第四十六話 「神威の操り方」
外に出ると、すでにサイファーが杖をつきながら待っていた。
その目はいつもの飄々としたものではなく、どこか厳しい光を宿している。
「ま、ワシは見学じゃ。気にするな」
サイファーはそう言ったが、どこか安心できない。
ゲームにすらなかった未知の力の謎が解けるのは楽しみだが、二人とも空気が違う。
言葉に詰まる俺に、レイアさんが向き直る。
「フェイ、お前はどうやって神威を使えるようになった……?」
「…………わからない」
ガクッとレイアさんの身体が傾く。
いや、そうは言ってもどうやってとか、特訓してたら使えたとしか……。
「む、まぁいい。では、神威をどこまで知っている?」
「……詳しくはわからない。気づいたら使えてて、ハッキリわかるのは二回だけ。その時は木剣が信じられないくらいの強度になって……」
「ふむ、では座学から行こうかの」
レイアさんは再びいつもの眠そうな顔をすると、淡々と話し始めた。
「まず、そもそも"神威"とは、魔力や魔素とはまた違う肉体に秘められた力じゃ。
魔力なら魔術で炎や氷などの攻撃をするものにしたり、魔素であれば前にも言ったように身体能力を上げたり、魔物術を使うようになることもできる。
そんな中でも、神威は普通の人には習得できぬと言われるほど難易度が高い。一部では『武術全般を極めるような、悟りを開いた者』にしか使えないと言われるくらいにな」
「…………そんな技が、どうして俺なんかが使えるんだ?」
「それはこっちが聞きたいわ。そういうことをきちんと理解しようとしないとこがお主の弱点じゃの。たまには頭を使え」
う、なんかひどい言われようだ。
そうは言っても、ここにきてから魔物使いとしての勉強ばかりだったりで神威のことについてはとっかかりが何もなかったせいで、どうしようもない気もするんだが……。
「神威とは、使用者の"想い"や"渇望"がそのまま力に具現化されたようなものじゃ。一度起動さえすれば、その者の渇望の強さと魂の強度によって強弱が変わる。」
「魂の強度?」
「うむ、魂は他者の命を奪うことによって強化されていくことは知っておるな?」
「あ、あぁ……前に本で読んだな」
俺がレベルの概念と呼んでいるやつだな。
魔物を倒すたびに、確かに強さが上昇していくことは自覚している。
痛かったダメージも、レベルを上げると大したことなくなってくるアレ。
「その魂の力を、自由自在にコントロールすることができるのが神威というわけじゃ」
「…………つまり、魂の力で肉体が強化させられるのを、例えば部分的に防御に用いたり、剣に纏えばすごい攻撃力になったりするってことか……?」
「うむ、まぁそういった使い方もできるの。神威は誰しもその肉体に秘めておるが故に、魂を狩れば狩るほど肉体は強化されていく。ただその状態のことを"潜在状態"という」
「……潜在」
「神威にはコントロールできる強さによって"位階"というものが存在する。全くコントロールできず、ただ魂が強化されるにつれて肉体も強くなるだけのレベルを、『潜在状態』。
強い渇望を抱き、何かしらの要因で神威を発現させ、コントロールというほどではないが、その力の片鱗を扱える状態を『活動状態』。
完全に神威をコントロールし、神威を可視化し、己の意のままに操れる状態を『顕現状態』という」
「……なるほど?」
つまり、ステータスにあった神威位階の潜在やら活動やらは、その神威のレベルを表していて、俺は特訓の時、原因はわからないが無意識に神威を木剣に纏わせることができたから『活動状態』になった……ってことか?
渇望の力……そう言われると、確かにあの時は『強くなりたい』とかなり強く願った気がする。
アレは、俺のその渇望が具現化された……ってことなのだろうか。
ザミエラが『武器が無ければ神威は使えまい』と言っていたが、特訓次第では武器だけじゃなく、肉体も強化できるのか?
「理解できたか?」
「まぁ……なんでそんな大層なものが俺に使えるのかは分からないけど」
「……恐らくじゃが……お主、えらく簡単に焚き火をつけるではないか?」
「ん?」
焚き火?
まぁ、そう言われるとこの世界に来てからよくするな。
何か落ち込んでいる時とか、特訓の最中にも暇があれば焚き火を焚いていた。
てっきりホームレスであるフェイクラントの趣味だからと勝手に思っていたが、気づけば俺の趣味にもなりつつある。
「ワシが見るに、お主の焚き火スキルは相当なもんじゃ。一緒に生活してよくわかったが、お主はどんな条件でも簡単に火をつけよるし、その火力の調節も変幻自在。まるで風や火を自らの手足とでも言うかのようにな……」
「うーん……そんなつもりはないんだけど」
首を傾げる俺。
元の世界では焚き火なんてしたこともなかったが、まぁ今俺ができるのは言うなればフェイのお陰だ。
アイツはプレーリーを出てから上手くいくこともなく、野宿も多めで十八歳の頃から二十八歳の頃までずーっと暇さえあれば釣りか焚き火とかの生活くらいだった。
なんなら、村を出る前にも焚き火をしていた記憶さえある。
てっきり焚き火の知識があるやつなら普通にできることだと思っていたが、フェイの焚き火スキルとはそんなにすごいものなのだろうか?
