第四十五話 「マルタローとの絆」
なんと、マルタローが俺の肩に飛び乗ってきた。
俺は呆然として、空いた口が塞がらなかった。
「わふ! わおん?」
マルタローは「わんわん」と鳴くと、俺の顔と前方をキョロキョロして、まるで『はやく行こうよ』と歩き出すように促している。
それは、俺が以前サイファーやクリスに嫉妬と羨望の眼差しを持って見ていた"信頼関係"そのものだった。
「……っしゃぁあ!!」
「わふ?」
俺はあまりの嬉しさにガッツポーズをした。
マルタローは不思議そうに眺めている。
あぁ、わかんねぇかなこの感動。
でも、それでもいい。
「行くぞマルタロー!! 落ちんじゃねぇぞ!!」
「わおぉおおん!!」
森を駆け抜けながら、俺は嬉しさを存分に走る力に変えた。
初めてマルタローと心を通わせることが出来たと思った瞬間だった。
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「遅いんじゃまったく!! 今度はマルタローまで逃したのかと心配したんじゃぞ!!」
「はい……ごめんなさい」
「……わふ……」
その日はいつもより長く散歩をしたせいで、サイファーにきつく叱られた。
マルタローも俺の肩でしょんぼりとしている。
その姿を見たせいか、怒り口調のサイファーも、どこか優しい表情だった。
寝る時は、なんとマルタローの方から俺の毛布に入り込んでくるようになった。
彼は完全に俺に懐いてくれた。
頭を撫でても怯えることはなくなったし、いうこともちゃんと聞いてくれる。
……俺のわがまま以外は。
「わふぶ!!」
「お、なんだその木の実? 俺にくれるのか?」
楽しかった。
マルタローと過ごす日々は、まるで子供の頃の友達と遊ぶような気分だった。
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そして、そんな日々が一週間ほど続いたある日──
「あー……まだ暑いなしかし」
「…………」
俺は現在、居間でマルタローと休憩中だ。
散歩も終え、毎日の魔術練習と筋トレを終え、椅子でゆっくりとしている。
マルタローは俺の膝の上で丸くなって眠っているが、いかんせんコイツはもふもふすぎて暑い。
乗っているところだけ俺は汗だくだった。
「マルタロー、寝るなら自分のベッドで寝ろよ」
「…………わふ」
眠たそうに大欠伸をかましながら伸びをして、ふらふらと自分のベッドであるカゴの上に返っていく。
ふっ。
見ているだけで癒される。
犬……ではないが、犬を飼っているとこんな気分になるんだな。
『マルタローのこと、頼んでもいい?』
クリス、俺は今、マルタローと幸せにやってるぜ。
……お前にも、俺たちの仲良くなった姿を見せてやりたかったな。
「フェイ」
「……ん?」
不意にかけられたレイアさんの声に、俺はぼんやりした頭を上げた。
居間の入口に立つ彼女の表情は、いつもの無愛想なそれとは少し違う。
どこか真剣で、けれど厳しさよりも期待を感じさせる目だった。
「……なんだ、レイアさん?」
「サイファーと話し合ったんじゃ。そろそろ、お前に"神威"を教える頃合いじゃろうと」
「神威?」
俺の言葉に、彼女は軽く頷いた。
神威。
そういやそんなものもあったな。くらい思えるほどだ。
俺がそれを『体感』したのは二回。
プレーリーでクリスに囃し立てられ、特訓した時に丸太を貫通させた時と、同じ日のザミエラと戦った時。
効果はその時持っていた木剣を異常レベルで強化できたアレ。
正直、どちらの時も無我夢中で、発動できた理由もわからない。
「外でやる。来い」
「あ、あぁ……」
レイアさんに促され、俺は居間を後にした。