんだろうけど……。


 しかし──


「はぁ……はぁ……」


 俺は地面に手をついて深い呼吸を繰り返す。

 全身が鉛のように重い。

 神威を纏ったまま戦うのが、これほどまでに体力を消耗するものだとは思わなかった。


 戦闘中は アドレナリンで気づかずに動けていたが、今こうして気を緩めた瞬間、全身がガクガクと震えていることに気づく。


 岩を斬った時などの特訓時は、ほんの一瞬神威を解放していただけだった。

 その瞬間だけならまだしも、こうして戦闘中ずっと神威を纏い続けるのは、全く次元の違う疲労感をもたらす。


「……これ、強敵相手だったら死んでたかもな……」


 俺は顔を歪めながら拳を握り締める。

 今回の相手はモブどもだったから勝てた。

 だが、これが格上の相手だったら、体力を持たせることすら難しかったかもしれない。


 俺は立ち上がりながら、心の中で使い所をしっかり見極める必要があると自分に言い聞かせた。

 いつでも全力を出せるわけじゃない。

 この力に頼りすぎれば、いずれ自滅するのは目に見えている。


「……ん?」


 後ろを振り返ると、そこには震え上がったデカードが立ち尽くしていた。


「ひ、ひぃ……ひぃぃっ……!」


 もはや彼は目に見えて戦慄している。

 額に脂汗を滲ませ、あたふたと後退しているが、足元がもつれてそのまま尻もちをついた。


「ま、参った!! 降参だ……命だけは助けてくれ!!」


 デカードは情けない声で叫びながら、両手を上げて命乞いを始めた。


(……なんだかなぁ)


 俺は肩をすくめながら彼に近づいた。

 さっきまで威張り散らしていた態度はどこへ行ったんだか。


「デカード。お前は拘束させてもらう。悪いが情報は筒抜けだからな。事情は話せないけど」

「く……誰かが裏切り寄ったか……? 傭兵でも雇ったか……」


 デカードは怯えた顔をこちらに向け、ガクガクと震え続けながらもそう言う。

 確かに極秘裏に進めていた計画が、俺にバレていると言われれば、そう考えてもおかしく無いか。

 ふふ……傭兵ってなんかいいな。強そうな感じだ



 ---



「……ふぅ。よし、しばらく大人しくしてろ」


 俺はデカードを森の中の太い木にしっかりと縛り付けた。

 逃げないよう手足を拘束し、叫ばせないために口にも布を巻いている。


 ついでに服が燃え、切り刻まれたので敵の着ていた黒ローブを一着拝借させてもらった。


「おぉ、ザ・敵って感じだけど、着てみるとカッコいいな」


 全身真っ黒なローブを着ると、なんとも言えないカッコヨサが滲み出たような気分になれる。

 まぁ……あれだ。

 病気みたいなものだ。


 デカードは抵抗する気力もなく、震えながら俺を見上げていたが、目には明らかに怯えと敵意が混ざっている。


「むぐぐ……」

「悪いな、大臣サマ。お前のことはやることやってから考える。今は優先事項が違うんでね」


 そう言い残し、俺は森の奥へ進み始めた。



 ---



 流石にゲームである程度方向がわかるとは言え、現実の森の中は違った。

 俺は何度も同じところをぐるぐると回り、それに呆れたマルタローが地面の匂いを嗅ぎながら、「こっちだ」と言わんばかりに小さく吠え、案内してくれる。


 おかげで遺跡への道筋が徐々に見えてきた。

 そして現在、俺たちの目の前には古びた石造りの階段が続いている。


 遠くからかすかに聞こえる、戦闘による鈍い音と怒号──


「クソ……既に交戦しているのか?」


 耳を澄ませば、岩が砕けるような音も聞こえてくる。

 ザミエラは確か、遺跡の出入り口の手前で待ち構えていたはずだ。

 ゲームでは、ベルギスたちはそこで迎撃され、壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 となると──今、正面から突っ込んだら、間違いなく危険だ。


「マルタロー……側面から行こう」


 俺は遺跡の外壁沿いに、茂みを掻き分けながらゆっくりと進む。

 崩れた小さな隙間を見つけ、慎重に中を覗き込んだ。


 内部では、ゲームで見た場面がそのまま再現されているような状況だった。

 しかし……違和感がある。


 ザミエラ、エミル、ミーユ、そしてベルギスの姿がゲームと同じようにいるが──そこには、見覚えの無い者がもう二体。

 そのシーンにはいなかったハズの、巨人のような魔物が存在していた。


「……オーガ……だと? ……なんで?」


 その巨体は大きく、まるで山のような筋肉をまとっている。

 彼らの両手は痛々しいほどの血に濡れ、荒々しい咆哮を上げながら、既に満身創痍のベルギスをめった打ちにしていた。


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