第六十三話 「焚き火は呼吸をするように」
ハロー、エブリワン。
この物語のモブであり、主人公でもあるかもしれないフェイクラントだ。
誰に言ってるって?
俺の人生を一冊の小説にした時、その小説の主人公は俺なのさ。
妄想なんて、誰だってするだろう?
つまり、これは俺のモノローグだ。別に誰に言ってるってわけでもない。
じゃあ、なんでそんなことを言っているかって?
それは──
「貴様! さっきから何をニヤつきながら変なポーズを取っている!? 大人しくしておけ! 怪しい行動はするな!!」
「あっハイ……」
刑務兵が牢屋の中にいる俺に向かってそう命令する。
仕方なく、冷たい石でできたベッドに座った。
今のでわかったろう?
俺は現在、とてもヒマだ。
前にもこんなことがあった気がするが……まぁいい。
どうしてこうなったのか、経緯を話そうではないか。
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ヴァレリス王国に到着した俺とマルタローは、まず港で見事な人混みに揉まれた。
いやもう、これが都会ってやつか? ってくらい、とにかく人が多い。
行き交う人々はみんな、おしゃれに身を包んでいる。
色とりどりのドレスやスーツの者もいるが、冒険者もどこか品のある感じだ。
その華やかさに、俺は自然と周囲に目が行ってしまう。
田舎者…… いや、"俺"は本来都会育ちだ。
だが、この身体はフェイクラント──つまり田舎の村人Aだ。
したがって、見た目はどう見ても田舎くさい。
が、まぁいい。
そこは別に気にしない。
「みろよマルタロー!! ワイルドボアのトロトロ焼きだってよ!! すげぇ匂いだぜ!!」
「わふふぅ!!」
肩に乗ったマルタローが蕩けきった目をして、涎を垂らしている。汚い。
しかし、このトロトロ焼きの香ばしい匂いは罪だ。
俺は思わず財布を握りしめ、焼き立てのそれを購入し、口に運んだ瞬間──
「う、うんめぇええええ!!!」
脂がじゅわっと溢れ出す。
口の中でトロける肉の食感、芳ばしいタレの香りが鼻腔をくすぐる。
まさに至福。
いや、至高と言ってもいい。
「マルタロー、これが……ヴァレリスの歴史が生み出した産物だ……歴史とか知らんけど!」
「わ……ふわぁぁ……!」
俺たちは一瞬にしてこの異国の味に心を奪われ、共に涙を流した。
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「さて……」
食べ終わった後、目的を思い出して、俺は深く息をついた。
エミルやベルギスたちを追いたいが、彼らは現在、ヴァレリス城の中にいる。
ただの村人Aの俺が簡単に入れるような場所ではない。
「どうしたもんかなぁ……」
街を眺めながら考える。
この賑やかな雰囲気を見る限り、まだベルギスはミルフィーユ王女──いや、ミーユでいいか。
彼女の指南役に勤しんでいる頃合いだろう。
もし、もう手遅れならば、この国で何か異変が起きているはずだ。
ゲームの中では、エミルとミーユがザミエラに攫われた後、国は激変した。
そう、ゲーム内での未来を知る俺には、いくつかの重要な事実がある。
まず、王妃カーライエン。
彼女は人族に成りすました魔族で、この国を乗っ取ろうとしている黒幕だ。
カーライエンはザミエラと手を組み、正統な王位継承者であるミーユを排除。
その代わり、自分の娘であるナタリーを女王に据える計画を進める。
結果、この国では人族と魔族による、熾烈な長い戦争が始まるのだ。
ゲームはエミル視点なので、どういう経緯で戦争に発展していったかまでは分からないが、とにかく戦争が起こる。
だが、魔界から脱出し、成長したエミルとミーユが戻ると、王妃は彼らに討ち倒され、ヴァレリスはハッピーエンドを迎える──
これが、俺の知っているヴァレリス編のストーリーだ。
もちろん、できるだけその未来は変えたい。
というか、俺の行動次第で変わることになるだろう。
最終的にハッピーエンドには変わりないのだが、そもそもベルギスを死なせなければ、戦争に発展する前にカーライエンを打ち倒せるだろうし、ザミエラの目論見も消えてなくなる。
エミルも攫われなければ大魔王復活は無いかもしれないし、俺の行動次第で、勇者誕生なんて待たなくても、すぐにエンディングになるかもしれない。
まぁ、その場合は大魔王も封印されたままだから、真のハッピーエンドでは無いかもしれないが……。
──ドンっ!
