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第三十三話 「驕り」

 目の前には広がる青々とした草原。

 俺はクリスと並んで歩いていた。


「フェイ、早く!」

「あぁ、そんなに急がなくてもいいだろ」


 俺たちは冒険者となり、Eランクのクエストを受けている最中だ。

 Fランクの俺一人では難しいが、クリスがいてくれるお陰でかなり順調に進むことができる。

 ギルドでも「水晶破壊のトンデモ魔術師」として一気に人気を集め、数あるパーティからも引っ張りだこだ。

 そんな彼女と二人きりで冒険できる俺は、さぞ幸運な男だろう。


「ほら、そっち任せたわよ!」

「わかった!」


 軽快に剣を振り、次々と迫る魔物を撃退していく俺。

 クリスがその合間に魔術で援護してくれる。


 討伐が終わると、クリスと並んでギルドへ報告のために帰る。

 これもいつものことだ。


「いつもありがとうな、クリス」

「な、何よ……急に……」


 クリスが顔を赤らめてそっぽを向く。

 彼女のその小さな背中がどこか安心感を与えてくれる。


「でも、その気持ちを、もっとマルタローにも伝えてあげてね」


 クリスが小さく笑ってそう言う。


 ん? マルタロー?

 あれ、そういえばアイツはどこにいるんだっけ?


「……頑張れ」


 ふと、彼女の笑顔が少し寂しそうに見えた気がした──



 ---



 目覚めると、てっぺんまで昇った太陽の光が、俺の視界を刺激する。


「夢か……」


 俺は相変わらず悪夢を見ていた。

 夢の内容自体は良い夢なのだが、覚醒してからの辛さを考えると悪夢と言っても差し支えないだろう。


「そうだ……確かチェイシーと散歩に来て、休憩してたんだっけ……」


 俺は体を起こしてあたりを見回す。

 散歩途中に川辺で休憩していたことを思い出す。

 いつの間にか寝てしまっていたのか。


「おい、チェイシー! 帰るぞ!」


 俺は茂みに向かって声をあげる。

 普段ならこれでチェイシーは現れるはずなのだが、返事はなかった。


「チェイシー!? どこだ!」


 少し慌てて川辺や周囲の茂みを探し回る。

 だが、どこにもチェイシーの姿は見当たらない。


 焦りと不安が胸を支配する。

 やばい……チェイシーがどこか行ったなんてことになったら確実にクビだ……。


「おい! チェイシー!!」


 俺は大声で呼びかけながら、川辺を何度も往復した──



 ---



 結局、チェイシーを見つけられないまま、日は沈み始めていた。

 俺は途方に暮れながら、山奥の家に戻ってきた。

 足取りは重く、顔は汗と土で汚れている。


 どうする……なんて言い訳すればいい……?


 俺は震える手でドアを開いた。

 扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは──居間で大人しく座っているチェイシーの姿だった。


「……チェイシー!」


 その何事もなかったかのような様子に、俺は思わず足を止める。

 だが、胸の中の焦りと怒りが一気に湧き上がり、抑えられなかった。


 バシっ!


 大股でチェイシーに歩み寄り、思わずその頬を叩いた。

 柔らかい毛並みに覆われたその顔がわずかに揺れる。


「オイ! なんで黙って帰ったんだ!? 俺はお前の主人だろ!?」

「…………」


 怒りを込めて声を荒げる。

 チェイシーはただじっと俺を見つめているだけで、何の反応も示さない。

 クソ、何とか言えよ……。


「聞いているのか!?」


 俺がさらに怒鳴りつけたその瞬間、後頭部に鈍い衝撃が走った。


「……()っ……」


 振り向くと、そこにはサイファーが杖を片手に、鋭い目つきでこちらを見下ろしていた。


「何があった?」


 その静かだが冷たい声に、俺は一瞬息を呑む。


 しまった……チェイシーが勝手に帰ったとはいえ、寝ていたとは言えない。

 何か言い訳しないと──


「き、聞いてくれよサイファー。散歩してたらチェイシーのやつ、急に走り出して消えちまったんだよ。それで、今までずっと探してたんだけど、まさか勝手に帰ってるなんて思ってなかったから思わず手が出てしまって……あぁ、けど無事ならよかった。ははは」

