幕間 「のじゃ談話③」 【三人称視点】
居間の窓からは、先ほどまでフェイが降りていった山道が見えた。
陽光が射し込む中、サイファーは杖を片手に椅子へ腰を下ろし、深く溜息をついた。
対面に座るレイアは、本を読みながら片手に湯気の立つカップを持っている。
二人の間にはしばらく静寂が続いていたが、レイアがぼそりと呟いた。
「……良かったのか? サイファー」
「何がじゃ?」
「あんなに弟子が出来たとか、やはりあいつには才能があったとか、散々喜んでおったじゃろう」
レイアは言葉の端に少し棘を含ませながら、横目でサイファーを睨んだ。
サイファーはふんと鼻を鳴らし、椅子に寄りかかる。
「ふむ、まぁ……な」
「では、行かせて良かったのか?」
サイファーは杖を膝の上で回しながら、視線を遠くに向ける。
「教えることはまだまだあるが、今はフェイの旅を優先させてやろうと思ってな。色んなモノとの出会いが、人を成長させる。それに、フェイの目的はおそらくワシらの目的と一致しておる。少なくともそのうちは、先生もアイツも文句は言わんじゃろ」
彼の言葉に、レイアは少しだけ目を細めた。
読んでいた本を閉じ、静かにカップをテーブルに置く。
「ふむ、まぁよい……だがサイファー、最後のあの演出、火が強過ぎじゃ。ワシの背後であんな大炎を上げるなど……気遣いが足りんわ」
「あれか? せっかくレイアの神威を後光で照らそうと思ったのに、随分な言われようじゃのう」
「照らさんでよい。あんな暑苦しいのはむしろ邪魔じゃ。……まったく、いい歳して子供みたいな演出が好きなのは相変わらずじゃの」
レイアの辛辣な一言に、サイファーは眉間に皺を寄せた。
「なっ!? レイアこそ、乗り気じゃなかった割にはしっかり詠唱に力を込めておったじゃろうが! ウキウキで空を夜に変えとったくせに」
「ちがっ──そんなわけないじゃろ!!」
レイアは顔を赤くしながら立ち上がり、勢いよくテーブルを叩いた。
その拍子にティクロが小さく身じろぎし、四本の腕を器用に使って耳を塞ぐ。
「ほれほれ、図星じゃな。ほら見てみい、珍しく頬が赤いぞ」
「……ちっ、ガキが……」
「誰がガキじゃ、このロリババア!」
「ロッ……ロリバ……!? 言ったな貴様ぁぁ!!」
突然、居間の空気が一瞬にして緊張する。
「ワシを何歳だと思っとるんじゃ!! 今日こそはどっちが上かわからせてやる!!」
「アッツ!! アツッ!! 何すんじゃお前は!! わからさせられる側みたいな顔しとるくせに!!」
「ッ……!! 絶対に許さんぞ!! あぁ、久々じゃなぁ夜を展開したのは。このまま喰ってやるわ!!」
「ちょっ……!」
居間は怒声の入り交じる喧騒に包まれた。
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一方、その大騒ぎの中、魔物たちは完全に慣れた様子でそれぞれの時間を過ごしていた。
「にゃぁあ……」
チェイシーは長い欠伸をしながら、窓辺の日向に寝そべる。
ミスティは羽をぱたぱたと動かしながら、その喧嘩の様子をまるで実況するように鳴いていた。
「ピィ……ピィッ!」
「…………」
ティクロは背を向け、四本の腕で耳を塞ぐ仕草を見せている。
彼らにとって、この喧嘩はいつもの日常風景だった。
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居間の喧騒が収まり、しんとした静寂が戻ってきた。
壁に叩きつけられて上下逆さまにめり込んだサイファーが、力なく足をぶらぶらと揺らしている。
対照的に、レイアは椅子に腰掛けて紅茶を片手に持ち、背中から広がるコウモリのような翼を軽く動かしていた。
彼女は肘をついて頬杖をつきながら、余裕たっぷりの表情でカップを傾ける。
「…………そういえば、言わなくて良かったのか?」
ふいにレイアが呟いた言葉に、壁にめり込んでいたサイファーがピクリと反応する。
「……何がじゃ……?」
声にはまだ覇気がなく、逆さまの状態で首だけ動かしてレイアを睨む。
「マルタローが、『始祖の魔物』かもしれないということを、じゃよ」
その一言に、サイファーの足がピタリと止まる。
しばし沈黙が流れ、レイアがカップをテーブルに置く音が妙に大きく響いた。
「……言い忘れた」
ずるり。
サイファーはそのまま崩れ落ちるように頭から床に落ちた。
「じゃと思った……」
レイアは冷ややかな声を投げかけると、再び紅茶を一口飲み込んだ。