第三十五話 「解雇」
「お前と初めて会った時から……ずっとな」
言葉の端々に残るサイファーの"俺への期待だったもの"と、魔物たちの視線が、どうしようもなく俺の胸を締め付ける。
「……んなわけねぇだろ」
俺は誰に言うともなく呟き、立ち上がった。
友達になりたい?
そんなことを今更聞かされても、ここに居続ける理由が見つからない。
失望されてまでしがみつくほど、俺は強くない。
「クビになったんだ、ここを出ていく。世話になったな」
簡素な言葉を投げ捨てるように口にし、部屋の隅に置いてあった自分の荷物をまとめた。
ここにもう、俺の居場所はない。
「フェイ」
背中越しに、サイファーの声が響く。
思わず足を止めた。
背後には地面に杖を突く音。
「これまでの給料じゃ……もってけ」
振り返ると、布袋が俺に向かって投げられてきた。
咄嗟に受け止めると、手の中で硬貨の感触が伝わる。
ずっしりとした重さ。
一応報酬はあったのか。
「……」
レイアさんの方を見たが、どこか悲しげな目で俯いているだけだった。
魔物たちは、黙ったまま俺の方を見ていた。
その視線がどこか寂しげに感じたのは……気のせいだろう。
言葉が出ないまま、俺はただ無言で給料を握りしめ、外へと出る。
今日まで世話(笑)をしてきたチェイシーが扉の前まで来てじっと立ち尽くしている姿があったが、一歩、また一歩と家から離れ、山道を降り始める。
振り返るつもりはなかった。
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山奥の家は既に視界から消えていたが、その中で交わされた言葉の残響が、頭の中でずっと繰り返されていた。
「友達になりたい……?」
そんなことを言われても、信じることなんてできない。
いや、信じたくなかった。
俺は自分を守るために、魔物を、いや、クリスの遺した"マルタロー"をも、せいぜいペット程度にしか見てなかった。
誰もが俺に失望したのだろう。
足音だけが夜道に響く。
その途中、森から現れた魔物に遭遇したが、以前ほど怖さは感じなかった。
剣を振るい、数分で倒すことができた自分に驚く。
一応、筋トレや魔術の練習はプレーリーを出てからも続けてはいたが、いつの間にかそんなに成長していたのだろうか?
さて、これからどうする。
山の魔物はプレーリーの次の町であるカンタリオンまでの魔物とそう強さが変わるものでもない。
今の感じなら、行こうと思えば行けるだろう。
今度こそ本当に冒険者家業でも始めるか?
一人でやるか、もしくは新しい冒険者の仲間を作るか……。
いや、ヴァレリスの件もどうしよう。
あんなに行くはずだったのに、またしても俺は行き詰まっている。
山を降りきり、プレーリーに戻った時には既に暗くなり始めていた。
誰も住んでいない村は静まり返り、風が枯草を揺らす音だけが耳に届く。
俺は自然と墓の方へ向かった。
クリスの墓を掃除するのは、ここを訪れるたびの習慣だ。
埃が積もり、枯れた花が添えられている墓標を丁寧に磨き、草をむしり取る。
「……クリス」
誰も聞いていないのに、つい呟いてしまう。
クリスが生きていたら、俺の背中を押してくれただろうか?
それとも、俺の行動を叱ってくれただろうか?
「……っ……」
思わず頭を振る。
また俺は甘えようとしている。
彼女が居なくなっても、俺はこうなのか。
墓の掃除を終えると、足は自然と道具屋へ向かっていた。
二階にあるクリスの部屋。
あれから一ヶ月近く誰も入っていない部屋は、埃が溜まり、薄暗く冷たい空気に包まれている。
俺は軽く掃除をし、ソファに寝転がった。
目を閉じると、彼女と過ごした日々が、ありありと思い出される。
『……頑張れ』
いつか言ってくれたクリスの言葉が脳裏をよぎる。
いつだってダメな俺を甘やかしてくれた存在は、もういない。
「ラヴを持って接しろって何だよ……大体魔物なんて、犬や猫と変わらねぇじゃねぇか……」
言い訳しか出てこない自分が嫌になる。
ツテが無かったからやっただけだ……。
最初から冒険者になって自分に合ったものを選べばよかったんだ。
『マルタローのこと……頼んでいいかな?』
クリスが消える間際に俺に託した言葉。
それに応えたはずだったのに。
現状はこうだ。
情けない。
涙が溢れてくる。
誰にも見られないハズなのに、俺は毛布を頭から被って顔を隠す。
「……ごめん、クリス……」
心の中で何度も呟く。
涙は毛布に吸い込まれていった。
あの小屋で過ごした日々の中で、俺はずっとアイツらのことを"ペット"くらいとしか思っていなかった。
「…………」
考えた事なかった。
俺は……どう思われていたのかな……?