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第六十話 「真紅の魔族」 【ベルギス視点】

 俺の進路を塞ぐように立ちはだかる二体の巨大なオーガ。

 その筋肉の塊のような体躯は、まるで山のようにそびえ立ち、全身から発せられる威圧感は尋常ではない。

 両手には、巨木をそのまま剣に加工したかのようなタルワールを軽々と握りしめている。


 人語を話す程度には知性があるらしいが、その瞳には獣のような凶暴な光が宿っている。


「あ? 潰していいんだっけか?」

「……あぁ? だったか? ……まあ、どっちにしろ……潰しゃいいだろうがよォ!」


 二体のオーガが低い声で知性の低い会話を交わしながら、こちらを睨みつけてくる。

 その大きな牙がむき出しになり、喉奥から唸り声を上げたかと思うと──


「クク……死ね!!」


 言葉と同時に、一体が巨体を揺らしながら突進してきた。

 巨大なタルワールを高々と振り上げ、そのまま頭上から振り下ろしてくる。


 ──ズオォン!!


 大地を裂くような凄まじい衝撃が遺跡の床に響き渡る。

 だが、振り下ろされた刃は俺が瞬時に横へ跳んで回避し、空を切る。


「──はぁッ!」


 瞬間、神威を解放。

 空気が震え、俺の身体を中心に周囲に波紋のような衝撃が広がる。


 片手で薙ぎ払うように動くと、振り下ろされたタルワールの軌道を強引に変え、その巨大な剣をオーガの手から吹き飛ばした。

 金属がねじれる不快な音を立てながら、タルワールは遠くの壁に叩きつけられ、轟音と共に床に落ちる。


「は……?」


 オーガが手を見つめる。

 衝撃で腕の血管が破れ、鮮血が滴り落ちている。

 それを見ても理解が追いつかないのか、呆けたような声を漏らす。


 俺は神威を込めた強烈な一撃を、そのままオーガの腹に叩き込む。


 ──ゴォン!!


 衝撃音とともに、拳がオーガの体にめり込む。

 筋肉で覆われた巨大な体が何の抵抗もなく宙を舞い、後方の壁に叩きつけられた。

 そのまま壁が砕け、大量の瓦礫がオーガの上に降り注ぐ。


「グッ……が……ッァ!?」


 壁に埋もれたオーガは呻き声を上げたが、すでに動ける状態ではない。


「バカがッ……ガラ空きだッ!!」


 背後からもう一体のオーガがタルワールを横薙ぎに振り抜いてきた。

 風を切る音とともに、鋭い一撃が俺の背中に迫る──だが、振り返ることなく片腕を振り上げ、その斬撃を真っ向から受け止めた。


 ──ギィンッ!!


 金属音が遺跡に響く。

 だが、俺の強化された肉体に刃が食い込むことはなく、むしろその一撃に耐えきれず、タルワールの刃の方が砕け散った。


「な、にィッ!?」


 驚愕するオーガ。

 その隙を逃さず、俺はその場で跳躍し、宙を舞いながら渾身の蹴りをオーガの顔面に叩き込む。


 ──ガァンッ!!


