第三十四話 「彼らの本当の気持ち」
プレーリー山奥の小屋。
俺はサイファーに連れられ、半ば引きずられるようにして家まで戻ってきていた。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
クレイ・ゴーレム、チェイシー、そしてサイファーの介入──
すべてが重なり合い、未だに状況が飲み込めない。
居間に入ると、目に飛び込んできたのは、そこで待っていた面々だった。
マルタロー、チェイシーの他に、マンティクロスやミストフレア──みんなが静かにこちらを見つめている。
普段と何ら変わらないはずの光景が、今はやけに重苦しく感じられる。
「随分と派手に転んだようじゃな」
レイアさんが『治癒魔術』で擦りむいたところを治してくれた。
俺は改めて、目の前にいる魔物たちに視線を移す。
彼らの目には敵意もなければ軽蔑もない。
それがかえって、俺を追い詰める。
「……なんなんだよ……何のためにこんなことを……」
思わず吐き捨てるようにそう呟いた。
すると、サイファーが杖を地面に突きながら静かに口を開く。
「お前とチェイシーの信頼を確かめただけじゃ。そのために一芝居打った」
「はぁ?」
「まぁ、結果は分かっておったがの……」
サイファーの言葉が胸に刺さる。
それは紛れもない"お前には無理だ"という烙印だった。
信頼を確かめる?
それが、クレイ・ゴーレムを使った危険な茶番の理由だっていうのか?
サイファーは椅子に座るとため息をひとつする。
俺と目線を合わせることはない。
「ま、これでわかったじゃろ?」
「……何がだよ」
「お前はチェイシーを良いように使っていただけで、信頼関係は無かったということが」
ズキン、と心が痛む。
あんなに言うことを聞いていたのに、信頼関係がない……?
しかし、それを堂々と言葉にされると、反論の余地がなくなる。
「賢いあの子はすぐに分かったんじゃろうな。自分が、お前の保身のための道具に使われているのが……。それが、あの子のプライドが許さなかった。いや、寂しく思ったのかもしれん……」
サイファーの声は静かだが、その言葉は重く響く。
俺は言葉を返せない。
寂しい……?
あのチェイシーが、俺に対してそんな感情を抱いていたというのか?
「お前を困らせて、自分の気持ちに気づいてもらいたくて必死じゃったんじゃろうなぁ……」
「…………」
サイファーの声が胸の奥深くに突き刺さる。
チェイシーの行動の意味が、なんとなくだが理解できてしまう。
「お前はそれに気づけなかった……。だから、あの子は散歩に付き合う気にはなれても、助ける気にはならなかったというワケじゃ」
俺は拳を握りしめた。
その言葉が、すべてを物語っているからだ。
「……魔物使い失格じゃ」
「……っ……」
息苦しいほどの沈黙が場を包む。
視線を地面に落としたまま、俺は絞り出すように声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。確かに嘘をついたのは悪かったと思ってる。叩いたことも……いや、本当に反省してる。けど、あの時は……クビになるのが、怖くて……」
喉が渇き、言葉がかすれる。
必死に言い訳を並べる俺の声が、自分でも惨めに響く。
「それで……自分のミスを、チェイシーのせいにしたのか?」
「……えっと」
冷たい声。
視線は鋭く、俺の中身をすべて見透かしているかのようだ。
サイファーはゆっくりと椅子から立ち上がり、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
俺は無意識に笑みを浮かべ、誤魔化そうとするしかできなかった。
「……サイファー?」
バキィッ────
次の瞬間、俺は首根っこを掴まれ、そのまま床に叩きつけられた。
「ぐあっ……!」
全身が衝撃でしびれる。
俺が座っていた椅子はその衝撃で壊れ、バラバラになった。
目の前で木片が散らばる。
「サイファー! 落ち着け!」
「お前はッ! 相手の気持ちになって物事を考えられんのかッ!?」
レイアさんの声が飛ぶが、それを聞く耳も持たないように俺に怒声を浴びせる。
その目は燃えるように鋭く、容赦がない。
「最初に言ったはずじゃ……魔物には"ラヴ"を持って接しろとな。ところがどうじゃ、お前は──! 命令だけを振りかざし、あの子たちを"道具"のように扱い、"ペット"のように見下しておった!」
「あ゛ッ──」
今度は首を掴まれたまま、サイファーに軽々と持ち上げられる。
反射的に彼の腕を掴んでも、びくともしない。
彼の言葉が、俺の胸を深く抉る。
息が詰まりそうだった。
「いいか、魔物にも心がある。怒りもすれば、悲しみも感じる! 見た目は違えど、あの子たちはワシらと同じ仲間なんじゃ! その仲間をペットのように扱う奴がどこにいる!?」
彼の声は一層低く、しかしその中に抑えきれない熱が混じっていた。
そのまま、サイファーの腕に力が込められたかと思うと──
ドンッ!