「………………そうか」


 サイファーの静かな返事に、俺は少しだけ安堵した。


「チェイシーに手を上げたのは、お前なりの『愛のムチ』というやつか?」

「あ……あぁ、反省させようと思って……」


 自分でも薄っぺらい言い訳だとは思ったが、今はそれ以上の言葉が出てこなかった。

 サイファーの視線が一瞬だけチェイシーに向けられ、小さく頷く。


「……わかった。では、これからはそんなことが無いようにしっかり躾けてやってくれ」

「ま……まかせてくれ……」


 その言葉に、俺は胸を撫で下ろしながら答えた。

 だが、サイファーの目はどこか冷たいままだった。



 ---



 チェイシーの世話を任されてから一週間が経った。


「お手」


 チェイシーのデカイ前足がボムっと俺の掌に差し出される。


「おすわり」


 今度は軽く尻尾を振ると、その場でふわりと腰を下ろす。


「よし、いい子だ」


 俺はチェイシーの頭を撫でてやる。

 途中ややこしいこともあったが、今やより忠実になっていると言える。

 やはり所詮は犬や猫と変わらない魔物ってことだな。


 俺は完全にチェイシーを手懐けた。

 もうなんて言うか……


「自分の才能が怖いぜ……」


 居間に行くと、サイファーが杖を片手にソファに座っていた。

 本を広げながらも、視線は俺に向けられている。


「これから散歩か?」

「あぁ、そうだけど?」

「ふむ……気をつけるんじゃぞ」

「……?」


 サイファーの含みのある言い方に、何か引っかかるものがあったが、いつも通り俺は外へと散歩に行く。


「いつもみたいに適当に遊んでこい」


 チェイシーはいつものように茂みに入っていった。

 その図体の大きさのせいで、茂みがガサガサと音を立て、まだその金色の毛並みが見えている。


「あんま遠くに行くなよ……」


 軽く声をかけると、チェイシーは尻尾を一度だけ振った。

 これもいつものことだ。

 適当に遊ばせて、そろそろ帰ろうかという頃には近くに戻ってくる。


 俺は少し疲れた体を伸ばしながら、何気なく周囲を見回した。

 すると、地面が微かに揺れていることに気付いた。


「……地震か?」


 一瞬、そんな考えが頭をよぎるが、揺れが次第に規則的なものへと変わっていく。


「……足音……?」


 振り返った瞬間、思わず息を呑んだ。

 目の前には、巨大な人型の魔物「クレイ・ゴーレム」がゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。


 ・クレイ・ゴーレム

 ギルド指定はBランクの魔物。体長3~5メートル。

 巨大な泥の塊が意思を持って動き出したような姿。

 動きは鈍いが、物理・魔術どちらにも耐性が高く、並の冒険者では歯が立たないほど。


「なんで……こんなところにいるんだよ!?」


 クレイ・ゴーレムは基本的に洞窟や山奥など、限られた環境でしか目撃されない魔物だ。

 こんな序盤付近の森に現れることなどまず考えられない。

 

 どうする? 逃げるか?

 いや、チェイシーも同じBランクの魔物だ。

 アイツならいけるかもしれない。


「チェイシー! 俺を助けろ! アイツを攻撃しろ!」


 震える足で、なんとか大声でチェイシーに命令を下す。

 だが、チェイシーは茂みの中からその金色の瞳でこちらをじっと見つめるだけだった。

 その視線には、何か言いたげな気配が感じられるが、動こうとはしない。


「命令だ! おい、聞こえてるだろ!? 早く──」


 チェイシーは何も言わず、ゆっくりと茂みの奥へと姿を消した。

 頼みの綱が消えていく光景に、俺の焦りと恐怖がピークに達する。


「……っ!」


 振り向くと、クレイ・ゴーレムが俺に接近し、既にその巨大な拳が目の前に迫っていた。


 しまった。

 本来なら逃げられたはずが、気づけなかった。


「うわああああッ!」


 俺は反射的に目を瞑り、両腕を頭の上で交差させて身を守る姿勢を取る。


「そこまでじゃ、ゴラン」


 低く響く声が、俺の耳を打った。 目を開けると、目の前にはサイファーが立っていた。

 杖を片手に、軽く地面に突き立てている。

 その動きに合わせるように、クレイ・ゴーレムの拳が止まっている。


「グオオオオン……」

「すまないな、ゴラン。こんなことをさせて……」


 サイファーが優しくクレイ・ゴーレムの体に触れると。

 ゴーレムは一鳴きするだけで、サイファーに何も行動を起こさない。


 なんなんだ。

 意味がわからない。

 このゴーレムもサイファーが飼っていたのか……?

 理解が追いつかない。


 恐怖に腰を抜かして地面に尻餅をついた俺に、サイファーはゆっくりと歩み寄る。


「……大丈夫か?」


 その目には、心配というよりも失望が映っていた。

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