第四十四話 「一緒に歩きたかったから」 【マルタロー視点】
翌日、みんなで散歩に出た時、ボクはふとフェイの匂いを感じ取った。
「マルタロー! どこ行くんじゃ!? 待て!!」
サイファーの声が聞こえるけど、ボクは振り返らなかった。
鼻を頼りに、フェイの匂いを追いかけていく。
何かが胸の中をざわつかせている。
嫌な予感がする。
──早く、早く行かなきゃ。
そして、森の奥でボクはフェイを見つけた。
彼は地面に倒れていて、肩には大きな傷があった。
血が流れている。
「…………!」
駆け寄ろうとした瞬間、ボクの視界に赤い影が飛び込んできた。
火竜が三体。
(フェイ……)
立ちすくむ。
脚が震えて動かない。
体は前に進みたいのに、過去の恐怖がボクを押さえつけている。
あの日と同じだ。
ボクが怖がっていたのを、クリスが「待ってて」と言って、結局ボクは何もできなかった。
何もできず、ただその背中を見送ることしかできなかった。
走り出した時もすでに遅くて、クリスは……。
また"仲間"が消えるのはもう嫌だ。
あんな思いは二度としたくない。
だから、ボクは走り出した。
目の前の火竜に向かって、全力で突進する。
「グルァアッ!!」
低く唸る火竜が、ボクの突進を受け止めた。
硬い。
その体は、まるで石の壁のようで、びくともしない。
逆にボクの体が弾き返され、地面に叩きつけられた。
「バカ! 無理だって!!」
フェイの声が耳に届く。
だけど、ボクは振り返らなかった。
「わふぅッ!!」
再び立ち上がる。
『もう嫌なんだ……』
ボクは低く唸り声を上げながら、火竜に向かって再び突進した。
炎を吐いてきたけど、構わず一直線に走る。
その瞬間だった。
体が軽くなった気がした。
まるで、自分の体じゃないような感覚。
ボクの全身に力が漲り、熱が広がる。
火竜に触れた瞬間──
「グォォッ!!」
先ほどまでびくともしなかった火竜の体が、勢いよく吹き飛んだ。
その巨体が岩壁に叩きつけられ、ぐったりと地面に横たわる。
だけど、考える間もなく残った火竜の尾が薙ぎ払われ、さらに追い討ちかのように最後の火竜が炎を吐き出した。
「マルタローッ!!」
轟音とともに、ボクの小さな体が吹き飛ばされ、フェイの腕に抱き留められる。
「……お前、バカかよ……なんで……」
フェイが涙を浮かべているのが見えた。
痛い。
全身が痛い。
「癒しの力よ……今こそ……治癒の恩寵を──『ヒール』」
フェイの手が光を纏い、ボクの体を優しく撫でる。
ボクが顔を上げた時、彼の顔は傷だらけだった。
でも、その時の顔は、確かにクリスやサイファーがボクに向ける"顔"と同じだった。
彼はボクに背を向け、逃げるように言ったけど、ボクの足は動かなかった。
だって、ボクはこの時、初めてフェイと"友達"になれた気がしたから。
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あの後、フェイはまた家に戻ってきた。
結局、火竜たちは後から追いついたサイファーやチェイシーたちに倒してもらった。
半日くらいしか経ってないけど、フェイとまた一緒に暮らす日々が戻ってきた。
そしてその日から、フェイの様子が変わった。
「にゃあ」
「おぉ! チェイシーのこの毛並み! 相変わらず金色で美しいぜ」
「グォ?」
「ティクロ! お前はなんていい筋肉をしてやがるんだ!! くぅ〜、羨ましいぜ!」
「ピピィっ!」
「ミスティ! あぁ、なんて綺麗な翼なんだぁ。それでいて氷を操れるところがまたステキっ!」
「「「…………」」」
なんだか変になったかもしれないけど、チェイシーたちも以前よりかは彼と距離が近くなった。
そしてそのフェイは当然ボクの方にも来て──
「んもぉ、マルタローは可愛いなぁ~! よしよしよしよしよしよし!!」
両手を広げながらやってくる。
その顔はどこか嬉しそうで、今まで見たことのない笑顔だった。
「ガルルル……」
ボクは反射的に牙を剥いて唸る。
やっぱり、急に触られるのは怖い。
「うわぁあ、ダメかぁ!? でも大丈夫、いつか俺が触らせてもらえるように──」
フェイの表情は全然変わらない。
少し前ならボクの態度に苛立っていたかもしれないけど、今はむしろ楽しそうだ。
正直、変なところは相変わらずだけど、なんだかそれが前よりも嫌じゃなくなっていた。
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夜、ボクはまた悪夢を見た。
暗い檻の中、誰かの手が近づいてくる。
その手が、ボクの体を痛めつける。
『お前なんて、何の価値もない』と冷たく笑う声が響く。
『……っ!』
夢の中で振り払おうとして、目が覚めた。
『……あれ?』
体を起こすと、隣にはチェイシーが丸くなって眠っていた。
いつものように、そっと寄り添ってくれている。
でも、それだけじゃなかった。
チェイシーの隣には、フェイの姿があった。
フェイは毛布を被りながら、こちらを向いて眠っている。
『……?』
ふと気づく。
ボクの体の上に、フェイの手がそっと置かれていた。
普通なら、その手に触れるだけで怖さを感じてしまう。
でも、今夜のフェイの手は不思議と違った。
その手は、クリスの手みたいに温かくて、どこか心地よかった。
「……わふ」
小さく鳴いて、もう一度体を丸める。
その手は怖くなくて、そのまま眠ることができた。
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そんな日が、何日も何日も続いた。
毎日フェイと散歩に行って、毎日フェイからご飯をもらう。
フェイはいつかのクリスと同じで、ご飯を食べてる時も決して近づかないように遠くから眺めているだけだった。
そして、毎日ボクに話を聞かせてくれる。
「マルタロー、この世界のメシも不味くはないけど、たまにはラーメンとか食いたいよな?」
「わふ?」
「いやな、ホント美味いんだよ。お前にもいつか食わせてやりたいぜ」
よくわからないこともよく言っていたけど、ボクとフェイの距離はだんだん近づいていった。
いつのまにか、ボクの中でフェイは信じられる存在に変わっていった。
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そして、今日も一緒に散歩に出かける。
「じゃあ、行ってきます!」
「あぁ、気をつけてな」
「わふぅ!」
フェイがサイファーとレイアさんに手を振る。
ボクも玄関に立ちながら、後ろを振り返って軽く吠えた。
フェイが扉を開けると、ボクは勢いよく外に飛び出した。
毎朝の散歩はボクにとっても楽しみな時間だ。
風の匂いを嗅ぎながら、足元を走る土の感触を確かめる。
でも、今日はなんだか少し違う気分だった。
フェイの足音が聞こえる。
その音に耳を傾けながら、ふと思う。
フェイと一緒に散歩するようになってから、どれくらい経っただろう?
以前のボクなら、彼のそばを歩くことすら怖かった。
でも、今は違う。
彼はいつもボクを気遣ってくれるし、話しかけてくれる。
触ろうとしない距離感も心地よく、どこか安心できた。
だけど──それだけじゃ足りない気がする。
もっと彼と近づきたい。
「今日もいい天気だな。マルタ──」
その瞬間、ボクは跳び上がった。
全身の力を使って、彼の方を目指す。
風を切る音が耳を掠めるのを聞きながら、ボクはフェイの肩に飛び乗った。
だって、怖いよりも一緒に歩きたかったから。