「……っと!」
「気ぃつけろよ! おっさん!」
「……は?」
すれ違いざまにぶつかってきた子供が、そう吐き捨てながら走り去る。
とてつもなくヒドイ言葉の暴力。
おっ……さん……?
やめてくれ、その呼び方は俺にクリティカルヒットする。
まだ二十八歳だぞ……結構おっさんかもしれないけども。
クソ、せっかくこの国の戦争を止めてやろうと思ってたのに。
まぁいい、今は置いとこう。
気を取り直し、俺はヴァレリス城の周囲をぐるりと見渡しながら歩いてみることにした。
俺のような名も広まってない冒険者が、いきなり門を叩いて「城に入れてください」なんて言ったところで、蹴飛ばされて終わりだろう。
ならば、どこか警備が手薄な場所を見つけて……。
「……うーん、ムリだな」
どこもかしこも警備が堅い。
王城を甘く見すぎていた。
城は王都の端にあるので、正面以外はほぼ都の外側だ。
一般的には開放されているわけでは無いが、城の者だけが知っている極秘の出入り口なんかもあるのだが……当然そこも警備されていないように見えて、しっかりマークされている。
いくら俺が経験者とはいえ、この世界ではただのモブ。
忍び込める気はしない。
と、そんなことをしている内に日が沈み、辺りはすっかり暗くなってしまった。
宿を探して今日のところは休むことにするか。
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街外れの宿屋を見つけた俺は、カウンターの宿主に声をかけた。
「いらっしゃい。一晩十銀貨だよ」
「お、わりと安いな。じゃあ──」
俺は財布を取り出そうとして……気づいた。
……財布が、無い。
「あ、あれれ……?」
慌てて服の内側やリュックを探るが、どうにも見つからない。
頭の中で、さっきぶつかってきた子供の顔がフラッシュバックする。
……不自然にぶつかってきたあのガキ……やられた!
「どうしたんだい、まさか無一文ってことはないだろうね?」
「いや……ちょっと、盗まれてしまったみたいで……」
「ふぅん?」
宿主は俺の身なりをジロジロと見据える。
「どっから来たんだい?」
「えっと……プレーリーから」
「なるほどね。……あんたみたいな田舎者の冒険者は特にカモだからねぇ。気をつけなよ?」
宿主が呆れたように溜め息をついた。
「……ま、無いもんは仕方ないけど、十銀貨払えないなら泊まらせるわけにはいかないよ」
「そんな……」
それでも俺は諦めず、クリスの店から持ってきた道具を差し出してみる。
「これじゃダメですかね? 魔道具やそれなりに珍しい薬品とかもあるんですけど……」
「物々交換? いつの時代だい? 悪いけどウチじゃ買い取れないよ。売るにもギルドの買取場はもう閉まってるだろうし、同情するけど、金が無いんじゃねぇ……」
「ぐぅ……」
思った以上に冷たい返事が俺の心に突き刺さる。
プレーリーの宿だったら絶対泊めてくれたのに、これが都会ってやつか……。
いやまぁ、元の世界でこんな無一文の旅人が泊まらせてくれと言ってきても、俺も帰らせるとは思うが。
俺は途方に暮れながら、しょんぼりと宿を出た。
「はぁ……」
仕方ない、また野宿か……。
冒険初めて早々に無一文とは、ついてない。
腹も減ってきたし、さっき買ったワイルドボアのトロトロ焼きの味が、むしろ今の空腹を加速させている。
俺はどこで夜を明かそうか考える。
プレーリーならその辺で寝てても問題なかったが、こんな都会ではそうもいかない。
治安も良いとは言えないし、野宿していると不審者扱いされる可能性が高い。
「……どうしたもんかな……」
考え込んでいるうちに、ふと閃いた。
──待てよ、こうやってモタモタしている間に、ミーユが攫われるイベントが発生したらどうする?