「がッ……!! ゴホッ……!」
俺はそのまま壁に叩きつけられた。
衝撃で息が詰まる。
痛みに呻きながら崩れ落ちた。
その様子を見てゆっくりと歩み寄るサイファー。
その目に浮かぶのは、怒りとも、哀れみともつかない感情。
「……何となく、見込みがある気がしておったが……ワシの見込み違いじゃった……」
その言葉が、俺の全身から力を奪い去った。
「お前は……クビじゃ」
「……っ……」
体が動かない。
胸の中に渦巻くのは、悔しさと情けなさ、そして恐怖だった。
何よりも──サイファーの視線から感じる失望が、俺を押しつぶす。
それでも、俺は自分の情けない心をどうにかして守るようにしか考えられない。
なんなんだよ……さっきから一方的に怒鳴りやがって。
急にゴーレムに襲われたと思ったら、芝居で弟子を試す?
それでボロが出たらこうやって痛めつけたってのか。
ふざけんな。
「んだよ……大人しく聞いてりゃ言いたいこと言いやがって……」
俺は壁にもたれかかったまま、絞り出すように言葉を漏らした。
サイファーの視線が、怒りとも呆れともつかない色を帯びて俺を射抜いている。
だけど、それがどうした?
心の中で渦巻く苛立ちと屈辱が、堰を切ったように溢れ出す。
「別に好きで魔物使いやりはじめたんじゃねぇよッ!! 行くアテがなくて、たまたまサイファーと出会ったから成り行きでなっただけだ!! 師匠だと!? そもそも強くなりたいって言ったのにやることは魔物の世話ばっかりだしよ!!」
拳を強く握り締め、立ち上がる気力もないまま、俺は叫んだ。
胸の奥に溜まった泥のような感情が言葉に変わる。
「あぁ、クビにしたけりゃしろよ! マルタローも、俺なんかといるよりここにいる方がずっと幸せだと思うぜ!!」
俺の言葉は、居間にいる全員に投げつけるようなものだった。
だが、誰も反応しない。
「そもそも魔物の気持ちなんてわかるわけねェだろ!! 何言っても伝わらねぇ!! 言葉も話せねぇ!!」
体が震え、気づけば視界が滲んでいる。
泣いている理由は、わからなかった。
「わかるわけねぇッ!! わかるわけねェんだッ!!」
今にも泣き出したい気持ちを大声で誤魔化した。
声が喉の奥でかすれていく。
叫び続けたせいで息が切れた。
マルタローも、チェイシーも、ミストフレアも、マンティクロスも──ただ何もせず、狂ったように叫ぶ俺を見つめている。
なんなんだよその目は。
言いたいことあるなら言いやがれ。
「へへ……けどよ、コイツらが今、何考えてんのかくらいはわかるぜ……」
俺は力なく笑い、手を伸ばして魔物たちを指さした。
「『やっとバカな人族がここを出て行ってくれる』『清々した』ってな!!」
言葉が自嘲混じりに響く。
そうだろ? どうせ、俺なんか誰にも必要とされていない。
「どうだ? 当たってるだろ」
その瞬間、サイファーが小さくため息をついた。
長い沈黙の後、彼は目を瞑り、ゆっくりと口を開く
「違うな」
その低い声が、静かに居間に響く。
杖を軽く地面に突き、彼は魔物たちを一瞥した。
「この子達は……フェイと友達になりたいと思っておる……」
「はぁ?」
「マルタローも、他の子達も……」
サイファーは後ろに振り返り、魔物たちを見つめると、再び俺の目をじっと見つめる。
そして静かに、言葉を紡いだ。
「お前と初めて会った時から……ずっとな」
その言葉は、廃れてしまった俺の心をさらに深く抉った。