幕間 「のじゃ談話②」 【三人称視点】
居間には重苦しい空気が漂っていた。
白髪の魔族・レイアと人族の老人・サイファーは、無言で椅子に腰掛けている。
互いに視線を交わすことなく、ただ張り詰めた沈黙が続いていた。
キラーチェイサーが老人の足元に顔を擦り寄せてくる。
老人は無意識のうちにその金色の毛並みを撫でながら、硬い表情を崩そうとはしない。
窓際ではプレーリーハウンドがじっと外を見つめていた。
その背中には、どこか寂しげな影が映っている。
「本当に、クビにしてよかったのか……?」
ようやく魔族が静かに口を開いた。
問いかけは部屋の中で溶けるように広がったが、老人は答えない。
杖を膝に置き、じっと手元を見つめている。
「他にもっとやり方があったじゃろう……」
魔族は視線を窓際に佇むプレーリーハウンドに向けながら続ける。
「『魔物と関わるなどあり得ない』と考える者の方が多い。フェイクラントの反応もわからなくもない。アイツは普通の人間と同じように恐れ、避けようとするだけじゃ……せめて間違っているならば、言ってあげねば分からんこともあるじゃろう」
彼女は特に彼の弟子を育てる気でもなかったハズだったが、納得いかないように続ける。
しかし、老人は何も言わない。
重たい沈黙が再び居間に落ちた。
「……聞いているのか、サイ──」
ドガァッ!!
突然、鋭い音が部屋中に響き渡った。
言葉が途切れたのは、老人が拳を壁に叩きつけ、そこに大きな穴を開けたからだった。
その行動に、床に伏せていたキラーチェイサーが低く唸る。
だが、老人は一切振り返らず、肩を震わせている。
「やかましい……」
老人の低い声が、部屋の中を震わせる。
しかし、魔族はその声にも動じることなく、ただ無表情に老人を見つめ続けていた。
「レイア……お前、アイツの何を見てきた?」
「…………」
「こちらからフェイクラントに歩んでは何の意味もない……フェイに必要なのは、自ら歩み寄ることじゃ」
老人は拳を握り締めたまま、震える声で続ける。
「恐らくアイツは長い間、自分の世界だけに閉じこもっておった……じゃから、歩み寄ってくる者には心を許すのじゃろう。しかし、自ら歩み寄ることに関しては……とんでもなくヘタクソなんじゃ」
老人の声には怒りだけではなく、悔しさも滲んでいた。
「相手を労い、愛を持って接することをフェイ自身が考え、自覚せねば理解できんし、行動にも移せんじゃろう……」
その言葉を最後に、老人は椅子から立ち上がり、杖を片手に居間を後にしようとした。
魔物たちがじっとその背中を見つめる。
「すまんかったの、お前ら。大声を出してしまって……」
老人はキラーチェイサーの頭を軽く撫で、ミストフレアに微笑みを投げかける。
彼の表情には、先ほどまでの怒りの影は少なく見えた。
老人が去った後、魔族は静かに溜息をつき、魔物たちを見渡した。
「……だから、それを言ってやればいいんじゃろうが」
呟く声にはどこか苛立ちと寂しさが混じっていた。
窓際に目を移すと、プレーリーハウンドが相変わらず外を見つめていた。
その後ろ姿には、いつものような無邪気さは感じられない。
何かを思い詰めているかのようだ。
魔族の肩にミストフレアが羽音を立てて止まり木のように着地する。
その小さな体が、彼女の肩で温かさを伝えるように動いた。
「む……ミスティ。マルタローが心配か?」
「チチチ……」
「大丈夫じゃ。みんなで力になってやろう」
魔族は静かにプレーリーハウンドに近づき、そっと声をかける。
「マルタロー、ワシはリンゴを煮るが、一緒に食うか?」
「…………」
「そうか……」
プレーリーハウンドは、彼女の言葉に一切反応しなかった。
ただ、夜の静寂に包まれた外の景色を、ずっと見つめているだけだった。
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サイファーは家の奥にある薄暗い部屋の中央にて一人。
杖を軽く地面に突きながら、ため息をひとつ漏らした。
「……今回こそは上手く見つけられたと思ったんですがね……」
低く呟かれる言葉は、まるで誰かに向けられたもののように響く。
彼の顔には疲れと苦悩の影が滲んでいた。
「ははは……やはり、ワシに師匠なんて難しいようです……」
彼は自嘲気味にそう鼻で笑う。
杖を握り締める手に力が入り、その音が静寂をかすかに乱した。
ふと、彼は目線を落とし、そこにあるモノに目を移した。
「なぁ、お前もそう思うだろ……? ……アルティア……」
彼がそう呼びかける部屋の中心には、祭壇の上に置かれた亜麻色の水晶が、その言葉に反応でもしたかのように微かに淡い光を放っていた。