「……で、それが何か関係あるのか?」
「……上手く説明できんが、お主の十数年に及ぶ無職焚き火生活は……武術を極めたような者たちがたどり着く悟りの境地に近いものがあったのかもしれん……。普通の人間は十数年も焚き火をし続けるなんてことは出来んからな。ある意味解脱の域じゃ……」
「……なるほど?」
褒められているのか貶されているのか、よくわからん。
が、まぁいい。
せっかくそのレアスキルっぽい神威とやらが使えるものなら、コントロールできないとな。
「じゃあ、まぁ何にせよ、神威をコントロールする術を教えてくれるのか?」
「あぁ……。恐らくお主はその様子じゃと『活動位階』…… の初期状態じゃからの。せめて自由に使えるようにはせんとな」
「おぉ」
つまり一段上の『顕現位階』にしてくれるということか。
少年漫画のようでワクワクする。
ドラ○ンボールで言うならキだし、他にも覇気とかネンとかいろんなそれっぽいものを連想してしまう。
あんなのが実際使えるようになれるだなんて、世界全男子の夢じゃないか。
「で、俺は何をすればいいんだ!?」
「……そう急くな。これは手取り足取りやって伝えられるようなものではない。大事なのは、魂で感じること……身も蓋も無い言い方じゃが、こればかりは才能じゃからの……『土壁』」
レイアさんは土魔術を唱えると、地面が隆起し、腰の高さ程度の土で出来た台を生成した。
「そこに手を置け」
「あぁ……」
俺がその台の上に手を置くと、レイアさんの小さな手のひらが俺の置かれた手の上に乗ってくる。
やわらかい。
「では、神威を使うために、想い、念じ、渇望しろ。その右手に込めて」
「……むぅ」
言われた通り、念じてみる。
力を手に送るイメージではない。
『手を強く』とでも念じながら。
すると、どうだろう。
俺の手がぼんやりと光り始めた。
前に見たものと同じだ。
「次じゃ……まだお主の魂では痛いだろうが、まぁ死ぬわけでは無い。我慢しろ……」
「……?」
なんか怖いことを言われた。
そして──いきなり、だった。
「『石弾』」
「────いッ!?」
──ダンッ!!
俺の手の甲に重ねられたレイアさんの手から、ゼロ距離で石弾が放たれた。
地属性初級魔術の、小さな石ころを弾丸のように撃ち出す魔術だ。
俺の手とレイアさんの手の間から、硝煙のようなものが吹き出ていて、
当然、俺の手の甲には銃弾で撃ち抜かれたかのような痛みが走る。
「ガッ────グゥッ!!」
こいつ、なんてことやりやがる。
「痛かったか?」
「ぎ……ふざけんな……いきなり何の真似だ……!」
無表情に問いかけてくるレイアさんに、俺は痛みに歯を食いしばりながら答えた。
咄嗟に痛みで右手を引き抜こうとしたが、ビクともしない。
レイアさんの小さな手が、まるで万力のような力で俺の手を押さえつけている。
激痛が俺の脳を焼いていた。
「……今から十秒後にまた撃つ。早くなんとかせんと、手首から先が無くなるかもしれんな」
「…………ッ!?」
「9、8、7、6」
ちょ、ちょっと待て、本気か!?
「──ギッ!」
考えるまでもなく、力の限り手を引き抜こうとする。
しかし、動かない。
「2……1……石弾」
──ダンッ!!
「ガァッ!? グッ……!」
「ほれ、また十秒後じゃ。神威を強く纏え」
俺の中でふつふつと怒りが湧いてくる。
このロリババア……!!
「頭を使え元無職。ワシとお主の魂の差では、絶対に抜け出せん。逃げる方法は引き抜くだけではあるまい?」
「何……?」
「8、7、6、5」
無視かよ。
クソ──いい加減にしろよコイツ。
腹立たしいが、確かに神威とやらの力の差のせいで、これほどまでに体格差がありながら、俺はレイアさんの手を振り解けそうに無い。
なら、どうする?
どうすれば──
「2……1……石弾」
──ダンッ!!
「ンンッ!! ──〜〜ッ!!」
食いしばった歯の隙間から、音が漏れる。
レイアさんは睨みつける俺を意にも介さず、再びカウントダウンを始める。
このままいけば、間違いなく俺の右手はなくなってしまう。
考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。
拘束は解けない。
密着しているレイアさんに殴る蹴るなどの方法もあるが、大した威力は期待できない。
しかも、神威のレベルが違う彼女を、手がどかせられない時点で身体をぶっ飛ばすなんて不可能だ。
ならば、他に方法は……?
右手の下にある、この土で出来た台座を壊す……?
この密着した状態から?
そんな真似、人ができるワケ──いや、まて。
神威を使う時、俺は木剣に纏わせていたが、到底元の木剣の切れ味ではない威力を放っていた。
なにせ、丸太がドリルにでも当てられたかのような綺麗な穴が空いたのだ。
つまり、木剣そのものの性能を強化したわけじゃない。
俺はあの時『丸太の中心を穿ちたい』と考えながら撃ったからだ。
だから、木剣に"その力"を付与したかのように、俺の右手に同じことをすれば──?
たとえ腕力では無理でも、"破壊"できるものに変えてしまえば……。
「2……1……」
瞬間。
──ザンッ!
「……見事」
気づけば俺は、土でできた台座を真っ二つに断ち割っていた。