ゲーム内では日付の概念が無かったから、正確なタイミングはわからないが、そろそろだと思うんだよな……。
「……待機してみるか」
俺は再び王城へと向かった。
王城を取り囲む堅固な城壁のそばで、腰を下ろす。
側には用水路や、誰かが世話をしているのか、草木や軽く芝生なんかも茂っていて、寝心地は悪くなさそうだ。
よし、しばらくはここで野宿することにしよう。
宿には泊まれなかったが、別に今更野宿でもホームレスだったフェイクラントには大した問題にはならない。
周囲には風の音のみ。
都会とは言え、端まで来れば静かなものだな。
「マルタロー」
「わふ?」
「作戦会議だ。とにかく、これからはミーユ王女を攫わせないようにするんだ。あと、ベルギスが遺跡に探索しに行くだろうから、それも止めたい。覚えてるだろう? 店にもたまに来ていた強そうな男──」
「……?」
『誰?』と言わんばかりに首を傾げる犬。
おいおい、流石に忘れてないだろうな?
「ベルギスが遺跡に行くとしたら城から出るだろうし、そこはチェックしておこう。確か朝のイベントだったハズだ。毎朝城の門を確認して、見かけたら行かせないように止める。わかったな?」
「わふ!」
今度は『了解!』とばかり胸を突き出して小さく鳴く。
理解してるのかはわからない。
まぁ……ゲームでは、城の側面からミーユが攫われるイベントがあったはずだ。
ここでこうして待っておけば、攫われる前に阻止できるかもしれない。
そんな作戦を立てていた、次の瞬間──
「おい! 何をしている!!」
怒鳴り声に、心臓が飛び上がる。
気づけば、俺は城の兵士数名に囲まれていた。
「まさか……貴様、放火でもする気か!?」
「えっ!?」
兵士の言葉に、俺は自分の目の前へと目を向ける。
──パチッ。
空気が弾ける音。
俺の目の前には、いつの間にか焚き火があった。
いや、気づけば俺は、無意識に火を焚いていたのだ。
もはや、習性みたいなものだ。
うん、だって焚き火をしていると落ち着くんだよな。
小さな炎が薪を舐めながら、静かに揺れている。
……って、そんなことを考えている場合じゃない!
「ち、違います違います! ほら、癖みたいなもので、火を焚いていないと落ち着かないっていうか……いや、違うな……えっと……!」
慌てて釈明する俺を、兵士たちはさらに厳しい目つきで睨みつけてくる。
「放火が癖……だと!? 貴様!! ただちに連行する!」
「は!? ちょっ、待て待て!! 放火が癖なワケあるか!!」
言い訳も虚しく、兵士たちは一斉に俺へと詰め寄ってくる。
(どうする!? 逃げるか!? ……いや、相手は正規の兵士だし、下手に逃げたら罪が重くなるかもしれないし……)
焦りながら俺は、頼れる相棒──マルタローの姿を探した。
奴ならきっと、この状況を何とかしてくれるはず!
「マルタロー!! 助けてくれぇ!!」
だが、既に俺の周囲に、奴の姿は無かった。
側にある茂みの向こうから聞こえてきたのは……
「……わふ……」
どこか遠慮がちで、怯えたような声。
茂みの草を掻き分け、マルタローの小さな顔がひょっこりと覗いた。
言葉が通じたのか通じてないのか、マルタローはそのまま再び茂みの奥へ消えていく。
「ちょ……おまっ……!!」
「まだ何か言い訳をするつもりか!? 来い!! 」
「待て待て!! 俺はこの国を救うために──」
「わけのわからんことを言いおって! 話は牢屋でゆっくりと聞いてやる!!
「んなぁあああ!」
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こうして、俺は放火の疑いであっさりと逮捕され、この牢屋へと連れて来られた。
そして今、牢内のベッドに座りながら、あまりにも暇すぎて独り言を呟いている……というわけだ。
「やれやれ……野宿より酷いじゃねぇか……」
「ぐぉおおお……ぐぅ……」
鉄格子のすぐ前では、先ほど俺を黙らせた刑務兵のオッサンがいびきをかいて眠っている。
うるせぇな。
が、まぁ……一応"城内"に入ることはできたわけだ。
うんうん。一歩前進だ。
「……さて」
夜も更けてきた頃だろう。
マルタローもどこにいるかもわからない。
けれど、できることは何も無い。
……寝るか。