第四十話 「塵も積もれば信頼となる」
それから毎日、俺はマルタローと添い寝をする日々が始まった。
まぁ、とは言ってもマルタローが寝静まってから一緒に寝て、マルタローが起きる前に離れていくのだが。
「ふぁ〜……!! くっ……沁みる……」
寝起きの特大欠伸をかましながら、レイアさんが淹れてくれたコーヒーを飲む。
ちなみにマルタローに気を使って、かなり早くに起きるのだが、いつ起きてもサイファーとレイアさんは既に居間にいる。
生活までじいさんばあさんだな……。
「少し濃いめに作ってみた。寝不足のようじゃからの」
「あぁ、ありがとう……」
レイアさんはそう言いながらミルクと砂糖を自分のカップに足していく。
かなりの量だ。
言葉遣いに似合わず舌はお子様らしい。
本に目を向けながら、サイファーも口を開く。
「どうだ? マルタローの様子は」
「んー、何とも言えない感じかな……」
「そうか」
触ることが出来ると言っても、マルタローが寝ている時だけだし、他に二度触れる機会──クリスが消えた時と、火竜と戦った時も抱き上げていたが、それは例が特殊すぎる。
今起きてるマルタローに触れろと言われると、結果はなんとなく分かる。
「フェイ、前にも言ったが魔物にも心はある。あの子らはお前が思っているよりも、お前のことを見てくれているかもしれん」
「……だと、いいんだけどな……」
俯く俺に、サイファーがコーヒーを飲みながら肩をポン、と叩く。
「ま、お前は以前と比べて本当によくやってくれとる。その調子で頑張れ!」
「あ、あぁ」
「慢心はよくないがの!」
そう言ってグッドサインを俺に送りながらウインクする老人。
似合わないが、凄腕テイマーにそう言ってもらえると、自分のやり方が間違っていないのだという自信に繋がる。
とにかく、今はこのまま地道に頑張るしかない。
「ところでさ」
「……?」
「最近、俺のウ○コが緑色だったり紫だったり変な色なんだけど、なんか知らない?」
恐る恐る口にした下ネタ混じりの疑問。
俺としては冗談半分のつもりだった。
とはいえ、一応怖かったので聞いてみたのだが、レイアさんとサイファーの反応は予想外だった。
「…………」
二人は一瞬、顔を見合わせると、ため息混じりに頷き合った。
「……まぁ、そのうち気づくと思っとったが……の」
「……うるさいの。レイアが入れすぎなんじゃ」
レイアさんがコーヒーをすすりながら、肩をすくめて呟くのに対し、サイファーが呆れたように反論する。
おいおい、なんだよそのリアクション。
嫌な予感しかしない。
俺の問いに、レイアさんが静かにカップを置き、目を伏せながら口を開いた。
「……実はの、毎日お主に出した料理に魔素を仕込んでおった」
「……マソ?」
思わず耳を疑う。
魔素?
ゲームでも名称は出たことがあった気がするが、なんだっけ……?
クエスチョンマークの俺に、サイファーがゆっくりと話し始める。
「はぁ……本来ならお前がマルタローと対話できるようになってからと様子を見てたんじゃが……。魔素とは、魔物にとって力の源。魔物を形成する一つの物質じゃ。最近は廃れた技術だが、魔物使いとは、本来魔素を体内に取り込むことで擬似的に肉体を魔物化し、炎や吹雪、その他の魔物が使う特技を使いこなすことができる」
おいおいおい、何かとんでもない事実が出てきたぞ。
そもそもそんなモン口にして大丈夫なのか?
「ってことは……火竜と戦った時のサイファーの氷のブレスみたいなのも……?」
「あぁ、ワシも様々な魔物の魔素を取り込んどるからな。あれは氷竜の魔素を調合したもので手に入れた特技じゃ」
なるほど、そんなカラクリがあったとは。
しかしゲームではギルドで魔物使いを仲間にしても、魔物を使役して戦ってはくれるが、魔物使い本人がブレスなどを使っていた記憶はない。
サイファー独自の技……とかなのだろうか……?
