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第三十八話 「新しい心の在り方。新しい日常」

 俺はサイファーに連れられて再び山奥の家まで戻る。

 レイアさんが俺に気づくと、ジト目で見上げながらも何も言わずに俺とマルタローの手当てをしてくれた。

 彼女が治癒魔術で治した患部をポン、と軽く叩く。


「終わりじゃ」

「あ……ありがとう」


 レイアさんは俺の方へ振り返る。

 その表情は、どこか微笑んでいるように見えた。

 マルタローもレイアさんに治癒してもらうと、疲れたのか専用の毛布の上で丸くなって眠っている。


「…………」


 しかし、まぁ気まずい。

 何か話題でもあればと思ったが、そんな空気でもない。

 何よりクビにされて逆ギレして出て行った身だ。

 どんな顔をしていればいいのかもわからない。


「散歩の途中、突然マルタローが走り出しおってな……」

「……?」


 俯いて床に座り込む俺の背後からサイファーが話しかけてくる。


「追いかけていったのじゃが、何せマルタローはちっこくて見失っての。……で、見つけたと思ったらマルタローを庇って火竜の幼体に向かっていくお前の姿を見つけたんじゃ」


 そうだったのか。

 離れる際、匂いで気づかれて追ってきたのだろうか?

 いや、俺と気づいて来るなら出ていく時に付いてきただろうし……。


「……なんで、マルタローは俺を……」

「ワシに聞かんでもわかるじゃろ。お前のことを助けようとしたんじゃ」

「でも、俺はマルタローにそんな恩なんて……」

「短いとはいえ、餌をくれたり、好みのもので料理を作ってくれたり、そうやって世話をしてくれたお前に少しでも恩返しを……と思ったのかもしれん。ま、その子の勇気に感謝するんじゃな」


 思わず俺の拳に力が入る。

 何も思われてないと勝手に思っていた。

 でも、俺の行動が、しっかりとマルタローの思い出となっていたのだ。


 それを俺は見返りだけを早く求めてばかりで。

 気にしなくても、彼なりに返そうとしてくれていたのだ……。

 俺は、馬鹿だ……。


「サイファー……」

「?」


 振り返ると、彼の鋭い眼差しがこちらを捉えていた。

 その目は厳しさの中にも、何かを試すような光を宿している。

 俺は決意を固め、立ち上がることなくその場で膝をつき、そして──額が床に届くほど深く頭を下げた。


「もう一度……もう一度だけ、ここで働かせてください……!」


 俺は前世も合わせて生まれて初めての土下座をした。

 声が震える。

 だが、この気持ちは偽りじゃない。


「雑用でもなんでもやります。俺は……俺は自分の未熟さを思い知らされた。自分が勝手に思い込んでただけだって……! あんなこと言って出て行って、本当にすみませんでした!」


 拳を強く握り締める。

 その感触は、これまでの自分の甘さと、どうしようもない情けなさを噛み締めるような感覚だった。


「だから……だから、もう一度だけ……!」


 土下座したまま動けない俺の耳に、部屋の中の沈黙が重く響いてくる。

 サイファーは何も言わない。 ただ、その杖が床に軽く触れる音が静かに聞こえるだけだ。


 やはりダメか……?

