第四十八話 「Dランク」
「何じゃと……!?」
真っ二つになった土壁の割れ目から顔を覗き込ませて、レイアさんがそう言う。
目をまん丸にしながら、呆然と立ち尽くしていた。
……ふ、ついに俺の時代が来たか。
と、勘違いしてはいけない。
俺はそれで何度も痛い目に遭っているのだから。
「何となくコツみたいなのがわかった気がするんだけど、それでいいんだろ?」
「……これほどとは……」
「?」
調子に乗りたい気持ちを抑えながら、なんとか謙虚にそう尋ねてみるが、レイアさんは切断面を手でなぞっているだけで答えない。
その表情からは驚きと──少しの困惑が滲み出ているように見えた。
「どうしたんだ? レイアさん」
「……ひょわっ!?」
反応が無いので肩に手を置くと、ビクッとしながら変な声を出していた。
そして焦ったように俺を見上げ……
「な、何でもないわい! 言っておくが、一度出来たからと言って調子に乗ってはいかんぞ!? 敵はこの壁のようにジッとしているわけではないからな! それに神威は己の渇望が大きく影響する! その力は暴走にもなりかねんからな、よく覚えておけ!」
「??」
どうしたんだろう、急に。
今まで大人しく、口を開いても言葉数少なかったレイアさんが感情の濁流が起こったようにプンスカと怒っている。
まるでツンデレスイッチが入ったクリスだ。
何か気に食わないことでもしてしまったのだろうか。
「あぁ、あれから何度か試してみたんだけど、こうやって拳にも纏えるし、脚とかにも神威を移動できるぜ」
「…………!!」
俺はレイアさんの目の前で、土壁を断ち割ってから少し練習すれば出来た神威のコントロールをしてみせた。
可視化したオーラを手に纏わせ、ズズズ……と、反対側の手や脚に移動させる。
「ちょ、調子に乗るな! それくらいワシにも出来る。今日はここまでじゃ! そ、そんなに一日で神威を進化させてはワシの立……いや、お主の身体に負担がかかるからの! 飯にするぞ!」
「あ、あぁ……?」
レイアさんはそう言い残すと、踵を返して足早に屋敷の中へ向かっていった。
その背中はどこか焦ったようにも見える。
「……なんだよ、あの慌てっぷり」
「ふはっ」
ふと気づけば、サイファーが杖をつきながらこちらへ近づいてきていた。
彼はどこか楽しげな笑みを浮かべている。
「ふふ、フェイよ、お前、本当に神威を一日でここまで使いこなしてしまうとはな」
「いや、俺もよくわからないんだけど……なんか、イメージを強くって意識したらできたんだよな」
「うむ、確かに神威の本質はイメージと渇望じゃ。しかしの、これほど早く制御まで達するとは、正直ワシも驚いとる」
サイファーは、さっき俺が断ち割った土壁の切断面をじっくりと眺めた。
その目は、さっきのレイアさんのように驚きを隠せていないように見える。
「なぁ、サイファー。レイアさん、なんであんなに慌ててたんだ?」
「お前、魔物の心はわかってきたと思ったのに、レイアのはわからんのか。……ワシが魔物術を教え、レイアが神威を教える。魔物と心を通わすのにあれだけ時間がかかったお前が、こうも簡単に神威の才能はあったことに、アイツは立場を無くして嫉妬しとるんじゃよ」
「……嫉妬?」
「まぁ、ワシは神威を使えるわけではないが、レイアも神威に目覚めてから、顕現位階と言えるまで成長するのはそれなりに時間がかかったと聞いとるからの。それをお前は、たった一日でその片鱗を見せた。まぁ、面白くないじゃろうなぁ」
サイファーの言葉に、なんとなく胸が熱くなる。
彼に認めてもらえるような言葉をもらえると、まるで幼い頃に父親に褒められたような気分になれる。
レイアさんもさっきはあんな態度だったけど、きっと俺の成長を本気で願ってくれているのかもしれない。
「ま、レイアにはあまり自慢するようなことを言うなよ。キレるとワシより怖いからな」
「お……おぅ……」