 蹴りの衝撃で、オーガの巨体が大きく揺らぎ、バランスを崩したまま地面に叩きつけられる。

 床が激しく揺れ、亀裂が走る。


「ぐっ……ゴァア……ッ!」


 倒れ込んだオーガはそのまま呻き声を上げるが、俺は容赦なく追撃を仕掛ける。


「終わりだ!」


 倒れ込んだオーガにとどめを刺そうとしたその瞬間、遺跡内の薄暗がりに響く低い声が耳に届いた。


「──止まれ」


 その声に、全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。

 言葉そのものには威圧感がなくとも、その声に宿る冷たく鋭い響きが、瞬時に俺の動きを止めさせた。


 立ち込める噴煙の向こうから、人影が現れる。

 その真紅の髪は遺跡の淡い光に照らされ、どこか妖しい輝きを放っている。

 細身の身体を漆黒の鎧が包み、彼女の存在が遺跡全体に異様な緊張感を生み出していた。


「……!」

「久しぶり……とは言っても、私がお前とこうして対峙したことは無かったか」


 その姿を見た瞬間、胸の奥に凄まじい怒りが沸き起こる。

 十年前──あの絶望的な日に目に焼き付けた姿。

 あの時、母様を連れ去った真紅の髪の魔族……。


「……お前は……!」


 拳を握りしめ、思わず声が震える。


「ふむ、覚えてくれていたようで嬉しいよ。旅の調子はどうだね? 流浪の王子、ベルギス」


 涼しげな表情でそう語りかけてくる彼女。

 その瞳には一片の怯えもなく、まるでこちらを試すような余裕が漂っている。


「お前には……! 聞きたいことが山ほどある!!」


 怒りのまま、腰の剣に手を伸ばす。

 全身の筋肉が緊張し、今にも飛びかからんとする勢いだ。

 だが、その直前──彼女が淡々と続ける言葉が、俺の動きを凍りつかせた。


「ふふ、弟ごと私を斬るか?」


 彼女の両腕が目の前で動く。

 その手には──エミルとミーユが掴まれていた。


「う……ぁ……」

「──ッ!!」


 二人とも衣服はボロボロで、傷だらけの状態だ。

 顔には血が滲み、ミーユは意識を失ってぐったりと垂れ下がっている。

 エミルはなんとか意識はあるが、もはや戦える状況ではない。


「エミルッ! ミーユ王女ッ!!」


 怒りと衝撃がない交ぜとなり、目の前が赤く染まるような感覚に襲われた。

 思わず握りしめた剣にさらに力が加わる。


 脱出出来ていなかったのか……。

 この魔族が出口付近で待ち構えていたのか?


 彼女は笑みを浮かべながら、軽々と二人の身体を持ち上げる。

 その細い腕からは想像もできないほどの力だ。


 最速で動けば間に合うかもしれないが、相手の実力は未知数。

 軽率な行動は二人の命を危険に晒すだけだ。

 怒りで視界が歪むのを感じる。

 だが、今は冷静でいなければならない。


 俺は深く息を吐き、剣を握る手をゆっくりと下ろした。


「何を企んでいる……」


 怒りを抑え、静かに問いかける。

 この女はただ殺すためだけにミーユを誘拐したわけではないはずだ。


 彼女は俺を値踏みするように見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「ふふ……お前も噂くらいは聞いているのではないか? 最近、姿を消す子供が増えていると」


 彼女の言葉に、俺は思わず目を細める。

 確かに最近、各地で子供の誘拐が相次いでいる。

 冒険者ギルドでも問題視され、調査隊が組まれているほどの事態だ。


「その犯人が、貴様たちだと?」


 彼女は唇の端を吊り上げた。


「さてな。私が表立って動くことは無いが……少なくとも“我々”には人手が足りない。労働力として、子供というのは実に扱いやすくてな。少し灸を据えてやれば忠実に言うことを聞く上、反発されることも無い」

「……!」


 子供たちを道具のように扱うその発言に、怒りがこみ上げる。

 俺は拳を握り締めながら、さらに問い詰める。


「その奴隷に、エミルと王女も利用する。……と?」

「ククク……まぁ、そうだな」


 彼女は軽く顎をしゃくると、ぐったりとしたミーユを掲げて見せた。


「ヴァレリスの王妃や大臣の協力もあってな。この娘は貴様を誘き寄せるための“餌”として利用させてもらった。どうにも、この王女は"不要"らしいからな。私も最初は耳を疑ったが……ふふ、人族にも狂った者が居たものだな」


 彼女はミーユ王女の髪を指で弄びながら、冷ややかに言った。


 大臣も……やはり黒か。


 王妃が王位を巡る争いの中でミーユを排除しようとしているのは知っていた。

 だが、魔族と手を組むほどのものだったとは……。


「まぁ……悪いようにはせんよ。ただ、死ぬまで奴隷として肉体労働させるだけだ。二人とも子供の割に能力が高くて驚かされたよ。特にこの娘など、まさに猛獣だったな。いい仕事をしてくれそうじゃないか」