 今さら取り返せるようなものじゃないのかもしれない。

 けれど、それでも──


「……わかった。顔を上げろ」


 低くそう言うサイファーに、俺は恐る恐る顔を上げる。

 そこには、腕を組みながら軽くため息をつく彼の姿があった。


「ま、ワシも悪魔でもないからな。そこまでいわれたら、の……」

「サイファー!」


 安堵して胸を撫で下ろす。

 正直、また投げられるかもしれないと覚悟もしていた。


「ただし、二度目はないぞ! そのことを覚えておけ!!」

「はい!!」


 背を向けるサイファーに対し、できる限り忠誠心を表すような声で返事をする。

 当然だ。

 もう失敗はしない。


「それと……リンゴでなんか作れ」

「……?」

「マルタローの好物なんじゃろ? ちゃんと、お礼をしないとな……」

「はっ、はい!!」


 慌ただしくキッチンへ歩き出す。

 手伝うと言わんばかりにレイアさんがにこりと微笑みながらついてきてくれた。

 周りにはチェイシーやマンティクロス、ミストフレアもみんないて、

 どこか、俺を祝福してくれるような気持ちを感じた。



 ---



 二週間後


 あの日から、改めて魔物達の世話をする日々が始まった。

 やることは前とほとんど変わらない。

 唯一変わったというならば、俺の心の在り方くらいだ。


 正直にいえば、まだサイファーたちの言う「ラヴ」という言葉の真意は完全には理解できないままだ。

 こちらから愛情を持っているつもりでも、それが彼らに伝わっているかはイマイチわからないし、自分が良かれと思っていることでも、魔物たちにとっては迷惑なのかもしれない。


「ふぅ……」


 だが、それでも俺は愚直に進んでいくしかない。

 わからなくても、一歩ずつ前に進んでいこうと思った。


「あっちーな……」


 俺は今、キラーチェイサーの『チェイシー』、マンティクロスの『ティクロ』、ミストフレアの『ミスティ』、クレイゴーレムの『ゴラン』と一緒に散歩がてら、夕食用の魚を釣りに渓流まで来ている。


「しかも、全然釣れねーな」

「ウが?」

「ピピピィっ!!」

「ゴォ…………」


 最近になって、俺はようやく魔物たちのことが少しわかるようになってきた。


「ガブゥっ!!」

「おお! やったなチェイシー!」


 チェイシーが川に入り、狙いを定めて魚を口で捕らえ、俺に見せてくる。

 彼は賢いが、とてもマイペースで周りに流されないタイプだ。


「ピピっ!!」


 ミスティは浅瀬で水浴びをしている。

 青緑色の翼を持つ美しい外見にも関わらず、実は子供っぽくていつもはしゃぎ回っている。


「ゴォ……」


 ゴランは水が苦手なので、川から離れたところで座り込んでいる。

 こんなに大きな身体を持っているのに、実は気弱で暴力が苦手。

 俺を殴る演技の時もしばらく落ち込んでいたらしい。


「うがっ! ガう、がウ!!」


 ティクロは腕が四本もあるからなのか、何かと器用で面倒見がいい。

 下側の両腕にそれぞれ一本ずつ釣竿を持ってガンガン魚を釣り上げていた。

 いや、にしても上手すぎだろ……。

 カゴの中身はほとんどコイツが釣り上げた魚でいっぱいだ。


 俺も真摯に接することが出来ているからかはわからないが──


「もうカゴに入り切らねーな。そろそろ戻るか」

「ピィーイー」

「や〜だ〜。じゃねぇよ。置いてくぞ?」


 みんなも少しだけ俺に心を許してくれている気がした。



 ---



「おお、こんなに沢山、今日は魚料理パーティじゃな。ティクロ、台所に持っていってくれ」


 レイアさんが満足そうに笑いながら、ティクロに指示を出す。

 ティクロはその器用な四本の腕でカゴを持ち上げると、台所へと器用に運んでいった。


「ウガッ!」


 チェイシーも何やら得意げに胸を張っている。

 どうやら自分が捕まえた魚の数を誇っているようだ。


「お前もちゃんとやったな、チェイシー。すげえよ」

「くるる……くるるる……」


 俺が頭を撫でてやると、チェイシーは猫のように喉を鳴らして喜びを表現する。


「ピィ! ピィー!」


 ミスティは台所に飛び込み、まるで「手伝うよ」と言わんばかりに食器棚を突つき始めた。

 いや、手伝うつもりなのか単に遊びたいだけなのかは分からんが、それは逆に仕事が増えるやつだぞ。


 そんな中、俺の視界の隅にマルタローの姿が映った。

 椅子の上で丸くなっていた彼が、静かに体を起こして俺を一瞥する。


「…………」


 マルタローは俺と視線を交わすと、何も言わず椅子から飛び降り、部屋の隅へと歩いていく。


 ……まだ距離があるんだよな。


 他の魔物たちとは、少しずつ心が通じ合えるようになってきたと感じている。

 散歩の時も、釣りの時も、なんだかんだで協力してくれる。

 でも、マルタローだけは……。


 やはり、過去のトラウマが強く根付いているのだろうか。

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