さらっと助言を受けながら、俺はサイファーと家の方へ足を向けた。
この日の夕食のスープは、何故か異常に辛かった。
「んぐぉおおおおおおおおお!!!」
俺のだけ。
---
魔物使いになってから、二ヶ月が過ぎた。
「『火炎の息』!!」
俺の口から吐き出された炎が、ウッディゴーレムを一瞬で包み込む。
硬い樹皮が高熱で焦げ、煙を上げながら崩れ落ちる。
炭となった残骸をじっと見つめながら、俺は軽く息をついた。
俺は今、神威の他に、魔物術も駆使しながら魔物退治をしている。
『魔物は無闇に殺しすぎるな。その命には意味があるのじゃ』
サイファーからはこう言われている。
だから俺は、必要以上には倒さないようにしている。
魔物の命を奪う時は、自分や仲間を守るため、あるいは食料や素材としてどうしても必要な時だけだ。
このゴーレムも、サイファーの指示で討伐したものだ。
---
家に帰ると、居間で待っていたサイファーとレイアさんが振り返る。
「随分、魔素も馴染んできたようじゃな」
サイファーが俺の姿を見て、満足そうに頷いた。
レイアさんもじっと俺を見つめ、いつもと同じ冷めた表情で呟いた。
「まぁ、なんか身体がギシギシ言ったりするけど、強くなってるのは実感できるな」
「ふ、ワシから言わせればまだまだじゃ。何度も言うが、魔物術は魔術と同じく、魔力を使い、その魔物の元々持っている力を呼び出す。魔術と違うのは詠唱が不要なことじゃな。同じ火を出すにしても、魔物術で出した方が早い」
「確かに便利だけど、魔物術ってあんまりメジャーじゃないんだろ? 人前では使いにくそうだな……」
「ま、もしお前が他の冒険者と組んでブレスでも吐こうものなら、お前が魔物扱いされてもおかしくはないな」
「う……」
なるほど。
魔物術自体は浸透しているものではないのか。
そりゃ、ドラゴンとかしか使ってこない炎のブレスなんかが人間の口から吐き出されれば、異形扱いされても文句は言えないだろう。
使い所は考えないといけない。
「それと、これを渡しておこう……」
「……?」
サイファーがゴソゴソと懐から何かを取り出す。
……カード?
「お前のギルドカードじゃ。ワシの仕事は全てギルドへの依頼としてお前に任せていたからの。依頼をこなしたという扱いでいくつかランクアップされておる」
「おぉ……」
手渡されたそれは、最初にもらった時に書かれていた『Fランク』ではなく、『Dランク』となっていた。
あまり実感はなかったが、B~Aランクである魔物たちの世話をしていた分、報酬がよかったりしたのだろうか。
ちなみにこなしてきた仕事内容は、魔物たちの世話だけでなく、近隣の魔物を倒して素材を取ってきたり、サイファーが薬を調合するとかで俺に依頼してきたこともあったから、それらも多分含まれているのだろう。
なんにせよ、実感はあまりない。
---
もはや住み慣れた檻の中で腰を下ろし、布団に寝そべる。
「わふ」
毛布の中に潜り込んできたマルタローを撫でながら、俺はカードをぼんやりと見つめていた。
--------------------------------
名前: フェイクラント
職業: 魔物使い
ランク: D
--------------------------------
Dランク。
フェイクラントが何年頑張っても手に入れられなかった称号を、俺はこの世界に来て半年程度で手に入れてしまった。
冒険者になってからで言うなら二ヶ月程度だ。
わかってる、自分の力ではないことくらい。
サイファーやレイアさんといった、チート揃いの強豪という師に恵まれ、
そして、死して尚、俺にやる気を与えてくれたクリスの存在……。
「…………」
ここに来てから、俺も少しは成長できたのだろうか。
力も、人としても。
とりあえず今は、この喜びも達成感も胸に抱えて……。
そして……
そろそろ俺は、旅立ちと別れの準備をしなくてはならない。