「……ッ!!」


 怒りが頂点に達し、今にも剣を振り抜きたくなる。

 だが、目の前の彼女は明らかにこちらを試している。

 俺が無暗に攻撃すれば、二人の命が危ない。


 剣を振るうべきか、我慢すべきか──


「テメェッ!!」


 その瞬間、先ほど殴り飛ばしたオーガが瓦礫を押しのけて立ち上がり、俺の後頭部を狙って拳を振り下ろしてきた。

 だが、俺は振り返ることもなく、その拳を腕で受け止める。


 ゴキッ──


 鈍い音が響き、吹き出したのはオーガの拳からの血だった。

 骨が砕けたのだろう。

 オーガは信じられないという表情を浮かべたまま、拳を押さえてのたうち回る。


「ぐ……オ……なんでそんな細い腕で……俺の拳の方が……」


 その姿を冷徹に見下ろしながら、俺は無言で拳を叩き込んだ。

 凄まじい衝撃音と共に、オーガは血を吐きながら、その巨体が再び地面に沈み込む。


「神威か……」


 真紅の魔族が冷ややかに呟いた。

 その目は微動だにせず、俺の全てを見透かすように静かに見据えている。


「貴様がその使い手だということは承知しているが……怒りで我を忘れていないか? この状況で"戦う"という選択が何を意味するか……」


 彼女は両腕をわずかに動かし、闇のような薄い影を展開すると、それをエミルとミーユに纏わせた。

 影は蛇のように二人の身体を締め上げ、より強固に拘束していく。


「二人の命が惜しくなければ、存分に戦うがいい。だが──」


 その言葉と同時に、彼女の手の中に豪炎が巻き起こる。

 炎の中から現れたのは漆黒の大剣。

 それは尋常ではない力を放ち、ただ存在しているだけで周囲の空間を歪めている。


「──その時は、この魔剣で二人を真っ二つにしてやろう」

「……っ……」


 エミルがその魔剣に怯える中で、冷徹な声が遺跡内に響き渡る。

 俺はその場に立ち尽くし、目の前の現実に歯噛みするしかなかった。


 くそ……こんな奴に、好き勝手やらせるわけにはいかないのに……!

 だが、この状況を打開する手段はない。

 二人を守りきる保証がない以上、無謀に剣を振るうわけにはいかない。


「にい……ちゃ……ごめ……」


 か細い声が漏れた。

 エミルは震える拳を握りしめているが、その小さな手が今にも砕けそうなほどの力で握り締められている。


 弟が謝っているのは俺の足をひっぱているからではない。

 『ミーユを守れなくてごめん』だ。

 その想いが強く伝わってくる。

 我ながら良い弟を持った。


 だからこそ、俺は──


「大丈夫だ。必ず助ける」


 そう小さく笑い、安心させるように伝える。

 エミルの瞳がわずかに揺らいだ。

 だが、恐怖が完全に消えたわけではない。


 俺は、深い怒りを押し殺しながら、剣を鞘ごと地面に突き立てた。

 ここで剣を振るえば、二人の命は……。


「……好きにしろ。下衆め」


 低い声でそう告げ、両手を上げる。

 彼女の顔には、わずかな笑みが浮かんだ。


「さすがは"王子"……冷静な判断力を持つ男だな」


 真紅の魔族は嘲るように微笑みながら、肩に担いだ魔剣を軽く揺らす。

 その動作ひとつひとつから、彼女の余裕が滲み出ていた。


「立て、愚か者ども。意地を見せろ。役に立てないならお前らの存在価値は無い」


 呻き声を上げていたオーガ二体は、怯えながらもその巨体を起こし始めた。

 血塗れの拳を構え、足元をよろつかせながらも、俺の背後に再び立ちはだかる。


「ク……ソがぁ……」

「……ぶっ殺してやる……」


 低い唸り声とともに、オーガたちは最後の力を振り絞って拳を握りしめる。

 その目には明らかに恐怖と怒りが混ざり合い、それを無理やり凶暴な闘志へと変えていた。


 俺の視界の端で、エミルとミーユはまだ彼女の拘束の中に囚われたままだ。

 ミーユは依然として意識を取り戻さず、エミルも必死に身を捩じらせているが、逃れる気配はない。


「クク、見せてみろ。その身体が、どれだけ耐えられるのかを」


 真紅の魔族が再び嗤うように言い放った瞬間、オーガたちの果てしない暴力の嵐が、俺へと降り注いだ。

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