「ふーん……まぁウ○コの様子は怖いけど、じゃあ俺には何の魔物の魔素が入ってたんだ?」
「ワシらが昔倒したエルダードラゴンと……レイアの魔素を調合したものじゃ」
「ぶはっ!!」
俺は驚愕のあまり、口にしていたコーヒーを思いっきり吹き出した。
エルダードラゴンもそうだが、レイアさんの魔素!?
彼女の体内にあったものを俺は口に……。
「……っ……」
よからぬことを考えてしまいそうだったので、思わず頭を振って妄想を消し去る。
「そんなもん食って大丈夫なのか!?」
「心配いらん、少量ずつなら問題ない。まぁ、魔素がしっかり身体に馴染むまでは時間がかかるが、もうこの周りの魔物程度であれば問題なく倒せたじゃろう?」
「あ……」
確かに、そんなにレベルとか上がってなかったにも関わらず、俺は森にいる以前は苦戦させられたウッディ・ゴーレムやワイルドボア程度であれば難なく倒せるようになっていた。
あれは、魔素による強化のおかげだったのか……?
って、そうじゃなくて。
「いやいやいや、エルダードラゴンは百歩譲って理解できるけど、レイアさんの魔素ってなんだよ! 強いのは分かるけど、身体能力的に強くなれるだけなら、ドラゴンとかだけでいいんじゃないか?」
俺は赤面するのを誤魔化すように大声を出す。
我ながらこんなのにも反応してしまいそうになる童貞感が恥ずかしい。
しかし、サイファーは落ち着いたまま、もう一口コーヒーを飲むと
「お前、神威を使えるじゃろ?」
「……は?」
「レイアは神威の達人とも言える存在じゃ。その細胞を取り込んで、上手くコントロールさせるための準備段階じゃよ。まぁ、前例がないのでわからんが」
「レイアさんが!?」
俺は勢いよくレイアさんの方を見る。
彼女は俺がこんなにも慌てているというのに、甘めのカフェオレを飲み切り、椅子にもたれかかってスヤスヤと寝息を立てていた。
「まぁ、詳しいことはまた今度話す。今のお前は、マルタローの世話に集中しろ」
「え? あ……あぁ……」
サイファーの言葉に、俺はまだ頭が混乱したまま頷くしかなかった。
エルダードラゴンの魔素とか、レイアさんが神威使いとか、今まで想像もしなかったことが次々に明らかになり、頭がパンクしそうだ。
まぁ、確かに今はマルタローとの距離だよな。
自分に言い聞かせるように呟き、冷めたコーヒーを一気に飲み干す。
気になることも多いが、今はとりあえずマルタローに集中しよう。
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魔物使いになってから、もう一ヶ月半ほど経つ。
俺はあれから、少し飯が不味く感じながらも、マルタローの世話に集中していた。
そして、今日もマルタローと一緒に散歩に出かける。
「じゃあ、行ってきます!」
「あぁ、気をつけてな」
レイアさんとサイファーが玄関で見送ってくれる。
マルタローは犬だからかしらんが散歩には意欲的で、既に今か今かと扉が開くのを待っていて、俺が開くと勢いよく飛び出していく。
「おいおい、そんなに急がなくてもいいだろ」
「わふぅ!!」
天気は快晴。
空はどこまでも青く澄んでいて、今日も良い天気だ。
相変わらずモブみたいなセリフが脳内を過るが、俺にはお似合いの言葉。
「今日もいい天気だな……マルタ──」
──トンッ
「ワンワン!!」
俺は呆然として空いた口が塞がらなかった。
なぜなら、あれだけ触れられなかったマルタローが、自ら俺の肩に飛び乗ってきたのだから。